第45話
あれから三日が過ぎた。模擬戦は十日後。後七日だ。
俺は自室の机で、のんびりと事務を行っていた。理由は無駄に動いて、妙な疑念を抱かせたくないからだ。それに仕込みたいこともある。訓練の日までは基本的に、自室に引きこもる事にした。
いちおう俺が負けた時に備えて、限られたメンバーでの攻略法を練っている。だが少ない部隊で、実行可能な作戦は限られてくる。すぐに煮詰まり、手持無沙汰になってしまった。
せっかく出来た暇だ。今までに溜まった資料の整理と、作戦の粗でもほじくることにしよう。俺はあくびを噛み殺しながら、資料棚から紙の束を取り出した。
「なに。する。気だ?」
隣に座っていた監視役のパンジーが、過敏に反応して距離を詰めてきた。なんだ手伝ってくれるのか? 俺が紙の束を押し付けると、パンジーはわたわたとそれらを抱え込んだ。
「資料整理だ。お前もちょっと手伝ってくれ」
「残念。それ。無理。今は。監視。優先」
パンジーはムスッと唇を尖らせると、俺の机の上に、紙の束を丁寧に置いた。つれない奴だなぁ。
遠慮がちに、ドアがノックされた。
「いいぞ」
俺が返事をすると、ドアがわずかにスライドして、アカシアが顔を覗かせた。彼女は俺とパンジーを交互に見て、部屋に入るのを少し躊躇う。やがてゆっくりと入室すると、後ろ手にドアを閉めた。
「どうした?」
アカシアは言葉選びに困るように、視線を宙にさまよわせた。行く当てのない視線は、やがて地面を這う。
「模擬戦……するんだよね……? 私たちに訓練しなくていいの? 私、ダンビラなんて乗ったことないし、サンとデージーだってダガァに触ってもいないよ……それに連携も……もうあれから三日たつのに、何の連絡も無いんだけど……」
何をいうかと思えば、思わず笑い飛ばしてしまう。俺は身構えるアカシアに目もくれず、ゆったりと椅子に座り直して資料をめくった。
「いや。そこまで嫌だったのなら、もう無理強いはしない。各自で好きにしてくれ」
アカシアは視線を俯かせたまま、胸の前で指を弄り始める。そして浮かない顔のまま、か細い声を出した。
「でも……ナガセ負けちゃうけど……いいの?」
俺もアカシアの言葉が、解せないという顔をしてやった。
「お前は馬鹿か? お前自身それを望んでいるから、こうなったんだろう? なぁに。模擬戦で負けようが勝とうが、俺にはどうでもいいことだ。アジリアたちを訓練できるんでな。それだけか?」
「う……うん。そ……そだよね……」
アカシアは少し傷ついた顔をしながらも、俺に頷き返した。しかし納得はしていないようで、何時までたっても部屋を出ず、その場でもじもじし続けている。
俺の本心が分からなくて不安なのだろうが、無視して書類仕事を続ける。それでもアカシアは居座り続けたので、俺は鬱陶しくなってペンで部屋の外を指した。
「用は済んだろ? プロテアと遊んで来い。一緒に歌う人を探しているぞ」
「あ……うん……そだね」
アカシアは俺に一礼すると、部屋から出ていった。
パンジーはその後姿を見送ると、視線だけを俺にくれた。
「何。考えて。いる?」
「下らん事を聞くな」
「私の中では。今だに。ナガセが一番。だから。アジリアに。手を貸さなかった」
ほう。ローズが参戦したのはそれが理由か。パンジーはアジリアに与しているが、異なる考えで動いているようだ。しかしこのタイミングで、そんな話をする理由は一つしかない。
「へ~。そうか」
俺はその一言で、会話を終わらせる。パンジーは肩透かしを食らって、間抜けな顔になった。含みのある物言いに、食いつくと思っていたのだろう。そうやって俺の興味を引いて、腹の内を探ろうとしたのだろうが、そんな幼稚な手に引っかかるか。
俺はすらすらと仕事を進めていく。パンジーはコケにされたと分かると、幾分か気分を悪くしながらも、俺の監視を続けた。
時計の針が進み、監視交代の時間となる。時計の長針は定められた時を過ぎていくが、交代であるプロテアがくる気配はない。
俺は大きく伸びをして、立ち上がった。
「遅刻とは珍しいな……迎えに行くか。俺も外の空気を吸いたい」
俺は机の上に資料を放り出すと、パンジーと共に部屋を出た。手短な談話室からプロテアを探すことにするか。
部屋から離れると、俺の部屋の方から数人分の足音が聞こえてくる。見張りのシフトと職務内容から、その正体はおのずと限られてくる。三日目にして、やっと行動を起こしたか。演習まで残り七日。勝率は低いな。
耳元でリタが囁く。
『私より遅いじゃーん! ていうかシャブ使いなよぉ。一発だよ』
「黙れ」
俺の独り言に、パンジーがびくりとした。
「何も……いってない……」
「自分にいったんだ。気にするな」
戦場から長らく離れているせいか、幻聴と幻覚が酷くなってきた。とっととプロテアを見つけ出して、自室で戦場の妄想に耽って鎮めたいな。
ドームポリスの廊下から何やらいいあう声がするが、金切り声ではないので喧嘩ではないな。声のする方に進んでいくと、内容がハッキリしてくる。
俺が現場に着くと、サクラが必死でプロテアを説得しているところだった。
「だからよぉ……俺もナガセのことは好きだけど、それとこれは話が別だってぇ」
「そんなこといわずに考えを改めてよ! 分かっているでしょ。ナガセにも一理あるって!」
プロテアはサクラを振り切って、こちらに向かってこようとする。しかしサクラは袖を掴んでその場に引き留めた。プロテアはがっくりと肩を落として大きなため息をつくと、やんわりとサクラの手を振りほどいた。
「難しい事は俺には分かんねぇって……俺に分かるのはあれはやり過ぎだってことだよ。そろそろ交代の時間なんだよ。シバかれんの俺だぜ? だから勘弁な」
プロテアは両手を合わせて詫びの仕草を入れると廊下を走りだし——進んだ先で俺と鉢あって軽い悲鳴を上げた。
「プロテア。交代」
パンジーがぷくーっと頬を膨らませながらいった。プロテアは頭を軽く下げつつも、親指で背後のサクラを指す。
「悪ィ悪ィ……けど俺は悪くねぇぞ。サクラに引き止められたんだよ」
サクラは唇を噛んで、泣きそうになりながら震えていた。だが俺の存在に気付くと、無理に明るく笑って見せた。
「ナガセ! 待っててください! この馬鹿げた模擬戦は潰して見せますから!」
俺は特に気にしてない素振りをして見せる。
「サクラ。余計な事をするな」
「それには承服しかねます。これはドームポリス全体の問題で、私にも関わりあることです。私は命を受けずとも、自らの意志で行動させてもらいます!」
サクラはそういい残すと、ドームポリスの廊下を駆けて行った。
サクラは順調に動いてくれている。別に俺が命を下した訳ではないので、ルール違反ではない。いずれにしろ利用している事には違いないので、勝とうが負けようが彼女には何かしら礼をしないとな。
サクラを編成から外した理由は三つある。
一つは喧伝工作である。サクラは賢いので、この模擬戦が公開処刑だとすぐわかる。やめさせようと奔走し、その理由を論理的に説くはずだ。これで敵側に迷いを生じさせることができる。
二つ目はアジリアの攪乱だ。アジリアはサクラの動きに、目を光らせざる得なくなる。そして俺が引きこもっている以上、本命がサクラにあると勘繰り、俺から彼女に注意を移すだろう。
そして最後の理由だが、それは今頃アカシアたちが見ていることだろう。
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