第28話
まず倉庫の隣にある大部屋に顔を出すか。そこは警備員の詰め所として使われているが、女たちは談話室として使い、よく駄弁っている。
大部屋からは電灯の光が漏れていて人の気配もしたが、彼女たちが俺をどう思っているか分かったことだ。不用意に入って逃げられたくないし、こっそりと中を覗いてみるか。
「おねーちゃん。まだできないの?」
「もうちょっと。もうちょっとでできるから待ちなさい」
ローズとパギがいるな。
ローズは膝を畳んで座り込み、その上に布を広げて針仕事をしている。その脇でパギはうつ伏せに寝そべりながら、ローズの作業を見守っていた。
ローズが何を縫っているのかは良く分からない。丸っこい布の塊に、何度も針を突き刺している。破れた作業着の修繕ではないようだし、新しい服を縫っているにしては緻密な針さばきだ。
なんというか……非常に気になる。
俺は意を決して、談話室に入って行った。
パギは俺に気付くと、さっと立ち上がって部屋から出ていった。去り際に小声で「ばか」とこぼしていったことから、相当恨まれているようだ。必要だからしたこととはいえ、子供に嫌われるのは複雑な気持ちになるな。かといってかける言葉も見当たらず、俺はパギの後姿を見送ることしかできなかった。
「パギ? もう少しでできるから落ち着いて待ってったら――」
ローズがくすくすと笑いながら、顔を上げる。そして俺の姿を視界に抑えると、軽い悲鳴を上げて飛び上がった。
「ヒェ! エ! エ? 狩りに出たはずじゃないの!」
彼女の手から布の塊がこぼれ落ち、俺の足元まで転がって来た。
「ローズ。何を作っている?」
腰を折ってそれを拾い上げる。長い胴体に、四本の足、細長い首をもった動物のぬいぐるみだ。ボタンを使って円らな瞳が取りつけられ、背中には紐を縫い付けて、模様が表現されている。頭には角があるが、裁縫の腕がいいのか重力でヘタレることなく、ピンと天を指していた。
どうやら頭を取り付けている最中だったらしい。首の付け根が縫いかけで、そこからぼろきれが覗いていた。
まじまじとぬいぐるみを観察する俺に、ローズは両手を上下にぶんぶん振り回して、必死に言い訳を始めた。
「ちっ! 違ッ! ナガセ! これはぼろきれを使っているから! だから物資を勝手に使っている訳じゃ無いんデスケド!」
「上手いもんだな……ピコのぬいぐるみか……」
ローズにぬいぐるみを返してやると、彼女はきょとんとして、俺と手元のぬいぐるみを交互に見やった。そしていたたまれないように、俯いて黙り込んでしまった。
ちらとローズの足元を見ると、軍用のソーイングセットが、よたよたになったシャツやタオルの上に放り出されている。シャツやタオルは破れたり汚れたりして、俺が廃棄物として捨てたはずのものだ。きっと焼却炉から使えるものを取ってきたのだろう。
あれ? シャツの奥に別のぬいぐるみが転がっているぞ。こいつは一体何を模したものなんだか。俺は興味深くそれを持ち上げた。
「あっあっアッー!」
ローズは奇声を上げて俺に突っ込んでくると、ぬいぐるみを取り上げて抱き隠した。騒がしい女だ。いつもはもっと落ち着いているだろう。
俺は苦笑いを浮かべながら、ローズの腕の隙間からこぼれるぬいぐるみの足を指した。
「それはライフスキンを着た人間だな。誰がモデルだ?」
ローズはもう隠しても意味がないと思ったのか、だらしなく腕を下げた。彼女の手の中では、むっつり顔のぬいぐるみが揺れている。ぼさぼさのザンバラ髪に、眉のつり上がった不機嫌そうな顔。そしてへの字に曲がった口をしている。改めて見てみると何とも愛想のないやつだ。
待てよ……ひょっとしてこれって……!
恥ずかしさに、頭に血が上るのを感じる。
「俺か!?」
ローズはこくりと頷いた。
「そうなんデスケド……ピコを殺す前……パギが欲しいって……」
俺はローズからぬいぐるみを受け取り、まじまじと見つめる。
何というか、自分に子供がいたら、渡したくない代物である。ぬいぐるみはムスッとした顔で俺を睨み上げている。その表情からは、仄かな敵意と懐疑の念、そして壁を張るような硬さが伝わってきた。
「俺は……こんな顔しているか……」
「四六時中……クスッ」
ローズはいきなり緊張を解いてふきだすと、俺の顔を指して笑いだした。
「そんな情けない顔初めて見た――あっ、あー! 元に戻っちゃった。でも顔真っ赤」
「やかましい」
全くいたたまれない気持ちになってきた。どうにか場を取り繕うとするが、喉から言葉が出ない。ローズはそんな俺を楽しむように、にこにこと笑いながらじっと見つめてくる。
しばらく時間が経ったが、俺の居心地が悪くなる一方で、ローズはそれを楽しんでか笑みを絶やさずにいた。
「随分落ち着いたじゃない。プロテアが慰めてやるって息巻いてたけど。なにしてもらったの?」
おもむろにローズが口を開くが、俺は目を瞑って無視した。自分でもわかる。顔が火照って熱い。まだ拷問の方がマシだ。うまい口実を考えて早いとここを出ちまおう。
「私も同じことしてあげようか?」
「要らん世話だ! あ~くそ。大声出したのは謝る」
思わず大声が口を出る。だがローズは声をあげて笑い、腰砕けになった。
「別に今のはいいわよ。今のナガセ、全然怖くないから」
そして俺の醜態を誘うように、笑みを絶やさず俺をじっと見つめてくる。
いかん。このままではいいオモチャにされる。ちょうどいい口実もできたことだし、俺はローズにぬいぐるみを返して素早く背中を向けた。
「少し時間をくれ。ピコと同じ色の、山吹色の布があったはずだ。あとぬいぐるみを作るのに他に何か必要な物はあるか?」
「えっ? あ? 別にそれでいいわよ。もったいないし」
「パギにやるなら、もっとマシな布を使え。他は?」
「わ……綿が欲しい……んデスケド……」
贅沢を言っていると思っているんだろう。ローズが遠慮がちに、小さい声で言った。
「分かった。ベッドを一つばらすか……どうせ使ってないのがたくさんある」
思えばタオルや服がたまに縫われていることがあったが、ローズがしてくれていたのか。今まで特に気にも留めなかったが、おかげで物資を長持ちさせることができたんだ。今はとてもその気にはなれんが、後で礼をいわないとな。
からかわれる前に足早に談話室を出ると、備蓄をまとめてある部屋へ向かうことにした。
そこは倉庫の反対側にある大部屋なのだが、俺は必要な道具を全て倉庫に移したので、この区画に来ることが滅多になかった。そのせいで掃除もおざなりになっているのかも知れんな。廊下には土くれや、水をこぼした後などの汚れが嫌に目立つ。
「全く。そう広い施設でもないんだがな。掃除をさぼってるのか……」
目的の部屋のドアを開けようとして、手を止めた。かけたはずの南京錠が見当たらない。それどころかドアが僅かにスライドしており、その隙間から女の話し声が聞こえる。
「騒がしいな――また忍び込んだか」
彼女たちは一時期備蓄に手を出すのをやめたが、月日と共に考えが変わるのが人の常だ。しばらくすると、備蓄をちょろまかす奴が出始めた。連中もやはり女なのか、備蓄の中でも等分配できない珍しい服や、アクセサリなどに手をかけ始めたのだ。
まぁ数日もすれば我慢できなくなって、見せびらかすことで尻尾を出すのだが。
連中は大抵、俺が狩りに出ていく時間に侵入し、物をかすめていく。
今回もそうに違いない。
俺は勢いよくドアを開けた。
「何をしている!」
ドアが枠にブチ当たる激しい音と、俺の大声に驚いて、侵入者が飛び上がった。
だが俺も飛び上がらんばかりに驚いた。
室内はかつての面影が無いほど改造されていた。
以前は大部屋に棚が設置され、備蓄が所狭しと陳列されていた。埃っぽく、扉を開ける度に粉塵がライトに照らされ、冷えた空気が蔓延していたものだ。
しかし今では棚が全て撤去され、代わりに土を敷き詰めたプランターが、所狭しと並べられている。その上にはまるで蛍光灯の様にチューブが吊るされていて、半分が光を発し、残りの半分が水を噴出していた。さらに部屋は外と違って暖かく、少し蒸しているぐらいだった。
この施設に見覚えがあるぞ。
「バイオ……プラント……?」
規模がはるかに小さく、ちゃちな造形だが、良く似ている。
そっとプランターに近づき、芽吹く植物に手を伸ばした。それは肉を挟むのによく使っている、レタスに似た丸い野菜だ。自生しているものに比べると、とても小さく色も悪い。だがいくら外で育てても枯れてしまったものが、ここで元気に育っている。辺りの土を見渡すと、他にもたくさんの植物が芽を出していた。
信じられん。いったいどうやったんだ?
部屋にいたのはアカシアとマリアだ。彼女たちは泥で汚れた白の作業服を、緊張で握りしめながらびくびくと俺の様子を窺っていた。
やがてアカシアがプランターから水がこぼれるのに気付いて、マリアの服の裾を引っぱった。
「あ……マリア。水止めなきゃ……」
途端にマリアが、掴まれた服の裾を振り払った。
「え! やめてよ! 共犯みたいじゃん! これアンタの単独犯行でしょ! 巻き込まないでよ!」
冷たくあしらわれて、アカシアが不安そうに内股をすり合わせ始める。
「えっ……マリア手伝ってくれるって……言ってくれたじゃない……」
マリアは目を剥くと、俺に縋りついてきた。
「お……おど……脅されたのよ! ナガセ! アカシアにこの前備蓄から靴を盗んだことばらすぞって脅されてるのよ!」
「私……そんなの初めて聞いたけど……」
自分からばらしていくのか。俺は苦笑しながら二人をなだめると、部屋中に首を巡らせた。
「随分思い切ったな……ここまでやらかすと怒る気も失せる……」
マリアが肘でアカシアの小腹を突いた。
「主犯。何かいう事あるでしょ」
「え……私主犯なの……? ナガセ……?」
アカシアが表情を凍り付かせながら、俺に伺いを立てる。はっきり言って気分屋のマリアにこんな根気のいる作業は無理だろう。それにマリアの作業着はそんなに汚れていない。比べてアカシアの作業着は泥まみれで、長い労働のせいで汗の染みが浮いてヨレヨレになっていた。
アカシアが頑張ったのだろう。俺は頷いた。
途端、アカシアは目に涙を溢れさせながら喚きだした。
「主犯じゃないよぉぉぉぉぉぉ! やめてよぉぉぉぉぉぉ! そんなことになったらナガセに怒られちゃうでしょぉぉぉぉぉぉ!? ちゃんと許可取ったよぉぉぉぉぉ! ほらほらほらほら! サクラに作ってもらったんだよぉぉぉぉぉぉ!」
アカシアは懐から一枚の紙きれを取り出し、俺に見せて来た。どうやら申請書のようだ。だが悲しいかな。
「アッー!」
紙きれはアカシアの汗でふやけていて、クシャクシャになって文字が読めなくなっていた。アカシアは嗚咽を漏らしながら必死になって紙を伸ばそうとするが、紙はあっさりと破けて、彼女の手元にはゴミしか残らなかった。
「ふぇっ!? ふぇぇぇ! そんな……ナガセに怒られちゃうでしょぉぉぉ!?」
アカシアがわんわんと泣き始め、あまりの痛々しさに俺の隣でマリアが引いていた。
「ナガセ……反省しているようだし……電撃一発で許してあげればいいんじゃないかな……」
「もとより罰するつもりはないんだがな……」
サクラが書類を作ったのなら、俺が目を通し許可を下したのだろう。自分に全く覚えはないが、サクラが俺の許可を求めず勝手をすることはないし、アカシアが不正をすることも考えられない。
ここ最近切羽詰まっていたので、忘れたに違いない。顎に手を当てて記憶を漁ると、ハタとある事が思い当たった。
「そう言えば、ドームポリスの中で植物を育てたいとかいうあれか?」
「それだよぉぉぉぉぉ! それそれぇぇぇぇっぇっぇぇ! 成果が出たから大部屋回してもらえたんだよぉぉっぉぉっぉぉ!」
余程俺が怖いらしい。冤罪を主張するように、アカシアが物凄い勢いで首を縦に振った。
「すまん。とにかく何もしないから、これでも食って落ち着くんだ」
弁当箱から海藻の干したものを取り出すと、ぐずるアカシアに渡した。アカシアは気を静めるように、海藻に激しくむしゃぶりつく。マリアにも一つ与えて、俺も肉の干し物を口に放り込んだ。
アカシアが落ち着くまでの間、ゆったりとバイオプラントを観察するか。プランターには俺が採集し、可食テストをパスした植物が栽培されている。その上には水と光を供給するチューブがあり、元を辿っていくと二つに枝分かれして片方が蛇口に、もう片方が照明用の光ファイバーに繋がっていた。
光ファイバーは新設された配電盤まで伸びており、他の配線と一緒に壁の中に潜り込んでいた。
「これはどこに繋がっている?」
「屋上のソーラーパネルだよぉぉ……そこに光の取り込み口をつくってぇぇ……太陽の光を流用しているんだよぉぉ……電気の光じゃぁぁ……元気にならないからぁぁ」
全く驚くことに欠かないな。配線を敷いただと? とてもアカシアに出来るとは思えない。それに配線をよく見ると、適切な部品を使ってキッチリ固定してあるし、他の配線に傷一つつけていない。手慣れているというか、熟練しているというか、とにかく正確な仕事だ。
一瞬サクラの顔を思い浮かべたが、彼女はここまで思い切りが良くない。他の誰かだ。
「お前がやったのか?」
「違うけどいわないよぉぉ……」
アカシアが震えながら首を振った。どうやら俺がお仕置きすると思って、仲間をかばっているらしい。
「お前とは大違いだな」
俺がマリアの肩を軽く叩くと、彼女は罰が悪そうに唇を尖らせた。
「アカシア。別に怒らん。俺が嘘をついたことがあるか? そいつにも怒らないから頼む」
アカシアは目を瞬かせて、上目づかいで俺を見つめた。彼女は過去を思い返すようにちらりと左上を見たが、すぐに俺を見直して口を開いた。
「リリィだよぉぉ……身体が小さいし手先が器用でぇぇ……どこにでも入って作業できるのぉぉ……この前も水漏れ直してたぁぁ……銃も組み立てるの上手だしぃぃ……私いつも掃除をしてもらってるぅぅ……」
意外だな。だが確かに手先は器用だった。暇があれば、アサルトライフルを組み立てているようだし、機械が好きなのかもしれない。後で顔を見に行こう。
ひとまず俺はアカシアの額を、優しく指で弾いた。
「銃の掃除は自分でしろ。自分の命がかかっているんだからな」
アカシアは「あうう」と呻いて、額を押さえて蹲った。
「だが良く芽吹いたな。外でどれだけ手を尽くしても駄目だったのに。どうやったんだ?」
俺の問いに、マリアが胸を張る。
「あれね、多分潮風のせいで枯れたんだよ。海の水を植物にやると枯れちゃうからサ。私たちだって海水を飲むと吐いちゃうでしょ。だから部屋の中で育ててみたら、大当たりってね」
そして高々に哄笑を上げる。アカシアは納得がいかないように、額を押さえたままマリアを潤んだ眼で見た。
「それに気付いたの、私なんだけどな……」
「細かい事気にしちゃ駄目」
「細かいかなぁ……」
アカシアはぶつぶついいながら、プランターに生えた雑草をむしり始めた。
俺も手伝おうとアカシアの隣に並んだが、ここには備蓄を探しにきたんじゃなかったか? ここがバイオプラントになったんなら、備蓄は一体どこに消えちまったんだろう。
確かサクラが目的の物を探すのが大変だから、種類ごとに分けて保管する許可が欲しいとか言っていた。許可を出したっきり成果を聞いていない。サクラは報告を怠ったりしない。ということは俺が確認を怠ったのだ。思い当たるフシはいくらでもある。
「なあ。備蓄はどこに移したか知らないか?」
「えっ? ナガセが管理してるんでしょ? 私知らないよ」
マリアが雑草と野菜の芽を、一緒くたに引き抜きながら俺を振り返る。すぐにアカシアが小さな悲鳴を上げて、雑草の中から野菜の芽を抜き出すと、丁寧に土に埋め直した。
「移転先を失念してな。おい。手伝うならもっと気を使ってやれ」
マリアはアカシアに笑いかけながら、言葉だけの謝罪をする。そして今度はいくらか慎重に雑草をつまんだ。
「サクラに聞いたら? やったのサクラだし」
「それもそうだな……」
俺は頷くと、大部屋を後にした。
「あ~それと。廊下にこぼした土くれ、掃除はしておいてくれ」
俺は去り際にそれだけはきちんと伝えておいた。
「だってさ。主犯」
「あうう~」
アカシアの悲鳴が耳に残った。
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