第53話

 初夏。


 彼女たちへの、あらかたの訓練が終わった。

 彼女たちは体力的にも精神的にも鍛え上げられ、多少の障害なら自力で判断し乗り越えられるようになった。

 そろそろ頃合いだろう。


 食堂に彼女たちの半数を集めると、不安そうに眉根を寄せる面々を見渡した。

「これよりアメリカドームポリス奪還作戦の、ブリーフィングを開始する。ブリーフィングは見張りを考慮して、午前と午後に分けて行う。そして意思の疎通を徹底するため、午前組と午後組の半数を入れ替え、もう一度ずつ行う」


 俺がこの世界にきてから、一年の月日が経とうとしていた。


 俺は食堂に持ち込んだホワイトボードの前に立ち、レーザーポインターで板面をコツコツと叩いた。そこには、ここからアメリカドームポリスまでの、略式地図が張ってあった。

「作戦時間は二十四時間だ。この期間にアメリカドームポリスの奪還ないし、この地点への帰還を完了する」

 ローズが訝し気に眉根を寄せる。

「あの……占領ないし帰還ってドユコト? これから取り返しに行くのよね……占領するまで戦わないの?」


「作戦が失敗した時、我々は戦地に留まることができない。拠点が無いからだ。故にここまで撤退する他ない。そして総力戦になるため、ここは無人と化す。帰還時に異形生命体が侵入していた場合、排撃しなければならない」

 マリアが略式地図を確認する。ここからアメリカドームポリスまで行くには、草原を通り、森を過ぎて、更に長い草原と荒野を越えなければならない。彼女は、はぁいと手を挙げた。


「アメリカドームポリスって遠くなぁい? 直線距離で百キロ以上は離れてるんだけど、実際もっとかかるよね。それにここは無人と化すって……マシラに帰るところ壊されたら終りでしょ?」

 事実ここからアメリカドームポリスまで、直線で約百二十キロは離れている。そして俺は森を経由せず、海を迂回するつもりなので、その倍はかかる寸法だ。

 俺はポインターでこのドームポリスを指すと、海岸線をなぞって北へと持ち上げていき、アメリカドームポリスの真東であるポイントBでピタリと止めた。


「だからこのドームポリスごと北上、ポイントBへと接岸して上陸する」

 パンジーがぎくりと表情を強張らせた。

「ここ! 動く!?」

「ドームポリス自体に動力はついていない。今ここにあるのも波に打ち上げられたからだろう。つまり水には浮くんだ。それをカットラスとカッツバルゲルで曳航する」


 カットラスは水陸両用で問題ない。カッツバルゲルは空用だが、シーアンカーを垂らしてロケットを噴かせば使えるだろう。

 俺はポイントBに、ドームポリスを模したマグネットを移動させる。そして三つの部隊を上陸させ、一つの部隊をドームポリスに駐留させるよう、マグネットを配置した。


「ポイントBにて我々は二手に分かれる。アルファ(リーダー:プロテア)とチャーリー(リーダー:アジリア)、そしてシエラ(リーダー:アイリス)が上陸。ブラボー(リーダー:サクラ)がドームポリスに駐留する。上陸部隊は西進し、アメリカドームポリスを目指す」

 アジリアが手を挙げる。

「陣地を構築しないのか? そうすれば失敗した際のリスクが少なくて済むし、再出撃も容易だ」

「残念ながら維持するのが難しい」

「何故だ? 我々は見張りのシフトを三人で行い、もっぱらその人員だけでの撃退に成功している。ここは腰を据えてとりかかった方がいいのではないか?」


 俺はポインターを、現在ドームポリスが位置する半島先端へと移した。

「この拠点は半島の先端に位置し、三面を海に囲まれているため、正面を防御するだけでいい。しかしアメリカドームポリス周辺には、防御に適した地形がない。必然的に正面と左右の防御を行うことになり、必要な労力が三倍になる。防御だけで総力戦をすることになる」


 アジリアが指で横に払う仕草をし、海を示した。

「ドームポリスを動かせるなら、安全な海上を拠点にしてはどうだろうか?」

「海上は激しく揺れて、お前らがもたない。それに陣地を構築する戦略的価値が全くない。何故なら陣地の構築は戦局の長期化を想定しているが、長引けば負けるのは我々だ。備蓄の弾より異形生命体の方が多いのだからな」

 至極当然な説明に、アジリアは顎を引いて黙った。だが瞳は納得しかねるように、じっと俺を覗き込んでいる。俺が生き伸びたいがために、短期決戦を強いようとしているのではないか疑っているのだろう。


「事を急いては身に危険が及ぶのは承知だ。しかしこれしか方法が無いのだから仕方ない」

 俺はアジリアに堂々と構えて、腕を組んで見せた。俺は看破された策を、ゴリ押ししたりしない。

 アジリアは唇をへの字に曲げて、鼻を軽く鳴らすと、その先を促して来た。

 納得してくれたか。


「続けるぞ。上陸部隊は西進し、アメリカドームポリスに到達。敵の前線と接触する。ここで人攻機は援護射撃を行い、車両は西進を続行して敵の内部まで切り込む。そして機を見て北東に転進。異形生命体群を誘引して、アメリカドームポリスから引き離すのだ」

 ロータスが目を剥いた。

「それからどうすンのよ! 北東ってアンタそこは海だし遮蔽物もないしドームポリスからさらに離れるし、逃げ場が無くなるだけなんだけど!」

 ロータスはシエラチームの所属で上陸するだけあり、しっかりと話を聴いていたようだ。深く体重を預けていた背から、慌てた様子で身を起こした。

 俺は落ち着いてポインターを、ポイントBからアメリカドームへと移す。そして北東にある海岸――ポイントCへとスライドさせていった。


「我々は煙幕をたきながら、北東に進軍する。煙幕でより多くの異形生命体を引きつけつつ、ポイントCへと機動するのだ。ポイントCではポイントBで分かれたドームポリスを待機させ、合流して戦域を離脱する」

 おお~っと無意味な歓声が食堂に巻き起こり、拍手を添えて褒められる。そうじゃないだろ。俺は額に手を当てる。


 アジリアが頬を引きつらせながら、俺に聞いてきた。

「アメリカドームポリスはどうした?」

 一瞬の沈黙の後、食堂がブーイングで満ちる。人の話は最後まで聞け馬鹿どもが。

 俺はホワイトボードをポインターでノックしてブーイングを止めさせると、ポイントCからBへと海に弧を描くようにレーザー光を動かした。

「ドームポリス内に収容後、我々は全部隊をアメリカドームポリス占領に再編成しつつ、ポイントBに戻る。ドームポリスは守護部隊(ピオニーとローズ)が海に牽引。残り全ての部隊は上陸する。異形生命体は北東へ誘引され、全体の数が減少しているはずだ。我々は今度こそ、アメリカドームポリスへと突入する」

 彼女たちは成程と納得する。

「歓声と拍手はイランぞ。むしろここからが問題だ」

 俺は今まで使っていた略図を捲り、その下のアメリカドームポリス内部の地図を露わにした。


 *


 午後になり、午前と同じブリーフィングをサクラたちに行う。そして後半の説明に入った。

 ドームポリス内部の地図は、全体を縦に割るようにして描かれている。

 俺は一番下で進入路でもある倉庫に、ポインターを滑り込ませた。


「我々は倉庫より侵入。最奥部にあるエレベーターシャフトを使用し、保管庫まで上昇する。エレベーターはワイヤ式で、それぞれ左右中央に三つある。中は人攻機を二躯並べられるほどのスペースがあるので、一度の運搬で内部への侵入は完了できるだろう」

 サクラたちはこくりと頷いて見せる。俺はホワイトボードに三つの項目を書き足した。


「アメリカドームポリスでの達成目標は三つ。アイアンワンドの接続によるコントロールの掌握。異形生命体の掃討。そして異形生命体の新たな侵入を防ぐことだ」

 俺はマジックで倉庫のエレベーターに円を描いた。


「アメリカドームポリスはこことは違い、地上からの侵入手段はエレベーターに限られているため、中に入るだけで異形生命体を閉めだすことができる。だが内部に異形生命体が跋扈していることから、亀裂もしくは非常口などの侵入経路が存在すると考えられる」

 俺は唯一異形生命体がいなかったと確信できる保管庫に、SAFEと書きこむ。そして周囲に広がるように矢印を足した。


「そこで我々はアイアンワンドの管理の元、安全区画を拡張する形で異形生命体の殲滅と、侵入経路の捜索を行う。そのためまず行うのが、アイアンワンドのサブコントロールへの接続と、メインコントロールにいる異形生命体の母体――『甲一号』の撃破だ。それから掃討と捜索を並行して行う」

 ホワイトボードに二枚の写真を貼り付けた。

 一枚は昨年俺が見た、マザーコンピューターを押し潰していた白い肉塊――甲一号目標である。

 もう一枚はそれを取り巻き生殖行為に及んでいたショウジョウだ。

 彼女たちは総じて、ごくりと固唾を飲みこんだ。


「ここでは三手に分かれる。ブラボーチームとチャーリーチームは、アイアンワンドの接続の為サブコントロールへ向かう。アルファチームと俺は、甲一号目標の撃破に向かう。そしてシエラチームは保管庫に残り、アイアンワンドがシステムを掌握次第、必要な物資を供給可能にしておけ」

 プロテアが挙手する。

「仮にだ……サブコントロールの接続ができなかったり、甲一号が殺せなかったらどうすんだよ……」

「どちらか片方でも達成不可能だったり、タイミングに著しいズレが生じた時は、即座に撤退する。ここで強調したいのは、お前らが常に考えるべきことは、どうすれば達成できるかではない。少しでも想定と違った場合、どうやって逃げるかだけを考えろ」

 俺はしっかりと伝えた。駄目なものはどうやっても駄目なのだ。

 それに想定と違った場合、彼女たちがそれすらも乗り越えてくれるなんて期待、甘っちょろすぎて抱けない。眼を瞑れば慌てふためいて、絶叫する様が浮かんでくるほどだ。


 俺は特にサクラを注視した。

 できればサクラは手元で運用したい。彼女は俺の命令を実現させるために、その柔軟さを使うからだ。だが感情に動かされやすいプロテアの制御を、俺がしなければならないんだ。

 アジリアではプロテアを止めることはできないし、それならサクラにアジリアの命に従うようにする方が簡単だ。

 だがサクラにストレスが溜まる。この編成はこれっきりにしないといけない。


 サクラは俺の視線を受けて、不満そうに唇を尖らせた。彼女は模擬戦での勝利に寄与し、徹頭徹尾俺の支持を続けた。それにも関わらず指揮権を貰えずに、自分が負かした相手に従わされているのだ。どんなに聞き訳の良い人間も拗ねだす頃だ。


 俺はサクラの方を向くと、腰を曲げて深々と頭を下げた。

「頼む……」

 俺は今まで口でしか頼んだ事が無かった。何故なら無理やり言い聞かせることができたからだ。しかしサクラはそろそろ我慢の限界だろう。

 初めて俺が頭を下げるのを見てか、食堂がにわかにざわつき出した。

 その騒音の終止符は、サクラの動揺した声で打たれた。


「えっ……あっ……? はい! もちろんですとも。お任せ下さい!」

 一応これでまとまったな。

 しかし次からも続ければ、不信感が募り面従腹背になる。

 サクラはリーダーになれない。どれだけ俺の言うことを聴こうと――いや……だからこそなれない。彼女にそれを理解してもらうのに、残った時間を使うか。


 おずおずとアカシアが手を挙げて、甲一号の写真を指さした。

 写真には電子処理で、被写体までの距離と、その大きさが描きこまれている。それによれば甲一号は見えている部分でも、全長十五メートルはあった。

「あの……その……ショウジョウはともかく……甲一号。そんなでっかいの殺せるの? これどう見ても、マテリアルバスターでも三発以上撃ち込まないと、死にそうにないよ。アサルトライフルやショットガンなんて効きそうにないし……」

 いい質問だ。俺は冬眠施設の上部に位置する、バイオプラントをポインターで示した。


「甲一号目標はバイオプラントから垂れ下がっており、成長の過程で中央コントロール室を侵食したと推測できる。つまりバイオプラントから栄養を供給している可能性が高い。そこに無毒性の推進剤を流し込む。そうすれば体内で反応を起こし、爆散するだろう。周囲のショウジョウに関しては、ロケットランチャーで脚部を破壊後、一斉射撃での撃破を狙う」

「上手く行くの?」

 サンとデージーが、声を揃えて聞いてきた。

「時間は多少かかるが、十中八九な。仮に栄養供給元が推測を外れた場合、本体と分離する事を優先。そして毒物を使用する」

「最初っから毒でいいんじゃねーか?」

 プロテアがいう。俺は首を振った。

「奴らは複数の臓器を持つ。ここまでデカイと肉体の一部が独立している可能性もある。毒を打ち込んだ場所だけ死ぬという事も考えられるのだ」

「じゃあそれをバイオプラントに流し込めばいいじゃねーか」

「同じ毒で俺らが死ぬことを忘れるな。現状アイアンワンドがどの程度コントロールを掌握できるか分からん。換気も浄化もできなければ、我々は化け物と檻の中で悶え死ぬことになる」

 プロテアは納得いったように、椅子の背もたれに寄り掛かった。


 俺は説明を終えると、ブリーフィングの締めにとりかかった。

「各自地図とルートを再三確認。作戦の全容を把握し、信号並びに遂行時間に間違いがないようにしておけ。異形生命体のレポートも繰り返し読んで、生態を頭に叩き込むんだ」


 最後に、俺は全体を見渡した。

「何か他にあるか?」

 そこでピオニーが背筋と共に、すっと手を伸ばした。俺は彼女を名指しした。

「難しいお話は終わりにしてェ~、そろそろご飯さんにしません~?」

 プロテアが無言で、彼女の頭に拳を振り下ろした。




「作戦決行は翌午前三時。各自午前二時半に行動開始、二時五十分には見張りを含め、全ての準備を完了とする。各自のライフスキンには、時計が付属している。午前三時に一斉に同期するので、以後の行動はこの時計を基準とする事。以上。解散」

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