第61話
俺は倉庫に戻ると、機動戦闘車のタイヤ交換を終わらせることにした。
倉庫に入った瞬間、苛立ちで女々しく唇を噛んでしまう。
プロテアがジャッキで前輪を持ち上げており、リリィが水でジンチクの血を洗い流していた。
お前らには休めと痛んだがな。
「何をしている。とっとと休め」
リリィはびくりと身体を強張らせたが、その場を決して動こうとはせず、俺を無視して作業を続けた。
勘弁しろよ……これじゃ待機させた方がいいな。
リリィの手からホースを奪い取ろうとすると、するりと身をかわして俺の手から逃れた。
手間かけさせやがって。
「いくら小さいからといって、パギのようにわがままが許されると思うなよ」
リリィはしかめっ面になり、「それだけはいうなよ」とこぼす。
それからおどおどと、俺に顔を向けた。
「ほら……私たち……途中でサボったから……十分休んでいるし……私機械いじり好きだし」
私たち?
ふとコンテナへ視線を向けると、マリアが予備のタイヤを転がしながらでてくる。彼女は俺を見ると、避けるように迂回して、機動戦闘車まで戻った。
「どうせ張り切るなら戦場で頼む。向こうでばててもらっては困る」
腰に手を当てて仁王立ちになると、厳しい視線を二人に投げかける。
『ちゃんとやれるよ!』
二人が声を揃えて叫んだ。そこに勇健さは見当たらず、人を痛ましくさせるほどの必死さで溢れていた。さながら、屠殺を恐れる鶏のようだ。
「まだやれるんだ。だから……」
リリィの声は、そこから先細り、やがて黙りこくった。
「今度は……ナガセが一緒なんだよね……」
マリアがジワリと恐怖に涙を浮かべながら確認してくる。
俺はポーカーフェイスのまま、物思いに沈んだ。
先の戦闘で酷い言葉と、銃弾を浴びせたからな。御機嫌を取りに来たのだろう。
サンと違って俺と動くのを恐れているのは、状況が違うからだ。
サンは俺の命令で生き残った後、それに背けば殺すと脅した。マリアとリリィは俺に背いて生き残ろうとし、二度はないと脅した。要するに成功体験と失敗体験の違いだな。
俺の傍で失敗する事を、恐れるようになったのだ。これでは動きが鈍る。
「あの暴言は忘れろ。手が届かない。まともに話も聞かん。だからああする他なかった。お前らもあの時は、ああするしかなかったんだろ? それと同じだ。次から気を付ければいい。分かったら休め」
「でもさぁ……私……でも……さぁ」
マリアが作り笑いを浮かべながら、タイヤの溝を指でなぞった。
分かっている。言葉で収拾がつくような問題ではない。でもそれで押し通すしかない。
かちゃりと、金属が床を引っ掻く音がした。皆の視線が一斉に、音のした方へ集まる。そこではプロテアが、床のレンチを拾い上げたところだった。
「俺たちアルファチームで、キャリアの整備とタイヤの交換はやるよ……どけ」
彼女は赤く腫れた顔を厳しさで凛とさせ、レンチの先を使って俺を追い払うジェスチャーをした。
「このままじゃあ、他のチームにメンツが立たないんだよ。それに全員体力は余ってっから大丈夫だ。リーダーの俺がそう判断して決めたんだ。文句あるならいえや」
そういう事情があるなら、俺もこれ以上何も言わん。俺はキャリアに背中を向けた。
「終わったら教えろ。点検は俺がする」
なら俺は指揮車を確認しておくか。
シェルターに入ろうとすると、プロテアに呼び止められた。
「ナガセ」
振り返るとプロテアは怒りと悲しみの間で、表情を揺れ動かせていた。やがて感情を爆発させて、手に持つレンチを足元に叩き付けた。
「俺はあの行動を悪いとは思っちゃいねぇ。あれはお前が悪い。それだけは間違いない。譲らねぇ!」
プロテアの剣幕に驚いたのは、マリアとリリィだった。二人はプロテアが俺に殴りかかれないように挟みこんで腕を抑えると、なだめるように話しかけた。
「やめときなって……実際あんとき何が何だか分からなくなってたしさ」
「そーだよ……サンもデージーも死ぬほどじゃなかったっていってたじゃん。あれは私たちが――」
「冬と違うだろ! 全然違うだろ! 寝て起きて急に変わって! 俺はお前が化け物と入れ替わったっていわれても驚かねぇよ! そんぐらいおかしいんだよ! 俺たちに何か説明したか!? してねぇだろ逃げんなカス!」
プロテアは持ち前の剛健さをもって二人を振り払うと、ぼろぼろ泣きながらまくし立てた。
「お前がハラにイチモツ隠してなぁ……! 俺たちの事! 俺っ……俺たちのこと信じてるだのなんだのぬかしたってなァ! それ……そんなの! クソなんだよクソ! クソなんだよぉ! 前に言ったよな! 気持ちの分だけ信じてくれないと、信じている分だけ不安になるって! お前が隠してる何かをいわねぇのに、お前に教えられた何を信じろってんだ馬鹿野ォ!」
言い終えるとプロテアは肩で息をしながら、濡れた眼で俺のことを睨んでくる。
彼女は作戦の前からは想像ができないほど、弱さをさらけだしてした。
俺が思ったより、彼女は繊細だった。
だからこそ何もいえない。
「甘えるな」
俺はシェルターに乗り込んだ。
何故、自分(レッド・ドラゴン)を隠すかだって?
決まっている。
あんなことを、本気でしでかすからだ。
そしてそんなことを、忌み嫌わせるためだ。
*
アメリカドームポリス占領は、白兵戦が主になる。
狭い通路や、出入り口が限られた部屋で戦うことになるのだ。
必然的に数が多く、タフな異形生命体が有利である。数で圧倒していけば、やがて袋小路に追い詰め、そこで決着をつけられるからな。
我々はドームポリスという環境を、最大限活用しなければ勝ち目はない。上手く非常ドアや通路、部屋、ダクト、シャッターを使いこなす必要がある。
夏の訓練で、このドームポリスを使ってみっちり仕込んだんだ。さっき口にした通り、うだうだいわず彼女たちを信じよう。
作戦の再確認だ。
今度はキャリアのみで、アメリカドームポリスに向かう。
指揮車のシェルターを降ろして機動戦闘車と同じ装備に換装すると、弾薬とドラム缶に詰めた推進剤を積載した。
我々はアメリカドームポリスの倉庫エレベーターから保管庫に侵入し、そこから各部隊が個別に動く。
甲一号の撃破は、俺とアルファチームで行う。俺がここに就いたのは、例え撤退するはめになっても、このクソッタレだけは確実に殺し、これ以上異形生命体を増やさないためだ。
そのため装備は強力なものを携える。全員をオストリッチに乗せて、マリアとプロテアは十二.六ミリ機関銃を持たせた。リリィは甲一号を吹っ飛ばす推進剤を運んでもらい、俺はそれらの補佐だ。
アイアンワンドのサブコントロール接続は、ブラボーとチャーリーチームが行う。統率に若干不安があるが、サクラは今回に限りアジリアの命令を聞いてくれるだろう。
このチームはアサルトライフルを装備させ、虎の子であるプラスチック爆弾と導爆線(デトコード)、そしてテルミット(火をつけると鉄をも熔解する高熱を発する)を持たせる。これで多少の障害は突破できるだろう。
シエラは速やかに再攻撃と撤退の両方ができるように、保管庫で準備をさせておく。ロータスを抑えられる人間がいなくなるが、流石に保管庫で暴れることはできまい。それにアイリスが余計なおせっかいをやけないよう、閉じ込めておけるわけだ。一石二鳥だな。
今度は元指揮車を一号車と呼称し、俺とアルファ、シエラが搭乗。元機動戦闘車を二号車と呼称し、アイアンワンドとブラボー、チャーリーを搭乗させる。
一時間後、アルファが機動戦闘車の整備を終え、俺の点検をパスした。アルファチームは倉庫の壁に寄って休み、そこでピオニーの用意した軽い食事を口にした。
一時間半を過ぎると、他の彼女たちが倉庫に戻ってくる。ドームポリスを誘引する人攻機からもブラボーチームが帰ってきた。入れ替わりに、ピオニーがカットラスに搭乗し、牽引を引き継いだ。元からアカシアと交代していたローズには、もうしばらく頑張ってもらおう。
この時ドームポリスはアメリカドームポリスの東であるポイントBを、目前に控えていた。
彼女たちは黙々と武装をする。アサルトライフルを担ぎ、腰に手榴弾を吊って、弾倉を身に纏うと、各々の役割に応じた荷物を背中に負った。
俺は彼女たちを集合させて、その顔色を窺った。
陰りは残っているが、全員気力を取り戻して、真っ直ぐ俺を見つめていた。
サンとデージーに至っては、次はもっと上手くやると気合が入っている。その中でアイリスは歯痒そうに口元をうごめかせ、アジリアはしきりにプロテアたちを気にしていた。
そのプロテアたちといえば、居心地が悪そうに他の彼女たちを気にしている。負い目は消えなかったようだ。だが俺が甲一号の死骸というトロフィーをくれてやれば、皆から敬意を取り戻せるだろう。
ちなみにロータスの機嫌はとても悪かった。信用もないのにいらんこと吹聴するからだ。少し反省しろ。
俺は一つ咳を払った。
「各々、思う所があるようだ。だが今は目の前の事に集中しろ。それは今考えることではない。終わってから考えることだ。目的はアメリカドームポリスの占領だ」
『サー・イエッサー!』
彼女たちは声を揃えて返事する。
「今回はさっきのように、俺は助け舟を出せん。だから分かっているな。独りで動くな。全員で動け。そしてどうするかを決めるのはリーダーだが、そのために何ができるかを決めるのがメンバーだ。協力しろ」
アルファを除く各チームがお互いの気持ちを確かめるように、チームメンバーと軽く触れあうスキンシップをとった。
「最後にこれだけは守れ。想定と少しでも違った場合、すぐにその旨を告げ撤退せよ。繰り返す。想定と少しでも違った場合、すぐにその旨を告げ撤退せよ。死ぬことだけは許さん」
それを聞いてアイリスが唇を噛みしめ、口の端から赤い血を垂らした。
アジリアは憐れむような視線を俺に向けると、やるせない息を吐いた。
プロテアは俺の態度に違和感を拭えないようだ。視線をより鋭くしながら、低く唸った。
「総員搭乗せよ!」
号令をかけると、彼女たちは素早く回れ右をして、キャリアに搭乗した。
俺もそれを見届けてから一号車に向かった。
「ナガセ。お具合は宜しいのですか?」
サクラが銃座から、心配そうに声をかけてきた。
「あの……砲弾の衝撃波を受けましたし、あの後よろけるのを見ましたので。再び立ってお目見えするのに時間がかかりましたから……」
結構。吐血を見られてないなら問題ない。手だけを振って応える。
だが俺の方も、お前に対してある懸念があるぞ。
「これで最後にする。だからアジリアのいうことは聞けよ。アジリアが上だ。理由は分かるな?」
サクラは少し苦い顔をしたが、即答した。
「あなたの命令だと思って従いますよ。約束。守ってくださいね」
鼻息を鳴らして返事にするとフロートを展開し、時がくるのを待った。
三十分後、ドームポリスはポイントBに戻った。
砂浜には未だにキャリアのわだちと、人攻機の足跡が残っている。
揚陸予定地にジンチクを数匹視認。牽引をするカットラスに指示を出すと、それらはすぐに掃討された。
しかし当てるのに手こずったな、ヘタクソめ。お留守番で正解だな。
カットラスが再び急旋回し、振り子の要領でドームポリスを浜辺へと近づける。倉庫のシャッターが開き、青い海と、白い砂浜、その向こうの緑の草原が見えた。
「再突撃開始! 二号車は一号車に続け!」
キャリアはドームポリスから飛び出して、水飛沫を上げた。そして砂浜のわだちを塗り変えて、再び西進を開始した。
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