第44話

 更に二週間が経ち、彼女たちの基礎訓練は終了した。

 ひとまず最低限の体力を持たせることには成功したので、次は実戦訓練だ。射撃訓練に始まり、人攻機の機動、潜伏、無線、格闘を叩きこむ。それが済めば演習を行い、アメリカドームポリス攻略だ。


 訓練自体も小隊を作成し、その括りで行うことにした。小隊を創るにあたってテストをし、その適性や性格を精査する。そして特色をつけつつも、バランスが良くなるよう配慮した。


 小隊は予定通り四つ作った。機動部隊であるアルファチームとブラボーチームは、それぞれプロテアとサクラをリーダーに据えた。そして遊撃に特化したチャーリーチームは、アジリアがリーダーだ。最後に後方支援を行うシエラチームである。リーダーはアイリスだ。


 残りの二人はドームポリス守護班に振り分けた。ピオニーとローズだ。ピオニーは性格以前の問題で、戦闘に不向きだ。とにかく鈍く、状況把握能力に欠け、意思伝達に難がある。マイペース過ぎて、戦場に連れてはいけない。

 ローズは優秀で視野も広いが、好戦的ではない。良心の咎めから戦機を逃す可能性が高いので、編成から外した。


 そして緊急時に困難な任務を遂行するため、各チームリーダーを構成員としたデルタチームという枠組みを作った。今は形だけのお飾りだが、いずれ役に立つ時が来るだろう。デルタチームのリーダーは、アジリアに任せるつもりだが、サクラが俺から自立できたなら、どちらを選ぶか悩むだろう。


 実戦訓練自体は、スムーズに進んだ。基礎訓練に時間をかけただけあって、彼女たちも余裕をもって取り込むことができたのだ。だがチームでの連携訓練や指揮系統の徹底、そして小隊で行う模擬戦になると状況は悪化した。


 指揮系統に関しては絶対服従という前提に、リーダーはしり込みしてしまい、隊員が反発するのだ。それで意思伝達が上手くいかず、部隊が隊列や戦列を保てず崩壊してしまう。


 模擬戦に関しては、仲間に武器を向けるのには抵抗があるのだろう。こればかりは仕方ない。むしろ愛くるしいほどだ。


 俺はこれらの不安要素を、電撃をもって叩き潰すことにした。例えリーダーに従うことが出来なくても、大元が俺の命令だということを知らしめれば、絶対服従を貫くだろう。だがこれは一時しのぎだ。階級というものは、逆らうために存在する。『こんな命令には従えない、仲間を助けるにはこれが最善だ』と、『理想ではなく現実を見て』声を挙げられるのが良い兵士だ。


 そんなある日、俺はアジリアに食堂へ呼ばれた。

 そこには見張りと仕事を除いて、彼女たちが全員集まっていた。集団の中心にいるのはアジリアで、彼女は被害者を強調するように、訓練に付いて行けず電撃を受けた者たちを取り巻いていた。


 派手にやるじゃないか。見張りは――サクラの班だったな。アイリスは医務室でここにはいない。目の上のたんこぶが居ない時に、行動を起こしたか。

 アジリアは今までの鬱憤を晴らすかの如く、据えた眼で俺のことを睨んでいた。


「ナガセ。何故呼ばれたかは分かっているな。最近の訓練は度が過ぎる。出来ないことをやらせ、失敗すると罰を加える。正気の沙汰ではないぞ」

 アジリアの周りで同意するように、アカシアやリリィが首を縦に振って見せる。

 俺はその反応に、慌ても狼狽えもしなかった。子供の駄々を目の当たりにして、溜息をつきながら頭を掻くだけだった。


「だが話した通りだ。アメリカドームポリスを化け物の手から取り返すためには、貴様らを訓練して、奴らと渡り合えるようにしなければならない。そうしなければ我々が滅ぶのだ。貴様らも十分承知のはずだが?」

 アジリアが自らを強調するように、胸を手の平で叩いた。それを合図にして、彼女たちの中でも屈強な面々が一歩進み出る。ローズやプロテアなどだ。


「だからだナガセ。我々強いものが戦う。素質がある我々の訓練に時間をかけ、その練度を高めた方が、勝率が高まるに決まっている。適正の無い者に無理強いしても、士気が下がり、反意を増長し、全体の戦力が低下するだけだ」

 プロテアがアジリアの隣で声を上げた。

「つーことだ。俺とアジリア、サクラにローズ、ロータスとマリア。後はパンジーか。七人いりゃ十分じゃねぇか。全体の半分だぞ? それにナガセよぉ。俺が十人束になったって、お前に勝てねぇのは分かってる。それと同じでアカシアが十人束になったって、俺には勝てねぇんだ。そんなのどうしたって無駄だろ?」


 プロテアの言葉に、ひくりとアカシアの頬は軽く引きつった。リリィの笑顔は軽く歪んだ。

 馬鹿にされたんだから当然か。プライドのない人間なんていない。仲間として気遣われるのはともかく、子守されるのは腹立たしいものだ。

 アカシアたちは尊厳を守られたいのであって、庇護下に置かれたいわけではないのだ。

 結局アカシアとリリィはそれ以上何もいわなかったので、俺のやり方に不満があるのは間違いないだろう。きっと訓練で、虫けらの様に扱われたのが許せないのかもな。


「残念ながらそれでは戦いにならん。戦いは質よりも数だ。全ての部隊を、能率的に運用することで、初めて勝利の可能性が生まれる」

 ダァン! アジリアが机に拳を振り下ろし、その激しい音に食堂がしんと静まり返った。その沈黙の中、アジリアの凛とした言葉が響いた。

「ではこうしよう。私の部隊と、貴様の部隊、どちらが強いか勝負しようではないか」


 俺の脳裏にアロウズの姿がフラッシュバックした。しかしその姿は全容を把握する前に、煙草の煙に埋もれてしまう。

『私が……見えるか?』

 見えない……見えない……見えない!


 その時――部屋にいる全員が恐れに毛を逆立て、数歩俺から後退った。

 俺の人格がレッド・ドラゴンに変わったからだろう。血に餓えた眼に、人を侮蔑する歪んだ口元で笑顔を創られれば、誰だって恐れを抱く。俺はその凄絶な表情のまま、ドスの効いた声で言った。


「わざとか……わざと真似ているのか? ン?」

 俺の反応にアカシアとリリィ――被害者組が取り乱した。彼女らは目に涙を浮かべると、人形のように頭を下げ始めた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 そんな被害者組を、プロテアとローズが後ろから抱きしめる事で落ち着けさせる。アジリアは冷や汗を頬に滴らせながら、慎重に俺の様子を窺ってきた。

「何を言っているか分からないが……暴力でカタをつけるつもりか?」


 はっ……。俺が正気を失ってどうする。すぐに顔を手で覆い、メイクを落とすように拭った。凶悪な表情を一瞬で引っ込めて、普段の気難しい表情に戻す。それでも興奮した俺の心は、未だ静まらなかった。

「今のは暴力だった……それは謝る。だが訓練を止める訳にはいかん。円満に解決するために、その提案に乗ろう」


 アジリアは緊張で硬い表情の中、しめたとほっとした笑みを浮かべた。

「だが貴様は殺しの経験が豊富で――」

 今話を長引かせたくない。またレッド・ドラゴンが顔を出す前に、部屋に逃げ帰りたかった。

「弁論は結構。考えたルールがあるんだろう? それを早くいえ」

「いっておくが、ルールは極めて私に有利なものとなる。しかし私がそれを臆面なく提案するのは、貴様の暴挙が論拠にあるからだ。それを理解してもらわねば、私が悪役になる」

 俺は無言で顎をしゃくり、先を促した。


「一つ。お前と我々では力量に差があり過ぎる。お前の参戦はナシだ。出すのは指示だけにしてもらう。二つ。そっちのチームはアカシア、リリィ、アイリス、サン、デージー、サクラから選んでもらう。こっちは私、パンジー、プロテア、ローズ、マリアから選ぶ。我々の方に適正が高い者が集中しているが、我々が貴様の意見と戦うと決起したのだから、当然のことだろう。だからサクラはお前のチームだ」

 至極真っ当な条件だ。俺は素直に頷いた。

「最後にナガセ。今日から模擬戦の日まで、お前を監視させてもらう。無理な訓練や、脅迫をさせないためにだ。それでお前が無理強いする指揮系統がどれほど危うく、そして士気の低下がいかほどか証明して見せる」


 とんだ茶番だな。誰の眼から見ても、俺の負けははっきりとしている。しかしアジリアの弁論は、この茶番劇を自分がいかに正しいかの論拠にまで昇華させた。

 アジリアの意見はどれも正しいし、この理不尽な条件を正当なものだと、合理的に説明している。俺は模擬戦を回避できない。アジリアの主張を認めたことになるからだ。大した弁舌だ。こうやってソクラテスも殺されたのだな。


 俺は勝負からは、逃げるつもりはない。ここで俺の権威にケチがついたら、これからの指示に支障が出る。この条件をすべて受け、なおかつ圧勝しなければならない。


「場所はいつもの訓練場か? ならば模擬戦も、訓練通り三人で行うんだな?」

 そういって俺は、草原の方角を親指で指した。

 アジリアはこくりと頷く。

「ああ。それと使用する人攻機についてだが、同田貫は使用するパッケージによってその性能が変化する。だがパッケージの数は限られているし、訓練如きで予備を使うのは嫌だろう。必然的に躯体の性能差が生まれる訳だ」


 このドームポリスにある人攻機のパッケージは、全部で八つ。五月雨、段平、レイピア、ダガァ、カットラス、シャスク、カッツバルゲル、クレイモヤだ。パッケージは各三つずつ存在し、二つを駆動用に使い、もう一つをパーツ取りに使っている。

 ちなみに五月雨とカットラスは、去年俺が一つずつ駄目にしたため、二つしか残っていない。


「いらん気を回すな。アジリア。お前が先に選べ」

「そうもいかん。後で躯体の性能差を、敗因に使われたら困る」

「皆の前で粋がるのは分かるが……それ以上は口の利き方に気を付けろよ。それではどうする?」

 アジリアはポケットから一枚の硬貨を取り出して、ピンと親指で弾く。そして空で器用にキャッチして、俺に見せつけた。


「勝負では優劣が出る。だからこれを卓に放るから、表裏で決めようではないか」

「コインか……いいだろう」

 これを弾いて落とせば、結果を操作する事はまずできない。手の甲に乗せたり、箱に入れたりするのとは違う。アジリアはコインの裏面を俺に向ける。

「私は裏だ」

「では俺は表だな」


 彼女たちが固唾を飲んで見守る中、アジリアがコインを乗せた親指を弾いた。

 コインは宙をくるくると舞い、食卓の上を跳ねた。その時ほんの一瞬だったが、俺はコインが妙な動きをしたのを見逃さなかった。

「裏だ!」

 彼女たちが一斉に、喜びに湧く。アジリアは歓声を受けながら、悠々とコインをポケットにしまった。


 何時までもウブなネンネと言う訳ではないようだな。コインを帯磁させ、食卓に磁力板を仕込んだか。必ず裏面が出るように仕組んだな。

 アジリアは俺が食卓を凝視しているのに気付き、にわかに焦り始めた。彼女は可愛い事に、机を鳴らさずに、両手を鳴らすことで俺の注意を引いた。


「私はシャスク二躯と、五月雨を選ぶ」

 やはり。日頃使用して、練度のある物を選んだか。残ったのは使ったことも無い人攻機だけだ。

 これでは一から習熟訓練をしなければならない。しかし俺は口しか出すことができない。このままでは敗北は必須だ。


 少しの間、思案に暮れた。

 まず勝利へのシナリオを練る。それに必要なイベントを用意し、条件を揃えていく。自然と条件に相応しい人員が選出され、それからどの装備品が良いかが決まった。


「では俺は、ダガァ二躯と段平にする。そっちのチーム編成を聞こうか」

「私とプロテア、そしてローズだ」

 アジリアが自信満々に答える。彼女らはこのドームポリス内でも、上位の成績を誇る者たちだ。

 それと戦うことになるアカシアたちは、複雑な顔になった。

 俺は別のことが気になるのだが——あのローズが参戦するとは信じがたいな。


「ローズ。お前は良いのか?」

「私よりアカシアやアイリスを、気にかけて欲しいんデスケド……」

 ローズは頬を膨らませながら、サンとデージーの肩に手を置いた。まるで我が子をおもんばかる、母親の様だった。

 これ以上は何も言うまい。


「アカシアたちの訓練は、明日指示する。それまでシフト通り見張りにつけ」

 俺はそういい残すと、彼女たちに背を向けて食卓を後にしようとした。

「待て。お前の編成を聞こうか?」

 アジリアが俺を呼び止める。俺は顔だけを背後に振り返らせた。

「こちらのチームはサンとデージー、そしてアカシアだ」

「正気か……? サクラは使わないのか?」

「サクラはこちらのチームからも外せ。彼女を巻き込むわけにはいかん。それに彼女は、優秀だからな――」


 自室へと足を歩かせる。反発は予想していたが、こういう形で団結されるとは思わなかった。だが自分の意見を持ち、そして信念をもって行動するのは良い事だ。


『サー。私の推論に拠れば、マム・アジリアは――』

 道中、アイアンワンドが語りかけてきた。

「ああ。イカサマをした。順調に成長している」

 俺は事も無げにいう。アイアンワンドは困ったように唸った。

『私には分かりかねます。サーはイカサマに気付いてなお、それを看過したと状況を推測します。その理由を教えて頂けないでしょうか?』


「敵と戦う時は、弱った時を狙うのが定石だ。殺せばそれで済むからな。だが味方と戦う時は、殺すわけにはいかん。だから強大な時に叩くのだ。それでは敵に勝てん事を証明し、その腐った思想を一掃するためにな」

『サーにとって、マム・アジリアの思想は腐敗していると?』

「それは勝者が決める事だ」


 自室に辿り着き、中に入って鍵を閉めた。そして椅子に腰を掛けて、一息をついた。

『勝算はおありで?』

「それは彼女たちが決める事だ。俺は戦えんのだからな……だが残念な事に、俺が勝つだろう」


 俺には策がある。かつての仲間が教えてくれた、やり方がある。

 ふと人の気配を感じて顔を上げると、ベッドの上に見知った女が横たわっている。金の長髪を小さなツインテールで括る、独特な髪型をしている。

 彼女はライフスキン姿で、衣装用の布を纏っていない。大きく張り出た胸に、綺麗な丸みを帯びた尻。ライフスキンの密着が浮き彫りにする艶やかな肢体を、惜しげも無く曝け出している。


「リタ……ここで何をしている」

 恐れに震える。リタはベットの上で寝返りを打って、うつ伏せになった。

『やぁね。怖い顔しないでよナガセぇ。私は何もしていないわよ。それより――サ』

 リタは妖艶な仕草で、ゆっくりと足を広げて、股を開いていく。

『続き――』


「く た ば れ !」

 椅子を蹴って立ち上がり、モーゼルをリタに向けて構えた。

 そこでリタが、ベッドの上から消えていることに気付く。

 幻覚だ。

 しばらく呆然と、乱れたベッドを見つめていた。やがてモーゼルを、セイフティをかけてからホルスターに戻した。

 俺は椅子に座り直すと、膝に肘をつけて頭を抱え込んだ。

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