第54話

 翌午前三時。


 太陽が未だ海に沈んで惰眠を貪る中、俺たちは静かに行動を開始した。

 倉庫ではアカシアとリリィが、作戦に参加する人攻機や車両の最終確点検を始める。その中一足先に、海へと歩を進める人攻機の姿があった。

 ドームポリスを曳航するカットラス二躯と、カッツバルゲル一躯だ。それぞれサンとデージー、そしてアジリアが搭乗している。彼女らはドームポリスを曳航する準備に取り掛かった。


 忙しなく動き回る彼女たちの合間を、蝶のようにひらひら動き回る女がいる。

「みなさぁん。ご飯さんですぅ~。モリモリ食べて元気いっぱい行きましょぉ~」

 ピオニーが手製の携帯食とドリンクの入ったボトルを、配って回っているのだった。

 俺もアイアンワンドを取り外し、キャリアに搭載してしまおう。

 台車と共に中央コントロール室に入り、柱状のマザーコンピューターに横付けした。

 深く息を吸い込み、間違いが無いように気持ちを落ち着ける。そして身を屈めて、コンソールの下にあるパネルを取り外した。


『サー。お手柔らかにお願いいたしますわ。何せ処女でございますから』

「つぎ気色悪い事を言ったら、塩水をかけるぞ」

『フフフ。メインキューブ切り離しの準備を始めます。キューブ01、02、03を統合運用し、サブシステムを構築します。前述のキューブを00Bとし、クラスを昇格。権限移譲を実行。完了。サー。準備完了ですわ』


 このドームポリスを管理しているマザーコンピューターは超並列型である。

 いわゆる性能が低くとも大量の演算装置を用意して、たくさんの計算を一気にやろうというものだ。一定の処理能力をキューブにまとめ、それを連結させる構造をしている。無論キューブが一つ二つでは大した能力はないが、三つ四つと増やせば増やすほど、処理能力は増していく。

 超並列型の利点はキューブを取り換えるだけで修理できる簡易性と、キューブの増減で必要最低限の能力を調整可能な利便性、そしてキューブが一つでも機能する限り動き続ける耐久性の高さにあった。先の戦争では好んで採用された。


 俺がパネルを固定するネジを外すと、中から冷気をこぼしつつ、マザーコンピューターの内部が露わになった。

 まず目に入ったのが防塵用のフィルターだ。それを退けると頑丈なフレームに囲われた、四角形の取り出し口が現れる。

 取り出し口はスライドドアで封がされ、脇にはテンキーと、小さな液晶モニタが付属していた。

 テンキーに『00』と打ち込むと、マザーコンピューター上部で低く唸るような音がして、該当番号を割り振られたキューブが取り出し口からでてきた。

 アイアンワンドの本体。アイアンワンドがアイアンワンドたる最小単位――メインキューブだ。これが他のキューブを統括し、運用しているのだ。


 キューブは一辺の長さが一メートルの正方形をしていて、表面には軽いへこみが幾つかある。恐らくそこが接続部で、今は異物が入らない様にカバーが降りているのだろう。

 手で触れると、今まで冷却されていただけあって、氷を掴んだような感触が襲う。

 俺は結露した水滴で指が滑ったり、冷えに堪え切れなくなって落とすことがないように、慎重にアイアンワンドを台車に移した。

 ん? 今指に何か触れた気が——なんだ? 台車にアイアンワンドを固定してから、改めてアイアンワンドの外装を観察する。よく見ると外装の下部に、『AP‐P IRON‐WAND』と刻まれていた。


「APが何かは分からんが、Pがプロトタイプを意味するとして……それを持ち出したのか? 亡命の疑いが増してきたな……」

 果たして俺は、彼女たちを守り切ることができるのだろうか。

 今までとは違った不安が、鎌首をもたげようとする。

「忘れろ……今は目の前の任務に集中しろ……」

 俺は台車を押して、きた道を引き返した。


 倉庫では人攻機の点検が終わり、キャリアの点検が行われていた。

 キャリアは十輪駆動で、全長十メートル。車体は台形をひっくり返したような形をしている。前方の運転席と銃座のある場所が四輪で、後方の荷台が六輪装となっている。

 ドームポリスにあるキャリアはわずか二両。

 一両は機動戦闘車として、荷台の両側面に機関銃座を取り付けた。空いたスペースは弾薬と攻機手榴弾を積載し、兵員回収用の余裕を用意する。車体には装甲キットは付けずに、むしろ常設の装甲を外してスピードを重視した。銃で撃たれるわけでもないしな。


 もう一両は戦闘指揮車として、荷台に指揮車用のシェルターを積載した。このシェルターはコンテナの様な長方形をしており、その名の通り四方を堅牢な装甲で囲われている。中には指揮に必要な備品がパッケージングされている。

 指揮車の方では、サクラが車体のアンテナを改めている最中だった。彼女は俺に気付くと、軽く油で汚れた顔を向けた。

「あ……それがアイアンワンドですか?」

「ああ。搭載する。手を貸してくれ」

 サクラは手早く確認を済ませて、俺の方へと駆けよってくる。俺は彼女と協力して、シェルターへとアイアンワンドを運び入れた。


 中は意外と狭い。壁面には一枚の大型ディスプレイが張られ、その下には通信機器などのコンソールがずらりと並んでいる。反対の壁にはボードと資料をまとめるクリップがある。天井には空調用の通気口と電灯が、交互に並んでいた。

 シェルターの床を取りはずすと、コンピューターキューブの格納箇所があらわになり、ただのキューブが三つ埋まっていた。そのうちの一つを、アイアンワンドと交換する。


 床板を戻してシェルターにキューブを認識させると、指揮所のメインディスプレイが明滅し、アイアンワンドの名を映し出した。間を置かず電灯が点き、天井から涼しい風が吹き付けた。

『グッドモーニング・サー。接続を完了、システムを確認しました』

 良し。後は俺とサクラの努力の成果を、確認するだけだ。

「作戦指揮システム起動」

『サー。イエッサー。作戦指揮システム起動。リンク開始――シエラ1にヘッドクォーターを設定。アルファ1、ブラボー1、チャーリー1、各コマンドポストを確認。リンク。末端としてアルファ2、アルファ3、アルファ4――』

 アイアンワンドが次々に情報を読み上げていく。ディスプレイに作戦参加機器と人員の情報が次々に列挙されていく。事前に提出した作戦計画書と照合し、全員の参加を確認。コンディションチェックを行い、予定した装備がされているか確認。そして作戦参加機器の各センサーが取得する情報を受信し、状況展開図を構築した。


 ディスプレイには指揮車を中心にマップが表示され、人員の赤い光点と作戦参加機器の青い光点、そして人員が搭乗中の機器である緑の光点が、夜空の星座の如く散らばった。

 俺はその中で、ドームポリスを曳航するため、海上で待機中の緑の光点に目を付けた。

「チャーリー3、4のカメラ映像を寄越せ」

『サー。イエッサー』

 状況展開図がディスプレイの右側にワイプされる。そして画面を二分割して、月光にきらめく海の映像が表示された。

 カメラが波に揺られているのか、映像は一定のリズムで上下に揺れている。そして映像の脇には搭乗者である、サンとデージーのコンディションが付記された。


 少し処理落ちしているな。だがこれ以上プログラムの改善も、キューブの追加も無理だ。これで何とかしないといけない。

 俺はサクラの肩を、ねぎらうように叩いた。

「サクラ。ありがとう。お前がいなければ不可能だった」

 サクラは幸せそうに表情を綻ばせかける。しかしすぐに口元を引き締めて、ディスプレイに映る水平線の彼方を見つめた。

「お褒めの言葉は、作戦完遂時までお受け取りできません」

 頼もしい事だ。根底に俺に褒められたいという衝動が無ければな。俺はサクラに背を向けつつ手を振ると、キャリアを降りた。


「アイアンワンド。パギの補佐を頼むぞ」

『サー。イエッサー』

 俺は談話室にパギを迎えに行く。その首根っこを摘まんで捕まえると、指揮車の前に放り出した。

「パギ。お前の持ち場だ。訓練通りに頼むぞ」

 パギは不貞腐れて、唇を尖らせている。彼女は俺から距離を取るように、シェルターの中に入ると、あっかんべーをしてきた。


 パギは俺とアジリアで、オペレーターとしての訓練をあらかた済ませた。訓練での力を、本番でも発揮してくれれば問題ない。

 懸念はそれ以外にある。戦闘中はガキのおもりなんざ出来ない。いつものように、俺の居ない所で勝手をやられたら困る。下手したら死人が出るし、出たとすればそれは俺の責任だ。

 俺は冷たい視線をパギに浴びせた。


「お前の仕事は後で精査する。私情で伝令を曲げても構わんが――その責任は取ってもらうぞ。アジリアが好きなら、彼女のようによく考えて行動しろ」

「うるさいぞアクマ」

 パギは小馬鹿にした笑みを浮かべて挑発してくる。

 俺は無言でパギの額にデコピンをくれてやると、彼女は悲鳴を上げて蹲った。

「返事をしろ……次はケツをブッ叩くぞ……」

 パギは額を抑えたまま、憎悪と悔しさで顔をぐしゃぐしゃにしながら、か細い声を絞り出した。

「分かったよ……」


 素直で大変よろしい。

 次は人功機のチェックだ。

 点検を済ませた人攻機の方に歩んでいくと、背後でパギが悪罵を連ねるのが聞こえる。負け犬の遠吠えは無視してもいいだろう。それより作戦指揮システムが、早速彼女たちの仕事の粗を見つけてくれたぞ。


 攻機手榴弾を台車で運んでいるリリィを呼び止める。

「リリィ。ブラボー3のスポッティングライフルに弾をこめたか? もう一度確認しろ」

 リリィは小さな体で重い台車を押していたので、急には止まれずしばらく台車に引きずられていった。やがて彼女は身体全体でブレーキをかけると、鼻息を荒くして俺の方へと台車ごと戻ってきた。

 台車を置いてくればいいものを、彼女は同じ要領で俺の目の前で止まった。そして汗だくになり、息を切らせながら、拳を振り回した。

「私ちゃんとやったよ!」

「確認しておけ」

 俺はリリィから台車を奪い取ると、後を任せて機動戦闘車へと運んでいった。続けて手榴弾の積載をしていると、問題の人攻機のある方角から、甲高い声が聞こえて来た。


「ちゃんと入ってるよぉ! 私間違ってないもん!」

「装填されているのか!?」

 しばしの沈黙の後、足音が近寄ってくる。そしてキャリアの陰からリリィが現れて、申し訳なさそうに頭を下げた。

「……ごめんなさい」

 だから残弾ゼロになっていたんだな。気付けて良かった。


 作業はつつがなく進んでいく。そしてアイアンワンドが、時の経過を告げた。

『二時五十分になりました。見張りへの帰還命令を出します。サー。御許可を下さい』

「許可する」

 草原から、プロテアたち見張りのチームが戻ってくる。

 俺は彼女たちに仮眠を取らせて、次のシフトに倉庫入口を警戒させた。

 そしてドームポリスの屋上へ走りながら、待機中のアジリアに通信を送った。


「全員の収容を確認。浮動物の固定も完了した。これよりドームポリスを海上へ移動させる。アジリア。応答せよ」

『こちらアジリア。曳航の準備完了。接続部分及びアンカーの確認も済んでいる』

 屋上へのハッチを開けて外に顔を出すと、潮風が吹き付けて強い塩の匂いが鼻に抜けた。夜空には雲一つない。絢爛たる夜の帳の中、満月が優しい光を地球に投げかけていた。


 屋上の縁へと走り、眼下に浮かぶ三躯の人攻機を一望した。

 中央を務めるのがカッツバルゲルだ。あのハチドリの様な特徴的な躯体は、まるで鮫のように海上に背面を見せている。両腕部の代わりにフロートを装着、脚部は強化装甲を取り付けてアンカーにした。

 これを人型に直して考えると、カッツバルゲルはうつ伏せで海面にあり、上体が浮いて下半身が沈んでいる訳だ。後はロケットで、上体を押し付けるようにして噴かせば安定する。


 両翼を務めるのがカットラスだ。元々水陸両用とあって、安定しているし、水上でも小回りが利く。そこでかじ取りを行わせるためにそうした。

 カッツバルゲルが大出力で曳航し、カットラスがそれを補助しつつ進路を調整するのだ。


 倉庫へと通信を飛ばす。

「倉庫前見張りは、ドームポリス正面見張り台へと移動。倉庫シャッターを閉鎖」

『承知しました』とサクラから、『サー。イエッサー』とアイアンワンドから返事がする。

 屋上の欄干をしっかりと握りしめる。そして命令を下した。

「アジリア。海上に進出せよ」

『分かった』

 夜の静けさの中、ロケットのノズルが駆動する音が、微かに響いてきた。

 次の瞬間、カッツバルゲルの両肩に青い焔が灯り、爆音とともに僅かな熱風を俺に吹き付けた。


 ドームポリス全体が揺れ、底部が砂と擦れる音がする。やがて大きな振動を皮切りに、少しずつ海に沈んでいった。

 そしてこの卵型の建造物は、倉庫シャッターの半分も沈まぬうちに波に乗り、揺れつつも進みだした。

 浮いたのだ。

 俺は即座に左翼のカットラスに舵を取らせる。ドームポリスは大きな弧を描きつつ、北へと進路を向けた。


『三時になりました。時計の同期を行います』

 アイアンワンドが静かに告げる。俺はデバイスに口を近づけると、静かに、だが重く宣言した。

「作戦開始」

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