第56話

 海岸から西へ三十キロ走破した。

 アメリカドームポリスまで、残り十キロほど。それまでにマシラ、ジンチクと遭遇したが、規模が小さいため簡単に対処ができた。しかし会敵の間隔がどんどん短くなっている。この調子だと、そろそろ大きな群れと接触するだろう。


 アメリカドームポリスまで残り四キロ。俺の予感は的中し、一際大きな群れと遭遇した。相対距離は一キロほど。まるで俺たちに立ちふさがるよう、正面に位置している。

 構成は中心にショウジョウが三匹、取り巻くようにマシラが十五匹、それらの隙間を埋めるようにジンチクが五十匹ほどだ。

 群れは俺たちに気が付き、真っ先にマシラが飛びかかり、その後をジンチクが追った。ショウジョウは持ち場を離れず、悠々と様子を窺っている。


『おい! なんか二本足で歩く、クソデカノッポがいるぞ!』

 先行する機動戦闘車から、プロテアの通信が入る。

「そいつがショウジョウだ。総員一時に進路変更。チャーリーはショウジョウを狙撃せよ」

 少し北に逸れて、いなすことにしよう。俺はデバイスをライフスキンの胸ホルダーに差し込むと、シェルターを出て銃座に駆けのぼった。

 運転席ではロータスが、汗を噴きながらハンドルを握っている。彼女は肩越しに俺を一瞥すると、声を大にして話しかけてきた。


「おー。ようやくお出ましぃ? ちょっと代わってよ。クソ暑いのよ」

「水を啜れ」

 銃座に腰を下ろし、後続のチャーリーチームを振り返る。

 人攻機たちは走りながら、MA22を正面に構えたところだ。俺はショウジョウがミンチになる様を確認するため、前へと視線を戻した。

「ていうかさー、ダイジョブなの? 私死ぬの嫌だかんね」

 異形生命体との距離が次第に詰まってくると、ロータスが不安げな声を張り上げる。

「だったらこれからも今までのように、良い子にしているんだな」

 ロータスはしばらく黙り込んだ。水を吸ったらしく、彼女は沈黙の後、「ぷはぁ」と息を吐く。それから恒例の甘ったるい声でおねだりしてきた。


「ネー。銃持たせてよ。絶対役に立つからさ。安心感がダンチだし、そうする事で生まれるココロのユトリがミスを減らせると思うんだぁ~。ネー。ネーってばぁ」

「奇特な奴だな。このクソ忙しい中、糞みたいな弾しか出ないオモチャで遊びたいのか?」

「くたばれインポ野郎」

 ロータスが悪態をつくと同時に人攻機が発砲した。轟雷と共に一匹のショウジョウの肉が爆ぜ、小肉片を撒き散らしながら痙攣する。

 人攻機は同じ要領で、直立するショウジョウを全て撃ち倒した。


 すかさずライフスキンの胸元を捲り、状況展開図を確認した。

 ジンチクの丸印、マシラの三角印の中に、三つだけショウジョウの四角印がある。印は一つだけが消失し、残りの二つは変わらず爛々と輝いていた。

「パギ! ショウジョウはどうなっている!?」

『一匹は死んだって。残りの二匹は、下半身だけが動いてるってさ! それより進路変えた方が良くない? ってお姉ちゃんが言ってる』


 くたばり損ないか、下半身だけでピンピンしているのかは確認できない。ショウジョウもマシラと同様に、アシを潰した方が良さそうだ。

 だが今はとにかく突破だ。

「分かった。各チームに通信。二時に方向修正。それぞれシエラの左翼に展開。シエラに追随しつつ、異形生命体を排除せよ」

 俺の命令に従い、アルファチームとチャーリーチームは、シエラの左側に寄って縦列を組んだ。

 俺も銃座にマウントされている機関銃に取りつくと、前方左側から砂塵を巻き上げ接近するマシラに向けて構えた。


 マシラが隊列の百メートル圏内に侵入する。

 その数は六匹。

 即座にアルファチームが機関掃射でマシラの群れを薙ぎ払った。

 四匹が脱力し失速、残り二匹が突進を続ける。だがアルファの撃ち漏らしは、チャーリーチームがスポッティングライフルで足止めした。


 すぐに第二波が近づく。

 その数九匹。

 しかし彼女たちは、失速させた第一波のトドメにこだわった。

 地面に倒れ伏しもがくマシラに集中し、第二波に気付いた様子も無い。

 視野狭窄。大多数との実戦の乏しさがここに出た。

 彼女らが第一波の完全な無力化を行う中、第二波が隊列の百メートル圏内に侵入する。これは捌ききれない!


「聞け! 優先順位を間違えるな! 脅威度の高い奴から攻撃しろ!」

 俺は直接全員に通信を入れた。しかし反応したのはチャーリーのアジリア機のみだ。そしてその乱れが隊全体に動揺として伝播し、一瞬弾幕が薄くなった。

 マシラはその隙をついて、隊列の五十メートル圏内に侵入していた。

 このままでは総崩れだ!


 足下にある運転席の壁を蹴りつける。突然の衝撃にロータスが驚いて、座席の上を跳ねる気配がした。

「ロータス、スピード落とせ! チャーリーの後方を回って、彼女らより左側に出ろ! 一時的に左翼を担うぞ!」

「いぃ!? テメェイカレてんのか!? やだよ! この車武装が――」

「ブチ殺されたいか貴様!? 俺がそこから引きずり出す前にさっさとしろ!」

「お前ェいつか絶対殺してやるからなァ!」

 ロータスが泣き声のような悲鳴を上げて、指揮車を失速させた。

 すると左翼が機動戦闘車、人攻機の順に先行していき、隊列の主軸となる。指揮車は疾走する人攻機の背後を回って、左側に出た。


 この位置ならアルファとチャーリーを狙うマシラの第二波を、真横から狙うことができる。俺は今にも人攻機に飛び掛からんとするマシラの群れに、機関掃射を浴びせた。

 マシラが一匹、二匹と、第二波から脱落していく。

 ここでプロテアがやっと、状況を認識したようだ。二時の進路からそれて、俺の援護に回ろうとする。しかし今となっては、隊の動きを乱すだけで邪魔だ。

「アルファ! 余計な真似をせず、アメリカドームポリスへ先行しろ! チャーリー! さっさと迎撃に当たれェ!」

 俺が四匹目のマシラを失速させた時、ようやくスポッティングライフルで援護射撃が始まる。だがそれは、いささか遅すぎたようだ。


 二匹のマシラが、チャーリーチームのアジリア機、デージー機に飛び掛かった。

 俺はロケットランチャーを取り出すと、デージーに飛び掛かるマシラを狙って発射した。本来ならチャーリーの先頭を切るアジリア機を助けるべきだ。出鼻を潰されると隊が分断され、壊滅の恐れがあるからだ。

 しかし俺はアジリアを信頼することができたが、デージーに任せることは出来なかった。


 弾頭は白煙の尾を引きながら、飛びかかるマシラ目がけて真っ直ぐ伸びていく。俺は発射機を銃座から投げ捨てると、アジリア機に通信を入れた。

「衝撃くるぞ! そう伝えろォ!」

 弾頭がマシラの脇腹に命中し、爆炎で包んだ。

 今頃奴の体内では、液化した金属が圧力で捻じ込まれ、内臓をズタズタに引き裂かれていることだろう。

 問題はデージーだ。彼女のシャスクは真横からの爆風に煽られて、大きくつんのめっていた。

 これは倒れる――か? そうなったら現場に留まり、復帰の護衛をしなければならない。しかしそんな悠長な作業をしていたら、まず間違いなくデージーかシエラチームのどちらかが囲まれて死ぬ。

 躯体を捨てさせて、デージーを拾うのがいい。


「ロータス! デージーのシャスクに横付けしろ!」

 俺が叫ぶと同時に、デージーのシャスクが足をもつれさせ、倒れそうになる。俺の背に冷や汗が浮かんだ。

 いつの間にか、アジリアの右にいたサンのシャスクが、速度を落としてデージーと並走していた。

 サン機がデージー機に手を伸ばすと、まるで吸い付けられるように二躯の手の平ががっちりと握り合う。

 流石だ。単極子を使って手の平を合わせたのだ。


 デージー機とサン機は互いにバランスをとるようにその場で二、三度足踏むと、走行を再開した。彼女たちのシャスクは、アジリアが返り討ちにしたマシラの死体を乗り越えていった。

 アジリアは飛び掛かられたところを、攻機手榴弾を腰に装着したまま発破したに違いない。その証拠にマシラの目の前の地面が、人攻機の踏ん張りで少し抉れていた。

 俺に歯向かうだけがあるな。肝が据わったことをしやがる。


 ほっと胸を撫で下ろすと、引き続き左翼を担い、隊の前進を助ける事にした。

 迫るマシラに向けて、機関銃を撃ちまくる。そして追いついてきたジンチクに、手榴弾をいくつか落とした。

 やがて隊列は群れを通り過ぎ、後方に置き去りにする。その頃には群れの動きは、かなり鈍化していた。

 追ってくるマシラとジンチクが、迎撃で出来た死体に群がりだしたのだ。それでも諦めの悪いマシラが、何匹か追ってきている。このまま引き連れていくと、挟撃の危険が高まる。ここら辺でシャットアウトしておこう。


「隊列を元に戻せ! チャーリー! 発煙弾投下!」

 俺の命令と共に、隊列は初期陣形――機動戦闘車を先頭に、指揮車、人攻機の縦列に並ぶ。そして最後列の人攻機が、腰に取りつけた煙幕弾を一つずつ落とした。

 それらは地面を転がりつつ、人攻機の磁力線を受けて、発破面を真上に向ける。そして蜃気楼のように煙を噴き上げ、俺たちとマシラを隔てた。

 マシラは燻製の煙や、硝煙に過敏である。煙に鼻を持ってかれ、文字通り煙に撒かれてくれるだろう。


 しかし投下した中で一つ、鉄片を撒き散らしたものがあった。

 誰かが攻機手榴弾と、発煙弾を間違えやがったな。

 鉄の破片が花火のように打ち上げられ、しばらくしてから雨のように降り注いだ。 身体に当たる断片を振り払いつつ、素知らぬ顔で走り続けるチャーリーチームを睨みつける。

 貴重な弾を無駄遣いしやがって。舌打ちをしながら、シェルターへ戻った。


 シェルターではパギが息を荒げている。要求された情報の伝達は激務だからな。俺に仕事を投げなかっただけで上出来だ。その後ろではアイリスが異形生命体の遭遇個所と、行動不能と思しき個体のマークを地図に書きこんでいた。


 俺はデバイスでチャーリーに通信を飛ばした。

「こちら指揮車。間違えたのは誰だ?」

 返事はない。怒るつもりはないが、注意はしないといけない。

 俺は苦笑いを浮かべると、コンソールをノックしてパギの気を引いた。

「パギ。アジリア以外で攻機手榴弾が一個少ないのは誰だ?」

「サンだけど」

『ひぃ! チクらないでよ!』

「サン。次は間違うなよ。それとデージーの件は助かった。ありがとう」


 返事を待たずに一方的に通信を切り、外の銃座へと戻った。

 上陸してかれこれ四十キロ走破した。アメリカドームポリスはすぐ近くだ。

 シェルターが軽く傾いた。坂を上っているのだ。昨年俺はこの坂を上りきった。そして崖の上から眼下で蠢く、異形生命体の群れを確認した。


『こちらアルファ。アメリカドームポリスが見えたぞ!』

 先行する機動戦闘車から、プロテアの通信が入った。その声色は外で初めて見る人工物に、軽く浮わついている。彼女にも群れる異形生命体の映像は見せたはずだ。だが本当の脅威と言うものは、目の当たりにするまで実感できないのだ。

「シエラからアルファへ。少し速度を落とし、坂を上り切ると同時に、一時的に北上せよ」

 機動戦闘車が坂を上り切ったのか、北に舵をとった。その時僅かに乱れたハンドル捌きから、搭乗員の動揺が感じ取れた。

 次に指揮車が坂を上り切り、崖際に寄る。俺は銃座から、崖下の窪地を覗き込んだ。


「変わりないな……イカレゲノムども……」

 そこには異形生命体が群れ、ひしめき、赤い波を作り上げている。

 キャリアの駆動音を掻き消すほどの耳障りな悲鳴。オイルと硝煙の匂いを上書きするほどの鼻につく悪臭。さらに暴力的な数が視界を圧倒する。

 総数は去年と変わりないかもしれない。しかしここにくるまでの遭遇率が上がっているということは、増えているのだろう。


 運転席では、ロータスが凍り付いていた。

「ながせ~……かえろうぜ~……これはむりだわ~……できるできないとかじゃなくて~……むりだわ~……帰るぞオラぁ!」

 ロータスてめぇ。なんで俺の許可を待たずに、転進しようとしてやがる。俺は運転席の天板を開けて足を突っ込むと、靴でハンドルを抑えてロータスのハンドルさばきに待ったをかけた。

「何をしている。北上を続けろ」

「いやに決まってんだろボケェ! テメェ人の血が通ってないんじゃないの!? こんなの無理に決まってんだろ! 血反吐ぶちまけたみたいに赤い絨毯が広がってんじゃないのよ!」

 これが普通の人間の反応かも知れない。

 不安から先行する機動戦闘車を見ると、最初はふらついていたものの、今では安定した走行をしている。

 運転者のリリィは開き直ったか、覚悟を決めたのだろう。頑固な彼女のことだ。ただ『作戦を遂行する』という、意地を通そうとしているのかもしれない。

 銃座にはプロテアが腰かけ、荷台へと何やら檄を飛ばしていた。勝気な彼女らしい。しかし荷台の銃座にいるマリアは、顔を青くして顎を震わせていた。もう成り行きに身を任せるしかないと思っているなあれは。


「見ろ。リリィはしっかり運転しているぞ。もうリリィを馬鹿にできんな。帰ったらお前がビビっていたとしっかり伝えておく。臆病者はどけ。今のうちに上手い言い訳でも考えておくんだな」

 ロータスがぎろりと、俺を睨み上げた。

「アタシがハンドルと、テメェの命運も握ってるんだけど?」

「臆病者の戯言に耳を貸す暇はないんだよ。度胸ナシができもしないことをいうんじゃねぇよ。帰りたきゃ帰れ! 歩いて合流地点に行くんだな! どけといっている!」

「黙れ腐れチ○ポ! うるせぇうるせぇうるせぇぇぇ! うるせぇよバーカ! やかましいんだよこのクソッタレ! うるせぇぇぇ!」


 ロータスは絶叫すると、ハンドルを抑える俺の足を払いのけて前進を続けた。

「何してんだバーカ! さっさとやることやれよ! どうした何もできないのか!? 口だけのカマホモ野郎が! 去勢すっぞこのチンチン坊主!」

 口の悪い奴だ。俺は運転席の天板から足を抜く。即座にロータスは叩き付けるようにして天板を閉じた。

 まず気を静めるために、一つ息を吐いた。そしてチャーリーに通信を送った。


「シエラからチャーリーへ。合図と共に攻機手榴弾を射出せよ」

 崖下を覗き込み、異形生命体の配置を観察する。

 アメリカドームポリスを中心に、約十くらいの大きな群れが展開している。

 群れの中心にいるのはショウジョウで、周囲にマシラを中枢とした小さい群れを何十と取り巻いていた。小さな群れの主な構成員は、小型のマシラ、そしてジンチクとムカデである。

 窪地に群れは、均等に展開している。互いに殺し合うこともあるので、自然と平坦に広がっていったのだろう。このまま突っ込めば飲み込まれてしまう。まずこの均等を乱して、まとまりをなくさなければ。


「アジリア。攻機手榴弾はアメリカドームポリスの、北東と南東に一発ずつだ。今マップに書きこむ。その後アルファとシエラが突撃する。チャーリーは崖上に留まり、火力支援を行え。真っ先にショウジョウを潰せよ」

『分かった』

 マップを確認するとアメリカドームポリス周辺は、異形生命体の光点で埋めつくされて黄色く染まっていた。余りの多さにアイアンワンドが個体数をはじき出すのを諦め、濃度で表示しているほどだ。


 アルファとシエラはこの群れの中へ南東から侵入し、北東へと抜ける。故に走行ルートの外側ぎりぎりで異形生命体を足止めしつつ、引き寄せなければならない。昨年と同じように、そこに死体の防壁を築くのだ。

 マップに攻撃点を二つ加え入れる。すぐにアジリアから返事がきた。

『こちらチャーリー。南東地点は分かった。だが北東地点に関しては、そこまで攻機手榴弾が届くか分からない』

 俺は北東の攻撃点を、やや南西に移した。

『こちらチャーリー。それならなんとか行けそうだ』

「撃て!」


 俺が叫ぶと、頭上を六つの攻機手榴弾が飛び越えていった。それは南東と北東の上空でそれぞれ三つずつが炸裂し、真下にいる異形生命体を死体の山へと変えた。

 群れ全体が、爆音と硝煙、そして巻き上がる粉塵に蠢いた。

 ある個体はできた死体に噛り付き、ある個体は刺激に煽られて近くの個体と殴り合った。そしてある個体は崖上から見下ろす俺たちに気付いて、鼻を上向かせた。

 異形生命体はひしめき合って、徐々に均一性を失していく。そして俺たちが突入するドームポリス東側は、異形生命体の数が減っていった。


「頃合いだな……」

 崖の勾配もキャリアが下れるほど、なだらかになってきた所だ。俺はデバイスのマップに暫定ルートを書きこむと、それを中心に外側と内側に予備のルートを引いた。

 状況に合わせてどのルートを進むか決める。

「アルファ。マップのルートに乗れ。これより突入を開始する」

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