第55話

 ドームポリスは陸地から百メートルの距離を保ちつつ、海を北上していった。

 出発から四十キロ地点で、我らがドームポリスとアメリカドームポリスを隔てている森を通過。そこから先はだだっ広い草原が広がっている。

 上陸地点のポイントBまであと五十キロ。


 俺は上陸に備え、各小隊の確認を行った。

 アルファチームはプロテアがリーダーだ。機動戦闘車に搭乗し、プロテアが射手を務め、リリィが運転をする。マリアは二人の補佐だ。その機動力を以って、異形生命体の掃討と攪乱を行う。運転席すぐ後方の砲座には十二.六ミリ機関銃、荷台の両側面には二十ミリ機関砲を設けてある。他にも発煙弾と攻機手榴弾が積載してあるので、必要に応じて設置してもらう。


 ブラボーチームはサクラがリーダーだ。異形生命体の誘引の際、チャーリーと入れ替わり曳航を引き継ぐ。規律に厳しい彼女なら、ランデブーポイントと時間を守るだろう。操縦の難しいカッツバルゲルをサクラが駆り、パンジーとアカシアがカットラスを操る。彼女らは上陸並びに回収の際、火力支援を担う。


 チャーリーチームはアジリアがリーダーだ。人攻機で構成され、その内約はダガァ一躯と、シャスク二躯である。理由はその躯種の走行速度が速く、キャリアとの連携が取りやすいからだ。ダガァはアジリアが駆り、シャスクはサンとデージーに任せた。装備はMA22と攻機手榴弾、スポッティングライフル、そして発煙弾である。彼女らは陸上での火力支援を行い、進路及び退路の確保を行う。


 最後にシエラだが、リーダーはアイリスである。だが俺もここに属するため、実質的に指揮を執るのは俺だ。運転はロータス、パギがオペレーター、そしてアイリスは情報処理の補佐を任せた。俺は必要に応じて動く。機動戦闘車のシェルターに詰め、指揮を執りつつプロテアが捌けなかった異形生命体の対処をする。


 彼女らは全員、ライフスキン姿である。その上からタクティカルベストを着せ、手製の脛当てとヘッドギアを装備させた。動きやすさを重視し防弾シートをすべて外したので、装備品をベルトで繋ぎ止めた外観になる。そして防水シートをマントのように纏わせて、ジンチクの消化液対策とした。


 シエラチーム以外には、アサルトライフルと弾薬、そして手榴弾を装備させる。そして全員に拳銃(もちろんロータスを除く)とエイドキット、水筒を支給した。ちなみに水筒だが、シート状の袋を背負うタイプだ。袋から伸ばしたストローを口に含む事で、常時水分補給が可能なものだ。


 各人員の点呼を取りつつ、念のためもう一度装備を確認する。それが済むとブラボーチームにドームポリスの曳航を命じ、チャーリーチームを呼び戻して人攻機に搭乗させた。


 作戦参加機を倉庫入口に並べる。

 先陣を切るのは二両のキャリアで、浮き輪のようにフロートが展開してある。

 その後方で三躯の人攻機に、降着姿勢――尻をつける正座を――とらせた。人攻機にはキャリア用のフロートが、腰部の接続端子に無理やり装着してあり、さながら浮き輪にハマった人間だった。

 人攻機はワイヤでキャリアと連結してある。彼女らはロケットを使わせるは未熟なので、陸地まではキャリアで牽引する。


 作戦開始から約三時間後――午前六時十三分、ドームポリスはポイントBに到達。

 海の彼方からは太陽が昇り、まるで加護を付与するかのように、世界を照らし始めていた。

 ポイントB周辺に、異形生命体の姿は見当たらない。揚陸するには絶好のチャンスだ。俺は指揮車の銃座に腰を下ろした。


「サクラ! ロケット停止! パンジー! アカシア! 面舵(右折)一杯!」

 デバイスで通信を送ると、ドームポリスが海側へ急旋回し、振り子の要領でドームポリスを浜辺へと近づけた。

「アイアンワンド。シャッター開放準備」

『サー。イエッサー』

 号令を受けて、倉庫とは反対側の隔壁に海水が注入されていく。そして海中に半ば沈んでいた倉庫シャッターを、水上へと引き上げた。

 ドームポリス全体が三十度ほど傾き、倉庫内に木っ端が転がる音が響いた。キャリアと人攻機を固定するワイヤがピンと張り、その接続箇所がぎぃと金属の悲鳴を上げる。


『サー。最低喫水線の確保を確認。シャッター開放の準備が整いました』

「シャッターを開けろ!」

 目の前で鉄扉が上下に開いていく。倉庫の薄暗がりに、大地の反射する陽光が差し込んだ。

 俺は僅かな眩しさに、眼を細くした。やがて目が慣れてくると、泡立つ海の向こうに、浜辺と草原が広がっていた。

 兵士の血が騒ぐ。


「出撃!」

『了解!』『へ~、へ~』

 キャリア運転手である、リリィとロータスから返事がする。即座にタイヤが咆哮を上げ、人攻機を牽引しつつ海へと飛び込んでいった。


『御気をつけて! 三時間後にポイントCで会いましょう!』『死ぬ。なよ!』『あの……その……こっちは任せてね!』

 ブラボーチームの激励が、激しい着水の飛沫にかき消された。

 キャリアは波を割って、人攻機を引きながらのろのろと浜辺へと進んでいく。

 やがてキャリアのタイヤが砂浜を踏んだ。最初は水中で砂塵を巻き上げるだけだったが、車体の重量が砂を抑えつけられるようになると、速度をぐっと増して砂浜へと駆け上っていった。続いて人攻機も地に足をつけて、自力で上陸した。


「キャリア搭乗員は、人功機を牽引するワイヤを取り外せ! チャーリー! 今のうちに躯体のコンディションチェックを済ませろ!」

 作業はつつがなく進み、異常ナシの返事がした。

 揚陸に当たって損害は出なかったようだ。

 予定通りに作戦を継続する。


「アルファ。シエラはフロートをキャリア内に収納。チャーリーチームはフロートをパージせよ!」

 キャリアの周囲に展開されたフロートが、空気を吐き出しつつ車体に収納されていく。一方人攻機は、腰部からフロートを一斉に切り放した。

 ブラボーチームは俺たちの揚陸を見届けると、ドームポリスを曳航してポイントBを離れていった。


 俺もシェルターに移るか。

 中ではパギがヘッドセットを装備して、通信機の前に腰かけている。その隣でアイリスが補佐するように控えていた。

 俺は中央の椅子に腰かけると、上陸組に命を下した。


「縦列を組んで前進! このままアメリカドームポリスを目指すぞ!」

 進軍を開始。

 機動戦闘車が先陣を切り、中央を指揮車が位置取る。そして後方から人攻機が矢尻の陣形(アローヘッド)を組んで続いた。

 道先案内人は、去年残した受発信機だ。


 出だしは上々である。だが問題は、接敵してからだ。

 海岸から西に十キロ地点。アジリアから通信が入った。

『七時(十二時が北である)の方向にジンチクの群れを確認! こちらに接近してくる!』

 シェルターのディスプレイで確認すると、アローヘッドの左翼を務めるデージーのシャスクが、飛び跳ねるジンチクの群れを補足しているらしい。

 その総数は三十余り。対処するには手間がかかり、無視するには規模が大きい。おまけにアイアンワンドは、この群れが俺たちを追撃することを予想している。

 こいつらを引き連れて行軍を続けるのは危険だ。


「パギ。アルファに左翼に移り、行軍しつつ迎撃に当たらせろ。チャーリーの陣形変更。鉤型(厂の形)にしろ」

 パギは小生意気に鼻を鳴らすと、良く通る声で通信を入れた。ディスプレイではアルファとチャーリーが指示通りに機動し、陣形を変容する。そして分厚いシェルターを抜けて、銃声が聞こえた。


 ディスプレイで敵を意味する黄色の光点が激減していく――と、そこで三角形の黄色光点が、三つ出現した。

 マシラだ。

 人攻機部隊のチャーリーを鉤型陣形にして正解だったな。アローヘッドでは一躯しか相手にできないが、これなら二躯で対処できる。即座に戦歩ライフルの銃声が響き、三角光点は失速して、その場に静止した。

 二つの光はじきに途絶えたが、一つが残って不気味な輝きを保ち続けている。この様子だとこの一匹は動けないだけで、まだ生きてやがるな。


 異形生命体の生体反応は、電磁波で脈拍や呼吸の乱れを取得することで確認している。御存じの通り奴らは、ゴキブリと同じくらいしぶとい。殺したと思っても行動不能に陥っただけの時が多いのだ。

 守勢の時は念入りに止めをさせるが、攻勢の際はその余裕は取れない。


 センサーの情報からアイアンワンドが確認できるのは、どの異形生命体が何匹『生きて』いるかだけだ。死にかけですら『健在の敵』として数えてしまう。

 あまりセンサーの情報を鵜呑みにすると、痛い目を見るかもしれんな。


「あのさ。私いる? お前が直接連絡やればいいじゃん」

 そんな俺を尻目に、パギが嫌味ったらしくいった。

 俺に顎で使われるのが、そこまで嫌か。

 軽く溜息をつきつつ、少しずつ俺たちから離れていく黄色の光点を見つめた。

「俺も戦線に出るし、これからもっと忙しくなる……そうしたら俺も全ての情報を把握できない。だからお前とアイリスに、必要と思われる情報を厳選してもらうんだ。余裕のあるうちに要領を踏まえて置け――アルファに警告。深追いせずシエラに追随せよ」

 俺は殲滅のため現場に留まろうとする機動戦闘車に、持ち場に戻るよう警告を入れた。

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