第30話
サクラとアイリス。二人の視線が痛い。まるでドリルのように俺を抉っている。
そんな珍獣を見るような目で俺を見るんじゃあない。
俺は咳払いを一つすると、テーブルに歩み寄った。途中でアイリスの落としたすり鉢を拾うと、アイリスが慌てて散らばった薬草をかき集め始めた。それから俺の手からすり鉢を受け取り、中に薬草を戻してテーブルの上に置いた。
二人はまた、無言で俺を見つめてくる。そこに団欒特有の和やかな雰囲気はない。訓練された兵士がミーティングの時に醸し出す、独特の緊張があった。あのような別れ方をした後で、俺が狩りに出なかったのが気にかかるのだろう。また問題が発生し、命令しに来たと思っているに違いない。
ただ一人ピオニーが、のほほんと茶を啜っている。こいつは取っつきやすそうだ。
「あ~……何を飲んでいる?」
俺が聞くと、ピオニーはカップから口を離す。そして少し傾けて、中に入っている新緑色の液体を見せた。
「お茶ですよ~。植物を茹でる時に~いい香りがしますからぁ~出汁を啜ってみたんですぅ~。おいしかったのでぇ~もっとおいしくしようと頑張ったんですよぉ~。だからとってもおいしくなりました~」
頭の痛くなる喋り方だな。別に矯正しようとは思わんが、サクラたちが苛つく気持ちが、少しわかるような気がした。
「そ……そうか……俺にも一杯貰えるか?」
ピオニーは困ったように顔を曇らせると、首を振った。
「でもナガセのカップ。ありませぇん。どうしましょう~」
サクラが素早く動いた。彼女は台拭きでテーブルを軽くふく。そして倒れた自分のカップの水気を払うと、ピオニーに渡して俺に微笑みかけてきた。
「ナガセ、このカップをお使いください」
ピオニーはサクラからカップを受け取ると、小走りで太陽光パネルの近くに立てられた鉄柱に向かった。物を引っ掛けるために、紐で短い鉄筋が十字に括られており、そこには鉄鍋がぶら下げられている。
鍋は熱源も無いのに湯気を吹いているな。不思議に思って下を見ると、割れた鏡が置かれ、反射した光を鍋の底に当てていた。
「考えたな……太陽光の反射を集めて、鍋を温めているのか」
「はぁい。電気がもったいないですからぁ~」
ピオニーは鍋からお茶をおたまですくい、サクラのカップに注ぎ込む。そして俺の所まで戻って来た。
「どうぞぉ~。お代わりはたくさんありますよ~」
俺はピオニーの差し出すカップを受け取り、唇を尖らせて啜る。口にすっとハッカの様な香味が広がり、舌に染みる渋みが深みを加えた。ハーブティーのようだ。俺はカップから口を離し、その鼻を透けるような香りを楽しむ。そして再び口をつけた。
ピオニーも席に戻り、自分のカップを啜る。そして深く感嘆の息を吐いた。
「は~。しあわせですねぇ~」
サクラとアイリスが、ジト目でピオニーを睨んだ。
「全く。そうだな」
だが俺は同調する。これ以上の幸せがあるか。環境に脅かされる事無く、日光の下で茶を嗜む余裕がある。
周りには仲間がいて、生きること以外の利害で争うことが無い。ただ自分が自分であるために、命を費やすことができる。
国家に使役されることも、目的のために自分を偽る必要もないのだ。人類に合流するという作戦のため、俺が壊しかけた幸せだ。
俺が……ずっと欲しかった安らぎだ……。
意外な俺の言葉に、サクラとアイリスは瞠目して俺を振り返った。そして不安を口元に滲ませて、膝の上に視線を落とした。
まずサクラが、俺が喋るのを待ちきれなくなったのか、おもむろに口を開いた。
「狩りに行かれないのですか? その……これは行けと言う意味ではなくて……また何か問題でも起きたのでしょうか?」
「何も問題ない。今日は休むことにした。お、そうだ。プロテアからもらったんだ。お前らもどうだ?」
俺は弁当箱を取り出すと、テーブルの上で開いた。ピオニーが目を輝かせて、肉の干し物を取った。
「わぁ~。ひとついただきま~す。これプロテアちゃんが、地面に穴を掘って作っているんですよぉ~。そこで煙で燻しているんですぅ」
俺も丸い肉の干し物を取り出して口に運ぶ。
「成程な……それなら煙も漏れないな。何の肉か分かるか?」
「多分ですけど~蛇さんか、鳥さんですねぇ~。プロテアちゃんたま~に、ぶらりと草原や浜辺に出かけて、何かを狩って来るんですよぉ。いっつもお腹空かせていますから~」
「俺より可食物に詳しそうだな……おい。遠慮はいらんぞ」
俺は黙ったままのサクラたちに、弁当箱を押し出す。
アイリスが涙の浮いた瞳を俺に向けた。
「お願いです。見捨てないでください。私たちじゃどうにもできないのは分かっています。ナガセが仰ってる冬眠が、唯一の解決法だと言うのも分かっています。ですけど私たちにもできることをしたいんです。そのために今まで頑張ってきたんです」
どうやらサクラたちは、俺の言うことを聞かなかったばかりに、見捨てられると思ったらしい。それで狩りに行かず、困る様を見に来たと考えたのだろう。深刻な表情のまま、サクラが相槌を打つ。
「勝手な我儘なのは百も承知です。ですがもう、ナガセ一人に押し付けたくないんです。ナガセは越冬が無理だと仰いました。しかし私たちが手伝えば、それも可能になるかもしれません。どうか私たちを信じ、力添えして頂けないでしょうか?」
サクラの声は震えている。怖いのか、忠誠心と自尊心が戦っているのか。恐らくその両方だろう。
しかし、ここまで怖がられているとは予想だにしなかった。汚染世界での自分はまだ隠せているし、ピコ以外で酷い仕打ちをした覚えはないのだが。まぁ彼女たちと俺の間で、感覚のズレがあるのかもしれないな。
俺はまず、自分の頬を掻いた。
「ちょっといいか。俺の顔、どうなってる?」
サクラは場違いな質問に戸惑う。そして痛ましそうに、俺の頬にできた、新しい傷跡に指で触れた。
「頬に傷ができました。それ以外はいつも通りですけど……何か?」
またあの不機嫌そうな顔をしているらしい。茶を啜って気を落ち着ける。そして身体から力を抜いて、笑って見せた。
「信じられないかもしれないが、俺は全力でお前らの手伝いをさせてもらうつもりだ。俺の思い道理にならなかったから、手を抜いて困らせるような真似はしない。まぁこれから行動で示すさ。とにもかくにも、今日は視察を兼ねて休みだ。お前らもして欲しい事があれば今のうちに言ってくれ」
俺はゆっくりと、深く、三人に頭を下げた。
「俺のやり方が間違っていた。もう外に逃げん」
顔を上げると、サクラたちが目を丸めている。おおよそ俺らしくない言動だから仕方ない。しかしすぐに彼女らの表情は和らぎ、場の緊張は解けていった。
俺が来る前のくだけた雰囲気には程遠い。だが俺は少なくとも、ここにいてもいい存在だった。
「じゃあ。まず手当てをさせて下さい」
アイリスが俺の左手を取る。そしてまじまじと患部の診察を始めた。左手は皮膚片や血の塊がへばり付いていて、見た目は酷く荒れている。まるで手の平に泥を塗りつけたようだ。だが傷口はすっかりかさぶたに覆われ、血は止まっていた。
「もういい。血も止まったし、肉もそんなに傷ついていない」
俺は左手を背中に隠し、アイリスから遠ざける。アイリスが真顔になって、口をへの字に曲げた。
「嘘をつくのですか? 口だけですか?」
ぐうの音も出ない。俺は観念すると、左手をアイリスに差し出した。
「頼む」
アイリスは手を取ると、ピンセットを取り出して、かさぶたの一つを摘まんだ。
「いっときますけど。痛いですよ。今まで逃げたツケですからね」
「かさぶたを剥がさなくてもいいだろう? そこは治っているんだから」
「湿潤療法といって、かさぶたを作らせないんですよ。傷口から出る体液で患部を覆うと、治りが速いのです。それに痛みも少ないし、傷跡が残りにくいのですよ。素人は黙っていてください」
アイリスはピンセットを器用に使い、手の平を覆うかさぶたを片っ端から剥がしていく。そしてすりつぶしていた薬草で患部を覆い、包帯を巻いていった。
「この薬草に体液を染み込ませるのですよ。かさぶただと思うように動かせないし、痛いでしょう? これでしたら動かしても大丈夫です」
感心する。つい先日までは、薬を出してガーゼを当てるぐらいが限界だと思っていた。だが着実に技術を培っているようだ。アイリスは俺の尊敬の眼差しに気付いたのか、相好を崩して鼻を高くした。
「ちょっ、ちょっとナガセ。よろしいですか? こっちもご質問があるのです!」
何故かサクラが慌て出す。彼女は足元からデバイスを拾い上げ、アイリスからこちらに注意を引こうと画面を突きつけて来る。
「どうした。慌てなくてもいい。時間はある」
「あのですね! 以前御報告したドームポリス内のプラントなんですけど、成果が出たんです。しかし成長は早いのですが、大きくならないんですよ。そこでですね、使っていない区画にも広げて栽培量を増やすのはどうでしょうか? 屋上の取り込み口には他にも候補がありますし、光量は十分確保できると思います。ただネックなのが給水量です。しかし雪は溶けると水になるので――」
サクラは一気にまくし立てながら、デバイスの画面を操作して、設計図を次々に表示した。
なんなんだこの設計図は!? それにはドームポリスと、そこに張り巡らされたライフラインが記入してある。まるで迷路のように入り組んでおり、全体を見ても把握するのが難しかった。しかしサクラは、そこに新しく設置するファイバーや水道管を、赤い線で書きこんでいる。そして一つ一つを指でさしながら、すらすらと説明を始めた。全体の水圧管理から、コンプレッサーのスペック、そしてファイバーの熱処理についてなどだ。
配線を敷いたのはリリィだが、設計したのはサクラか。
カットラスの一件から、かなり進歩しているようだ。これが失われた記憶や技能が回復し始めたとすれば、彼女は下っ端の技術者などではなさそうだ。もっと複雑な研究に従事していたに違いない。
「お前……一体汚染世界で何をしていた……?」
意図せずに、怖い声が口から滑り出る。何故これほどの女がここにいる。ここは何だ。どういう施設だ。
「はぇ!? え!? やっぱり勝手に改造してはいけなかったですか!?」
サクラが罪悪感に悲鳴を上げる。俺はハッとして首を横に振った。また任務に走るところだった。
「いや……いい。また後で検討する。考える時間をくれ」
どうでもいい事だ。これから生きていくのに、必要のない情報だ。
左手の処置が終わった。左手を閉じたり開いたりする。包帯と薬草のせいで少し動かしにくいが、かさぶたと比べたら遥かに楽だ。それに痛みも随分とマシになった。
俺はアイリスに礼を言うと、腰を上げて屋上の縁へと歩いていった。そこからは土塀に囲まれた、中庭とでもいうべき空間が一望できる。ドームポリスの近くには果樹が根を降ろし、その付近には畑の痕跡が僅かに残っている。隣にはピコと女たちの墓があり、花と少しの食べ物が供えられていた。
中庭の草原では、ロータスがオストリッチを乗り回していた。
「いいワ~これ!」
ロータスは銃を持たせてもらえない鬱憤を晴らすように、華麗にオストリッチを駆っている。直線を疾駆したと思えば、飛び上がって急転身する。大地を蹴って飛翔した後、スキップ歩行という、相手の銃撃を避けるために激しくジグザグに跳ばせる動きをする。彼女はあるパターンを、一定の感覚で何度も繰り返していた。
一般的なオストリッチの習熟訓練だ。教えた覚えはないので、自分から始めたのだろう。
「勝手に動かしていいんですか?」
サクラが不機嫌そうに俺の横に並ぶ。そして疾駆するオストリッチから、目を離さないで呟いた。
「別に大砲積んでいる訳でもなし。それにあれで轢き殺すのは熟練しないと無理だ。カットラスに比べたらベビーカーみたいなもんだ。ほっとけ」
サクラの顔が耳まで赤くなる。そして目の前で指をもじもじし始めた。
草原ではリリィが、オストリッチを駆るロータスを、食い入るように見つめていた。彼女は羨ましそうに、疾駆するオストリッチに熱い視線を注いでいる。そして油か何かで黒くなった、作業着の裾を握りしめていた。
ロータスはそれに気付いていて、まるで見せつけるように、彼女の近くを何度も通り過ぎた。
「ヤな奴」
サクラに続いて俺の隣に来たアイリスが、それを見て呟いた。
ロータスはやがて見せつけることに飽きたのか、悠々とリリィの前にオストリッチを止めた。
「なによ。さっきからチラチラ見て。何か用?」
「そろそろ代わってよ! それ動かせるようにしたの、私なんだよ!」
リリィはそう叫ぶと、オストリッチに縋り付こうとする。だがロータスは手綱を操作して、リリィの手の届く範囲から離れた。そして振り返ると、見下すような笑みを浮かべる。
「いやよ。どうせアンタが乗ったって、すっころぶだけじゃん。怪我しない内にやめときな」
「そんなぁ。まだ慣れていないだけだよ」
「アタシこれ気に入ったの。壊されたら困るのよ。アンタさ、できもしない事する暇があったら、クッセェ配管の掃除でもしなよ。お似合いだよ」
ロータスは哄笑を上げると、再びオストリッチを駆って走り始めた。リリィは涙目になりながら、作業着のファスナーを弄る事しかできないようだった。
性悪め。一発かましてやる。俺は拳を鳴らすと、ハッチの方に歩いていった。
「拳骨食らわしてくる。サクラ。配線の方は後で連絡する」
「あらぁ。でも、もう必要ないみたいですよぉ~」
ピオニーがサクラの隣に並び、手でひさしを使って草原を眺める。俺もそれに倣い、ロータスたちの方へと視線を戻した。
丁度アジリアが、見張り台から飛び降りた所だった。見張り台にはパンジーが残っており、心配するようにアジリアをじっと見送っている。だが屋上に俺がいて、事に気付いていることを知ると、さっと森の見張りを再開した。
アジリアは真っ直ぐロータスの所に歩み寄っていく。ロータスもアジリアは無視できないのか、彼女の方に駆けていき、目の前でオストリッチを止めた。
流石に離れすぎているので、彼女たちがどんなやり取りをしているのかは聞こえなかった。だがアジリアが屋上の俺を指さし、ロータスが確認すると、彼女はあっさりオストリッチから降りた。そして俺に媚びを売るように、投げキッスを放った。
アジリアはオストリッチに跨り、リリィの元に駆けていく。反対にロータスは、俺から目を離さないまま、ドームポリスに戻ってきた。
ロータスは声が聞こえる範囲内まで近づくと、満面の笑みを浮かべながら俺を見上げた。
「今日は暇なのねぇ? ちょうどアタシも暇になったんだけど」
「そうか俺は休みだ。休む仕事がある」
俺は気のない返事をする。ロータスの笑みに、少し影が差す。彼女はまどろっこしくなったのか、核心に踏み込んできた。
「銃。考えてくれた?」
ふざけろ。バブルシューターなら考えてやるが、それ以外は一切許さん。
「俺はアホでな。まだ考えがまとまらん。気長に待て」
ロータスは露骨に顔をしかめて舌打ちをする。そして倉庫の中に消えていった。銃以外のことなら喜んで付きあうのだがな。あまり放置すると問題になる。明日の釣りに無理やりにでも連れていくか。
一方草原の方では、リリィがオストリッチに跨ったところだった。リリィは破顔しながら、手綱を握った手を揺らしていた。脇にはアジリアがついて、少し不安そうに彼女を見上げている。
これは無理だな。リリィの奴、オストリッチの重心を把握できていないのが、身体の揺れ方で丸わかりだ。
リリィはオストリッチを走らせたが、数歩もいかない内に振り落とされ、顔から地面に突っ込んだ。騎手を失ったオストリッチは、数メートル先をふらふらと歩いてから、地面に座り込んだ。
リリィは幼児体型で、オストリッチを繰るにはいささか不利だ。あれは乗りこなすと言うより、乗りつぶすという表現が適している。体重が無ければ難しい。
リリィは砂ぼこりのついた顔を上げると、涙をこぼしながらオストリッチの方に走っていく。
「ぢぐじょぉぉぉ! あだじだっでやればでぎるんだぁぁぁ!」
絶叫がここまで届く。アジリアがやれやれと言った様子で、再びオストリッチに跨ろうとしたリリィを引き留める。
「いやだぁぁぁ! わだじだっで! わだじだっでぇぇぇ!」
「うるさい! 少し黙れ!」
アジリアは吠えると、リリィをオストリッチに跨らせる。その後ろに自らも跨り、彼女をしっかりと支えた。そして手綱を軽く引いて、ゆっくりとオストリッチを歩ませた。
リリィは嬉しそうに笑っているが、どこか不満そうだ。飛んだり跳ねたりしたいのだろう。だがオストリッチで二人乗りをするのは、熟練者でも難しい。見たところアジリアに操縦の技量はあるようだが、そこまでする自信が無いんだろうな。
「ちょっと言って来る」
俺ならチビッ子一人乗せて、アクロバットするのはわけない。だがサクラが俺を引き留めた。
「はい。でもナガセ。何か用事があって、ここに来たのではないですか?」
ハテ? そういえば何か目的があったような気がする。確か物資に関する事だ。そうだ! サンとデージーを沖に連れていく約束をしたんだ。今のうちにフロートを取りつけなければ。しかしフロートなら倉庫に置いてある。別にサクラに会う必要はない。あれ? 俺はひょっとして勘違いをしていたのか。そもそも何で俺はドームポリスを歩き回ったのだろうか。
「あら~ここにいたんですか~」
猫撫で声が耳朶をうち、背筋に悪寒が走る。声のした方を向くと、ローズがハッチを開けて、上半身をドームポリスから屋上に出している。
表情にはいつもの笑顔を浮かべているが、それは造りものだと誰でも分かるぐらいに引きつっていた。
やばい思い出した。山吹色の布と、綿だ。
ローズは屋上の床に頬杖を突きながら、イライラを誤魔化すように、指先でハッチを叩いた。
「私、ずっ~と待ってたんデスケド。でもわかるわ、私と不細工なぬいぐるみ弄るより、サクラたちとお茶する方が楽しいよねぇ?」
ローズから鬼気迫る何かを感じる……マシラと相対した時よりも危機的な何かを感じる……恐ろしい……。
「あ……すまん。お前達が普段何しているか知らなかったから、物珍しく、楽しくてつい……」
「分かるわ。私も食事の事で気まずい話ししかしたことなかったから、珍しいナガセの顔を見てウキウキできたし、久々に楽しくて仕方なかったわ」
ローズの笑みが消え去り、物凄い形相に変わった。
「最ッ低!」
ローズは階段を駆け下り、ハッチを力任せに閉めた。後には寒風に吹かれる俺と、サクラたちが残された。
「あれは長引きますよ~。早く謝った方がいいですぅ」
ピオニーが干した海藻をしゃぶりながら、のほほんと言う。俺はにわかに焦りはじめ、サクラに詰め寄った。
「マジか……サクラ。保管場所を変えたんだよな。衣服類はどこにしまった?」
「あ、ナガセのライフスキンのマップ情報を更新します。それとこれ、カードキーです」
俺はライフスキンの胸元を捲り上げ、マップを表示する。サクラがデバイスを操作すると、映し出された情報が新しいものに書き換わり、詳しい物資の場所が映し出された。
俺はサクラの差し出したカードキーを受け取る。急いでハッチを開けて、ドームポリスの階段を駆け下りた。
「アイアンワンド……」
俺は物資の保管してある部屋に向かいながら、虚空にそう呼びかけた。
『サー。ご命令をどうぞ』
「俺は彼女たちにこう言った。お前らは食って糞をするだけの生物だと」
『ログ照合。ヒット。確かにその通りです』
部屋についた。カードキーを差し込み、扉をスライドさせる。
「お前らは、肌の色や髪形でしかお互いを見分けることが、出来ないとも言った」
『ログ照合。ヒット。確かにその通りです』
目的の布を探し出し、予備のベッドから綿を抜いた。
「俺は……俺は……戦って殺すだけの生物だった。そして彼女たちを肌の色や、髪形でしか区別していなかった。仕事ができればどうでも良かったんだ。仕事が出来る奴を髪形とかで区別しているだけだった。俺は……生きていなかった……」
俺は強く、布と綿を握りしめた。
「俺は……生きたいぞ。アイアンワンド」
『サー。それは叶うでしょう。ここはユートピア。誰もが望んだ理想郷です』
俺は笑った。だがすぐに表情を引き締める。
「アイアンワンド。冬眠の準備をしておけ。機能チェックと、シークエンスの確認を何度も繰り返せ。万一という言葉は許さん」
『サー。本気ですか?』
俺は神妙に頷く。
「ああ。だが使うのは……当分先だ」
『サー。イエッサー』
「それとだな……ローズにどう声をかけたらいい?」
『検索――ヒット。資料室に《正しい愛人の作り方》という書物がありますが、いかがなさいますか?』
このポンコツが。
「その本のある場所を教えろ。後で燃やす」
俺は部屋から出て、ローズの姿を探し始める。
「おねぇぢゃぁぁぁん! どこぉぉぉ!?」
目の前をパギがドタバタと横切っていく。
「屋上にいるぞ」
「うるさいバカぁぁぁ!」
俺の言葉に、パギは泣きながら方向転換する。そして屋上のハッチに続く廊下を走っていった。
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