第27話

 俺は倉庫で歩兵用の武器を漁ることにした。

 内陸部にはまだ動物の群れが残っている。それを狩るのはさほど面倒ではないだろう。しかし女たち全員を生かすにはとにかくたくさん狩る必要がある。


「威力が高すぎるとミンチになって食えたもんじゃない。かといって威力が低いと、仕留め切れなくなる」

 仕方ない。少しえぐいがアサルトライフルで蜂の巣にするか。これなら掃射するだけで、獣の群れを打ち倒すことが出来るだろう。

「猟銃と違って、酷く獲物を苦しめることになるがな……」


 俺は六.五ミリのアサルトライフルを取り出すと肩に担ぐ。そして倉庫の作業台で、整備を始めた。

 黙々と部品を掃除しながら、狩りの計画を立てる。人攻機でオストリッチを輸送しつつ、捜索を行い、群れに強襲をかけるか。大人だの子供など選り好みはしてられない。とにかく手当たり次第だ。


 まてよ。

 俺の手がピクリと震えて、銃の部品が滑り落ちた。それは組み立て中のアサルトライフルに当たり、虚しい金属音を立てた。

 滑稽だ。女たちにさせまいとした虐殺を、俺がする羽目になるとは。まぁ彼女らと信頼関係を築けなかった、俺の自業自得だ。


 アサルトライフルを整備し終えると、ライフスキンの上にタクティカルベストを纏った。そこに替えの弾倉を差し込み、ナイフと双眼鏡も携帯する。腰にも手榴弾をいくつかぶら下げ、拾ったモーゼルに弾を装填した。十分も立たない内に、俺は完全武装を済ませた。


 この格好はほっとする。戦時と変わらないからだ。何故戦時と変わらないとほっとするのか。それは俺も、戦時と変わらないからだろう。


 寒風が吹きこむ倉庫内を、駐機所に向かって歩く。俺は五月雨の搭乗口に回り、中に入ろうとして唇を食んだ。

 搭乗口には女の股があった。誰かが乗っているらしい。その脚は俺の焦燥を余所に、まるで楽しむように空をかいでいる。

 人が必死になっているというのに……こめかみに青筋が浮く。俺は駐機所の鉄枠をノックして、中の人物の注意を引いた。


「誰だかは知らんが降りろ。これから狩りに行く。邪魔だ」

 するとコクピットからプロテアが顔が覗かせた。彼女は俺を見ると、悪びれる様子も無く手招きした。

「たまには連れてけよ。それにお前サクラしか、人功機に乗せた事ねぇだろ。俺も乗せてくれよ」


 冗談じゃない。虐殺するところを見せられるか。

「プロテア……降りろ」

 視線を伏せて、口だけで命令する。

「いやだね。しかしえれぇ格好だな。そんなに弾持ってどうするんだよ? 化け物でも狩りに行くのか?」

「降りろ!」

 俺は叫ぶと、プロテアの襟首を掴もうと手を伸ばした。すぐにプロテアが顔を引っ込める。俺の手は空を薙いで、彼女の太腿を掴んだ。


「いやん」

 わざとらしい喘ぎ声だが、それでも俺は怯んでしまう。

 再びプロテアが顔を出し、にやにや笑いを浮かべた。

「おうコラいつもは必要以上に体に触らねぇくせに、今日はべたべた触るじゃねぇか~」

「貴様をどかす必要がある! アイアンワンド!」

 プロテアはすぐに顔を引っ込めて、挑発するように足を振った。

「お~っと今ライフスキンをつけてねぇから電撃は効かねぇぜ」


 これ以上の……無礼は……容赦せん。

「俺を……本気に……させるな……」

 俺は怒気を身体中から溢れさせ、素早くプロテアの足首を引っ掴んだ。

「いぎゃっ……」

 その力強さ、粗暴さに、プロテアが珍しく悲鳴を上げる。だが俺は止めなかった。止められなかった。久々に振るえる暴力に、口元には笑みすら浮かべちまった。


 俺はプロテアをコクピットから引きずり出すと、首根っこを掴んで目の前につるし上げた。

 あ——やっちまった。

 後悔も遅く、俺の目の前にはプロテアの怯えた顔があった。

 さらにカランと、床に何かが転がった。

 反射的に、視線で音の元を追う。そこには俺が外に出る時に使っている、弁当箱が転がっている。床に落ちた衝撃で蓋は開き、中からいろんな干物がこぼれ落ちていた。

 それはプロテアが、いつも仕事の合間につまんでいる食べ物だった。

 彼女が自分で食うだけなら、俺の弁当箱に詰める必要はない。つまり――俺に用意してくれたのだろう。


 彼女の気持ちを踏みにじる行為に、罪悪感が胸で膨れ上がった。

 だが俺は進まなければ。進んで果たさなければ、彼女たちが死ぬのだ。

 俺はピコの死を目の当たりにした女たちの様に、弁当箱から視線を離せずにいた。彼女たちに何もできない、罪悪感に押し潰されそうだった。


 プロテアの行為はとても嬉しい。だがそれに構っている暇はない。しかしその俺の対応が、彼女の心を傷つけた。じゃあ他にどうしろと。俺にはすることがある。それでもだ。彼女の美しい心遣いを壊したくない。

 心が負のスパイラルに飲み込まれていく。俺なんかいなかった方がいいのかもしれない。

 レッド・ドラゴンにいわれた通りだ。彼女たちなど見捨てて、一人で彷徨った方が、双方の為だった。誰も、なにも傷つかずに済んだ。

 もう後の祭りだ。


「プロテア……すまん。お前の気使いを踏みにじるつもりはなかった……だが邪魔しないでくれ」

 俺は弁当箱を見つめたままプロテアを脇に押しのけたが、彼女は緊張に震えながらも踏みとどまった。そして俺の顔を恐る恐ると言った様子で覗き込んできた。

「どうした? 最近怖いぞ」

「もとからだろう」

 素っ気ない返事だけをする。プロテアは仕置きを予想していたのだろう。俺の返事と共に身体を強張らせて、じっと身構えた。だが何もないと、いつもの調子を取り戻して、俺にやるせない笑みを向けた。


「昔はもっとおおらかだっただろ。でも……今は怖ェ……気に食わない事したら、殺されるんじゃないかって、ビクビクしている。他の連中もそうだ。ピコみたいに殺されるってな」

「俺が意味無く殺したとでも――! そ……う……だな……」

 俺は喚いた口を、すぐに自分の手で押さえた。俺は信頼されていない。今までは俺が誠実な人間だというイメージを押し付けていたに過ぎない。そう接するよう強要していたに過ぎない。だから冬眠することの同意を得られなかった。

 しかし他にどうしろと。俺はこのやり方しか知らない。


「ナガセ……なァ……疲れたろ……しばらく休めよ。それが無理なら……せめて連れてけよ……手伝うからさ。今のお前は見てられねぇ。だから何かしたいんだよ」

 柔らかい感触が頭を包んだ。プロテアが俺を抱きしめて、頭を胸に押し付けたのだ。俺の鼻孔いっぱいに、安物の煙草の匂いが広がった。

 幻覚だってわかっている。それでも全身の血が沸騰し、俺は酷く動転した。


 乱暴にプロテアを振り払うと、彼女はムスッとして拗ねた。

「それが悪ィんだよバァカ。大人しく甘えればいいんだ」

「俺は……女は苦手なんだよ……」

「好き嫌いするんじゃねぇ。ホレ。もう一度」

 プロテアはまるで悪ガキをあやすように俺の頭を抱きかかえ、頭をくしゃくしゃにして撫でた。今度はされるがままにする。プロテアは自分の胸に俺の頭を押し付けつつ、背中をそっと撫で始めた。


「なァ。お前が焦ったり、急いだりするのには理由があるのは分かるよ。でもな、もう少し俺らも気にしてくれよ……心配なんだよ。俺らとも話さねぇ。独り必死で何してんのか分かんねぇし、何を隠しているのかもわからねぇ……俺らのいない外で何をしているかも知らねぇ」

 プロテアは優しく俺の耳元で囁きながら、俺を撫で続けた。

 少し、煙草の匂いが薄れた。代わりに、プロテアの匂いが鼻をついた。草木の良い匂い、ユートピアの風の匂い。それが俺の過去を薄めて、苦悩を和らげてくれる。


「俺はな、ナガセが俺らの為に、仕事をしてくれていると信じているよ。ピコを殺すような、辛い仕事をな。でもな、俺の気持ちの分だけ信じてくれないと、信じている分だけ……不安になるよ」

 不思議と、気持ちが落ち着いてきた。身体から無駄な力みが消え、タクティカルベストの重みがうっとおしくなった。そして抱かれることの安堵より、男女の羞恥心が勝りだすと、俺はやんわりと身体を離した。

「もう大丈夫だ……」


 プロテアは少し不満そうに唇を尖らせた。

「何があった? 他の仲間を探しに行ったんだろ? いたのか? ジンルイ」

 既に虐殺されたと、いっていいものか。俺はこの事実を彼女たちは知らなくてもいいと思っている。知ったところで彼女はどうすることもできない。不安を煽るだけだ。しかしそれも俺のエゴなのだ。それに、信じてくれと訴えられて、その期待を無視するわけにもいくまい。


「他の人類を見つけた。だが皆、殺されていた」

「化け物か?」

 俺は無言で頷いた。

「そうか……でもお前連中より強いだろ。生きて帰ってきたしな。それに俺だって捨てたもんじゃない。俺らでやっつけてやればいいじゃねぇか」

「問題はそれだけではない。もうすぐ冬が来る……食料が取れなくなり、気温はどんどん下がるそうだ。なのに……冬を越す方法が無い。俺の責任だ」


 心中で焦りと恐れが息を吹き返し、声が微かに震えた。プロテアはその微妙な変化に気付いて柳眉を下げる。しかしすぐに、いつものカラッとした笑みを浮かべた。

「だから冬眠するってぇか。お前冬は初めてか?」

 俺は戸惑いつつも、もう一度頷く。プロテアは俺の背中を強く叩いた。

「力抜けよ。意外と何とかなるかも知れねぇぞ。俺達だってナガセが狩りしてる間、ぼっとしていたわけじゃないんだ。それなりに出来ることをやってるんだよ」


 本当か? ちょっと前は幼稚な性格で、物資の取り合いをしていたお前たちがか? にわかには信じられん話だな。

 どっちにしろ、今日はもう虐殺をする気分ではなくなってしまった。こんなコンディションで探索にでたら、不覚をとるかもしれん。


 俺は軽く息を吐くと、転がっている弁当箱に干物を詰め直して、プロテアの手に預けた。

 俺自身もタクティカルベルトを外すと、備品をしまうために重い足取りをコンテナに向けた。

「行かねェのか?」

「今日はな。お前の言う通り、休養を取るよ。お前もいつまでもここにいるな。風をひくぞ」


 プロテアは急いで走りだし、俺の正面に回ると弁当箱を押し付けて来た。

「やるよ。そのために取っといたモンだしな」

 彼女は去り際に弁当箱を開けると、そこから尻尾の干し物を取り出して口に咥える。そして俺に手を振りながらドームポリスに引き返していった。


 弁当箱を覗き込むと、草や肉、虫の干物があれこれと詰め込まれている。俺は丸い肉の干物を取り出して、口の中に放り込んだ。噛めば噛むほど味が滲んでくる。これは腹が膨れるな。かといって食料の足しにはならない。所詮、嗜好品だ。

 そこで思いっきり自分の頬を殴りつけた。

「いかん。悪い癖だ。せっかくの好意を、好意として受け取らなければ。うん。ウマい」


 俺は乾草をしゃぶりながら、ふと思った。

「あいつ……これをどこで仕入れたんだ……? それに燻製小屋は使ってないぞ」

 俺がいない間、いろいろやっていると言っていたな。今まで気にした事も無かったが、彼女たちが平素何をしているか知らない。物資は厳しく管理しているため、馬鹿な真似はしないだろうが、少し不安にもなってきた。

 俺は全ての装備品をコンテナに戻す。そして部屋に行こうと思っていたが、それを止め、適当にドームポリスを散策することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る