第43話

 アジリアとサクラが取っ組み合いを止めて、物音がした方を振り返った。そこは階段の下にある三角の無駄なスペースで、娯楽品が雑多に積まれている。俺はそこに仕掛けをして、遠隔操作で物音がするようにしていた。


「何コレ……」

 デージーが娯楽品に駆けより、一つ一つ手にし始める。ギターなどの楽器、ペンや粘土などの工芸品、そして映像の入ったメモリなどだ。彼女たちは思いもよらない娯楽品に心を奪われて、わらわらと寄り集まっていく。


 アジリアとサクラは最後まで胸倉を掴みあっていた。だが馬鹿らしくなったのか、一度視線を合わせてからお互いを突き放して、みんなの輪に混ざっていった。

 それぞれが思い思いの品を手に取り眺める中で、サンが布を拾い上げて描かれている俺の文字を読み上げた。


「『廃棄』って書いてある……これ捨てるものじゃないの? なんか良いものあるかな? 毛鉤の材料になりそうなもの。後よくしなる棒があったらいいなぁ」

 サンは布を綺麗に畳んでから、物色に参加する。その後ろでアカシアとリリィが、身を寄せ合って怖がっていた。

「え……でも……ナガセ怒るんじゃないかな……そしたらまた海に……」

「私はあんな苦しいの嫌だよ……それならロータスにいびられながら、排水管の掃除を知った方がマシだ……」


 アジリアは失笑しながら、二人が取りっぱぐれないよう手招きした。

「ローズが廃材で服を縫った時は褒めた。これを有効活用しても怒らんだろ――なぁ。アイアンサクラ?」

「人をあの機械みたいにいわないで……まぁ、信任され、良く役に立てるという点では間違っていないけど。廃棄品は自由にしていい決まりよ」

 アカシアとリリィが飛び起きて、ガラクタを取り巻く彼女たちの輪に身体を割り込ませていった。

 俺ってそんなに怖いかねぇ……これでも戦場で指揮を執っていたころに比べたら、随分と


「お? おう? おおお……」

 そのうちプロテアがギターケースを手に取り、年代物のアコースティックギターを取り出して、いろんな角度から眺め始めた。

「どうしたのプロテア?」

 アカシアが手に取っていた粘土を元に戻して、プロテアに寄っていく。

「いやよ……何だろうな。イケそうな気がする……」

 プロテアはそう独りごちると椅子に腰を掛けて、組んだ脚の上にギターを乗せた。彼女は音程を確かめるように全ての弦を弾くと、慣れた手つきで調律を済ませて、滑らかに指を動かし始めた。ギターは最初、外れたメロディを奏でる。だがすぐに美しい旋律を産み出した。


 国際連合に属する者なら空気を吸うように聞く、あの曲である。ユートピア計画にて団結と慰安のために、あるアイドルが歌っていたものだ。

「その曲知ってる……悲しい曲だね」

 アカシアがしんみりといった。

 それは違う。人類の黄昏が醸す、悲しさと虚しさを吹き散らす、明るく希望に満ち溢れた曲だ。いったい何が悲しいというのか。

 俺の疑問をよそに、プロテアとアカシアは声を揃えて歌い始めた。

「凪に揺蕩いて、空を舞う。避けられぬ命運に、吹かれてきたけれど」

「飛び立つ決意は、変わらずに。置き去りにした心と、愛した者の為」

「信じてる。ねぇ、いつまでも。繋がる想い、無償の愛、抱きしめ夢を見る」

「愛してる。ねぇ、これからも。広がる世界、目を覚ませば――ん? ここから先は何だったっけ?」


 プロテアが楽譜を取り上げられたように、ギターを弾く手を止めた。彼女は答えを求めるように、共に歌ったアカシアの顔を覗き込んだが、そこには悩む顔があって二人は押し黙ってしまった。

 何故そこでつまる。歌の締めを忘れるなんて珍しい。そこは――

「夢で見た空――だ。これはソリッドメモリか……中に何が入ってるんだ?」

 アジリアが俺の代わりに答えを明かしながら、手にしたバー型の記憶媒体をしげしげと眺めている。


 ソリッドメモリとは、立体記憶媒体である。用途によって型式や形状が異なるが、ポピュラーなのはUSBの様なバー型である。ディスクやフラッシュメモリのように面に記憶するのではなく、立体に記憶を書き込めるので、その記憶容量は従来品の数百倍に及ぶ。読み取り面を兼ねる外殻は、強固なプラスチックで構成されているので、ハンマーで殴ったぐらいでは破損しない。レーザーで直接情報を焼いて破棄する、汚染世界での記憶媒体だ。


 アジリアは自分の作業用デバイスを取り出すと、そこにソリッドメモリを接続した。サンとデージーが興味をもってアジリアのデバイスを覗き見ようとするが、アジリアは彼女たちを遠ざけた。

「待て覗くな。有害なものかもしれん。マシラを解剖したり、ピコを殺した時の映像かもしれんぞ。それか我々に知られたくないような、暗い記録だろうな」

 アジリアは眉間にしわを寄せながら画面をタップしていたが、すぐに鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。

 サンとデージーはアジリアの許しを待っていたが、普段とは違うアジリアの様子により興味を刺激されたのだろう。両側から挟みこむようにして、アジリアの持つデバイスを覗き込んだ。


 デバイスでは彼女たちの生い立ちが、映し出されている事だろう。

「ナガセがここにきてからの、私たちの映像だ~」

 サンが懐かしそうに相好を崩す。

 アジリアはソリッドメモリに興味を失したのか、デバイスごとサンに渡す。そして代わりに、映像を撮るのに使ったカメラに興味を移したようで、あれこれと弄り始めた。


 一方サンとデージーは、身体を寄せ合い小さなデバイスの画面に噛り付いた。

「うわぁ……たくさんあるね。これはピコが生きてた時の。こっちは塀造った時の映像だ」

「本当!? 全部見たい見たい!」

「明日訓練が終わったら……続きを……そう思うと少し楽かな。ナガセ。私たちの事ずっと見守ってくれたんだ」

 サンは明るい声で笑った。

 だがアカシアが、プロテアと歌うのをやめて、ぼそりと呟いた。

「でもナガセは……それを捨てちゃったね……私たちが育ったことなんて……もうどうでもよくなっちゃったんだね……」


 談話室が、暗い雰囲気で満たされ始める。

 それこそが俺の狙いだ。娯楽と一緒に、俺への敵愾心を募らせようということだ。上手くいけば俺と離れた所で娯楽活動を行い、独自の文化を開花させることだろう。アジリアが望んだ通りの展開である。


「風に抗いて、空を発つ。曲げられぬ使命に、挑んできたけれど」

 談話室の痛々しい沈黙の中、プロテアのギターの音色と、軽やかな歌声が空しく響いた。

「プロテア……やめて」

 おもむろにアカシアが口を開いた。アカシアは俯いて、握りしめた拳を軽く震わせていた。

「いい曲だけど……あまり聞きたい曲じゃない……悲しすぎるよ……」

 プロテアは溜息をつくと、ギターをじゃらんと鳴らして演奏を止めた。そして目を細めて、談話室にいる全員を非難するような眼で見渡した。


「ナガセはよぉ……俺が寝た時はよ。顔から険が取れてよ。態度から棘も無くなってよ。そりゃあ優しい本当の顔を見せてくれたんだぜ? なのになんであんなにキレてんだよ? 誰か何かやったろ?」

 プロテアは深いため息をつく。

 アカシアとリリィが緊張に身をすくませる。サンとデージーはお互いに抱き合い、アジリアとサクラが睨みあった。


「俺は怒らねぇからよ、ショージキにいえや」

 皆の視線が、一斉にアジリアに集中した。一番俺に意見し、反抗し、そして目をかけられているからだろう。アジリアは視線に怯むことなく、鼻であしらった。

「私はむしろ被害者だぞ。薬を盛られて無理やり眠らされたのだからな。奴は暴力で思い通りに物事を運んだ。非難されるいわれはないぞ」

 サクラがアジリアをせせら笑う。

「何を勘違いしているの? 薬を盛ったのは私よ。ハハーン。あなたはナガセ憎しで、何でもナガセのせいに見えるのね。品が無いから自分がやらかしたことに、気付いてないだけなんじゃないの?」


 アジリアは驚愕に眼を見開いた。だが次第にそれは敵意に細っていき、俺を睨む時の憎悪の篭った眼つきになった。

「今私の中で……お前の評価が、がくりと下がったぞ……」

「別にいいわよぉ。第一何様? 私を評価するなんて。ナガセを嫌うくせに、ナガセを真似るんじゃないわよ……マシラ人間」

「肉のブリキが……」

 再びアジリアとサクラの間で、剣呑な空気が生まれ始める。

 見守る俺に、アイアンワンドが呟いた。


『サー。あんまりだと思いませんか? 私をブリキ呼ばわりするのは』

「俺に言うな。それより止める準備をしとけ」

『サー。サイテーです』

 アジリアとサクラは、今度は掴みあおうとしない。俺が教えた格闘術の構えを取り、牽制するように拳を揺らし始める。両方とも喧嘩をする気の様だ。

 馬鹿が。サクラはともかく、アジリア。貴様まで本気になってどうする。どうやら薬の一件で、アジリアはサクラを守るべき仲間から、俺の同類へと認識しなおしたようだな。


「冬だよ! 冬が悪いんだよ!」

 二人の喧嘩を止めるために、リリィが叫んだ。

 アジリアとサクラの視線がリリィに向けられる。

「冬が過ぎてからナガセは怖くなったから! 冬が悪いんだ! 冬で辛い思いをしたから、イライラしてるんだ! だから喧嘩はやめて!」


 アカシアが気だるげに、俯きがちの顔をリリィに向けた。

「そうかな? 起きた時には……昔のいつも通りになってたけど……パギに健康診断を受けさせた時軽く虐めていたよ……? 昔のナガセはあんなことはしないもん」

 アカシアは俯いて、そのまますすり泣き始めた。

 アジリアとサクラは泣きじゃくるアカシアを痛まし気に見ると、ゆっくりと構えを解いた。


「そうだな……あの化け物は、冬ぐらいでイライラしない……」

「そしてナガセは私たちを叱っても、いたぶったりしないわ……」

 談話室が、重い沈黙に包まれた。

 少しの時間を置いて、サンがポツリと言った。

「やっぱり……何か理由があるんだよ……」

 プロテアも首肯する。

「ナガセは俺たちの理解が及ばねぇところで、また戦っているのかもな。俺たちが頼りねぇから、きっと何も言わないんだ。実際――俺たちは冬も越せなかったわけだしな」


 そこでプロテアは自らの怒りを表現するように、唇を噛んで拳を握りしめた。

「だけどアカシアやアイリス、リリィにしたことは許せねぇ。許せねぇよ。鍛えなきゃいけねぇのは分かるが、限度ってもんがあるだろ。俺たち身体が強い奴がいるんだ。だから限度を超えたことをする時ゃ、俺たちを使えばいいんだ」

「プロテアあなた……」

 サクラがプロテアの反論を咎めようとするが、プロテアは目の前で手を振ってそれをいなした。


「俺は構わねぇんだ。運動は好きだし、自分の限界を知るのは楽しい。だがよ、他はそうでもねぇだろ? ナガセが怖くていえねぇなら、俺が聞くよ。それまでに俺も、ナガセが納得できるほど強くなっておく。んだけだ」

 プロテアはギターをケースにしまうと、肩に担いで談話室を出て行こうとした。

 アジリアとサクラが、そろってプロテアを呼び止めた。


「待って。持ってっちゃダメよ」「今いない奴にも、選ぶ権利はある」

 同時に声を発した二人は、互いに侮蔑の視線を投げ合う。

「ホントーにムカつく」「イヤな奴だ」

 その罵倒すらも、ほぼ同時に交わされた物だった。俺は苦笑すると、談話室の映像を切った。


『サー。ご覧の通り、マムたちは困惑しております。今一度対話をされては如何でしょうか?』

「うるさい。一度決めたことだ。翻すつもりはない」

 俺は草原のはるか向こうに視線をやる。そして脳裏に、盆地にそびえるアメリカドームポリスを思い浮かべた。


「弱けりゃあ……死ぬんだ……だが戦わなくとも……死ぬんだ……」

 ユートピアで彼女たちを戦いを駆り立てる自分は、間違いなくおぞましい化け物だ。

 だが俺はこれ以外に、生き抜く術を知らない。

 彼女たちの強さに甘えて、乗り越えてもらうしか。

 自分の無力さに腹が立つ。自分の無能さに絶望する。

 

『サー。ですがマム・アカシア、マム・アイリスは、繊細な心をお持ちです。サーの行いを恨まずとも、傷ついております。これは無視できません』

「アカシアには甘えにならん程度に、直接フォローを入れる。アイリスはお前が頼む」

『サーは特別扱いを為さいません。同時に何か、仕込むおつもりでしょう?』

 図星だから無視する。代わりに時計を覗き込んで、見張りについてからどれくらい経ったか確認した。マリアの野郎。多少の居眠りなら許すが、さすがに寝すぎだ。


「頃合いだな……マリアは暴徒だ。暴徒鎮圧。ケツに蹴りを入れろ」

『サー。イエッサー』

 夜の空に、猫のような悲鳴がこだました。

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