第24話 激走-3

 俺は保管庫へとカットラスを乗り入れ、辺りを注意深く観察した。

 整然と目の前に並ぶのは、人功機を寝かせて保管するタイプのベッド式駐機所だ。

「ユートピア計画に参加したドームポリスみたいだ……同田貫が安置してある……」

 ベッドは四段式で、他にもダガァやカットラスなどの躯体がちらほらうかがえる。駐機所は三列で五幅あり、保管可能な人功機数は計六十躯。


「流石はアメリカ様か……」

 かなり慌てて出撃したみたいだな。ベッドは半数以上が空になっていて、人攻機は外部の許可を得ずに動いたのか、無理やり動かした証拠に枠が歪んでしまっている。

 俺はカットラスを歩ませて、駐機所の隣にあるコンテナを通り過ぎる。そこには恐らくミサイルや爆弾、人攻機のオプションが保管されていることだろう。さらに奥にはロッカーや、歩兵用の装備、キャリアが並べられていた。


 第一ユートピア市民発見。俺はアサルトライフルを片手に躯体から降りると、ロッカーへと歩み寄った。

 そこにはロッカーに背を預けて、項垂れる死体があった。

「死後数ヶ月は立っているな……」

 まるで腐ったバナナだな。死体は半端にしおれており、一部の肉が腐って異臭の原因となっている。死体周辺の床には体液の染みができており、乾いて端がめくれ上がっていた。

 彼は手に拳銃を握っており、寄り掛かるロッカーには血の花が咲いていた。


「自殺……か」

 俺はそっと死体のチョーカーに手を伸ばした。こいつには装着者の個人情報と、死亡前一時間の記録が収められている。何があったか知る手掛かりになるはずだ。

 俺のチョーカーには汚染世界における三級特佐の身分がある。ユートピア計画に参加した兵士の特別な階級で、一般人のチョーカーはもちろん、佐官までなら応答してくれる。


 しかし死体のチョーカーは交信した瞬間、黄色い明滅を繰り返して沈黙した。これはプロトコルが違うため、情報を消去した証だ。

『ナガセも! ナガセも!』

 狼狽える俺の耳に、幼稚なサクラのはしゃぐ声がフラッシュバックした。

「しまった……! そう言えば外していた」

 傷を隠す事に集中して、すっかり忘れていた。チョーカーは外すと情報がリセットされるので、俺の登録データは消去済みだ。


 参ったな。緊張で乾き始めた唇を、舌で舐めた。

「孤立したな……」

 他に何か手が無いか。ふと辺りを見渡すと、近くに歩兵用装備があると思しき、ロッカーが並んでいた。俺が持っているのはアサルトライフルだけだ。もっと銃器が欲しい。


 小走りでロッカーに駆け寄ると――酷いもんだな。人間の死体の山がお出迎えときた。

 床にうつ伏せになるもの、ロッカーに寄りかかるもの、蹲るもの。死体はほとんどが白骨化して、床には血をぶちまけた赤い染みが広がっていた。その隙間を埋めるように骨片と空薬莢が散乱し、中央にはまるで祭壇の様にキャンプキットが展開されている。

「肉を焼いて、骨の髄を啜った痕跡があるな……バナナ野郎が仲間を食って生きていたようだが、耐えられなかったか」

 

 バナナ野郎が腐りかけだったので、少なくとも奴は一週間前は生きていた可能性が高いな。このドームポリスを探せば、ひょっとしたら生存者がいるかもしれん。

「しかし参ったな……この様子だと保管庫の外にはうじゃうじゃいるな」

 とにかく保管庫内は安全のようだ。いくらか落ち着きを取り戻すと、死体に混じって落ちている銃器を拾い上げた。

 とても古い拳銃で、銃把が小さく、弾倉が引き金の前にある。確かモーゼルだったか? 俺の親父が愛用していたな。持ちやすく、重心が前方にあるため狙いを定めやすいそうだ。おまけに認証機器が付属していないので、登録ナシで扱える。

 他にも古めかしいレバーアクション式のショットガンが一丁、地面に放り出されていた。


 どうやら近くに古い銃器をまとめたロッカーがあるらしいな。視線を走らせていくと、列の隅にあるロッカーが半開きになっている。近寄ってみると、ロッカーのカギには血の付いた指で何度も引っ掻いた跡が残っていて、ドアが無理やりこじ開けられていた。


 中には骨董品と思しき、旧世代の武器が収められている。いわゆる認証機器のない銃だ。こういう代物は暴動を嫌う政府により、士官以外の携行が禁じられていた。

「使えそうなものは……クソ……ほとんど錆びてやがる」

 改めて拾った銃器を見直すと、モーゼルは綺麗なものだったが、ショットガンは血錆びが浮き、木のストックが湿気で歪んでいた。

 ショットガンの暴発が怖いな。もっとマシなものが無いか、ロッカーの中を漁った。


 結局ロッカーの中に、まともな銃は一丁も無かった。どれもが傷み、歪み、汚れていた。しかし同じ種類の銃をばらして、パーツを寄せ集めることで、レバーアクションショットガンを一丁調達できた。弾は二〇ゲージの散弾しかなかったが、ある方法でスラグ化することは出来る。


 俺は実包の下部にある、プラスチック梱包と金属製のヘッドの間に、斜めの切れ込みをいくつか入れた。こうすると弾は実包ごと発射される。それをショットガンに装填し、武器ロッカーのカギめがけて引き金を絞った。

 銃声と共にカギに大穴が空き、貫通した弾が地面を擦る音がした。それは散弾による小さな穴の群れではなく、実包と同じ大きさの一つの穴だった。

 ロッカーを開けて保管されていた認証機器付きのアサルトライフルを取り出すと、引き金を絞ってみる。だがロックがかかっていてピクリともしない。こいつが使えたらぐっと楽になったんだがな。


 武器は持ち込んだアサルトライフルと九ミリ拳銃。そして古いショットガンだけだ。モーゼルはおまけ程度に考えておこう。

「ドームポリスの中を駆け巡るんだ。カットラスでは入れん。別の足がいるな……」

 キャリアが保管されている区画に向かい、物色を始める。そこには女たちのドームポリスで見たキャリアや、電気駆動の単車、運搬用の自律式多脚機などがある。

 俺はその中から黒い卵の様な塊を、カットラスの元に引きずっていった。卵の下部にはローラーがついていて、さほどの労力を必要とせず運搬できた。


 カットラスのバッテリーからプラグを伸ばし、卵から飛び出た端子につなげる。そして端子の下にあるスイッチを押した。

 卵から足が飛び出して二脚で立ち上がり、殻が翼となって広げられた。卵は頭のないダチョウの模型となり、俺の前で二、三度足踏んでバランスを取った。


 多目的歩行機、MUR(Multiple Ugly Runner)‐29。通称オストリッチだ。

 汚染世界でバイクの代わりに斥候に使われた乗り物だ。最高時速八十キロ。滑空による飛行の他に、翼をフロート化しての水上航行も可能である。翼の下のハードポイントに機関銃を装備すれば、騎兵としての運用も可能だ。

 俺も何度かこいつを駆って、敵の基地に侵攻したことがある。これならば縦横無尽にドームポリスを駆けることが出来るだろう。


 オストリッチの充電が終わるまでの間、回収した弾丸を選り分ける作業に入った。錆弾を脇に投げながら思案に暮れる。

「一階には倉庫があり、その上にこの保管庫がある。さらに上には居住区や、バイオプラント、そして冬眠施設があるだろうな。問題はそれがどういう配置かわからんことだな」

 だがもし冬眠から目覚めた連中が、避難通路を使っていれば、逃げ遅れた者の死体が残っているはずだ。生き残った者はその付近の部屋に逃げ込んでいる可能性が高い。

「救援信号を出しながら、死体のある方に走るか……」

 ショットガンに弾を込めて、ガシャリとレバーアクションをした。

 残念だがカットラスはここに置いていく他ない。今エレベーターから降りれば袋の鼠だ。


 オストリッチが充電完了を知らせて羽ばたいた。

 時間だ。俺はカットラスから保護シートを外して、俺とオストリッチにマントのように羽織らせた。そしてカットラスの推進剤をオストリッチに移し、翼下のハードポイントにアサルトライフルを取り付ける。


 俺はオストリッチに跨ると、右手にショットガン、左に手綱を握り、ゆっくりと倉庫の出入り口へと歩いて行った。

 そっと、ドアに耳を当ててみた。向こう側から風鳴りの音に混じって、化け物の呻き声が聞こえる。

 ぞくぞくするな。深呼吸を繰り返して、気持ちを落ち着ける。覚悟が決まると、開閉ボタンをショットガンの先端で押した。

 こういったドアは、開けるのに認証がいるが、出るのには必要ない。


 ドアが横にスライドし、生臭い風と共に、人間の骨片が保管庫に転がり込んだ。締め出された連中の残りカスだろう。俺はドアがちゃんと閉まるように、骨をオストリッチの脚で、保管庫の外に蹴り出した。

 背後でドアが閉まる音がすると、鐙をアクセルのように踏んで、人間の残骸が散らばる方へとオストリッチを疾駆させた。


「ちぃ……頭が痛い」

 悪臭が鼻をつき、吸った空気はいがらっぽくてむせそうだ。廊下のあちこちには骨の欠片が転がっていて、一部には血の跡が目立った。そこで食われたのだろう。

 廊下は延々と真っ直ぐに続いていたが、不意に直進と右折の二手に分かれた。廊下の壁には案内表示が直接ペイントされているが、汚れのせいでよく見えない。


 スピードを落として汚れを拭おうとするが、廊下の曲がり角からジンチクが二匹飛び出してきた。一匹にショットガンを向けて引き金を絞る。残りの一匹は踏み越えることで逃れた。結局案内表示を見るのを諦め、汚れの酷い直進廊下を走り続けた。


 オストリッチの胸元で、防護シートが煙を噴き上げる。返り血がかかっちまった。

「もってくれよ……」

 懇願しながら、よりスピードを上げる。そして踏み越えたジンチクを振り払った。


 前方にジンチクの群れを確認。三匹が交互に飛び跳ねながら、こちらに向かって来る。俺は手綱を操作した。

 オストリッチが翼を広げ、翼下のアサルトライフルが火を吹いた。先頭のジンチクが蜂の巣になって倒れる。しかし致命傷ではない。左手で拳銃を抜いて乱射する。ようやく先頭の一匹が仰向けにひっくり返って息絶えた。

 後続のジンチクが死体を踏み越え、俺に飛びかかってくる。すかさずショットガンで迎撃し、同時にマントをマタドールのように目の前で翻した。


 ジンチクの呻き声と共に、マントが白煙を上げつつまだらの穴を空ける。マントを突っ切るようにして、恐らく三匹目が飛びついてくる。装弾の余裕はない。

 俺はジンチクが突っ込んで、盛り上がったマントを素手でつかむと、泳ぐようにかき分けた。


 マントに包まったまま、ジンチクは背後に転がっていく。

 むやみに障るもんじゃないな。ジンチクに触れた手の平から煙が上がり、鈍痛が走った。ちらりと視線をやると、ライフスキンを溶かし皮膚が崩れ、赤い肉が剥き出しになっている。

 このままだとぐずぐずに溶かされちまうな。オストリッチのマントを剥いで、自分に羽織った。


 再び右折路が現れる。その右折路から血を引きずった跡が始まっていたので、俺はオストリッチを曲がらせた。

 すると大広間に出た。突き当りには大型のエレベーターが三つあるのだが、物資のやり取りを想定してか、人間がゆうに百人は入れそうな大きさをしている。エレベーターボックスはどれもが開いており、天井から血と排泄物が滴って、広間を浸しているのだった。

 上階で想像すらしたくない、何かが起こっているようなのだが――。


 俺は広場の中央を凝視する。それは真っ先に目に入ったが、あまりの醜悪さに無視してしまった。眼を反らし、カウンターやエレベーターを見てしまうほど、おぞましいものがそこにいた。


 水でふやけたピザに、足を生やしたような生物だ。全高は三メートル。幅は六メートルほど。その生物は対角線上に四本の人間の足を持ち、脂肪でたるんだ身体を支えている。身体のいたるところには潰れた眼窩と、汁を吹く割れ目があった。

 眼窩は瞠目するように、眼玉を肉の隙間から押し出して俺を見つめている。そして割れ目からは、呼吸するような風を吹き付けつつ、糞と尿らしき液と、肉の欠片を吐き出していた。

 身体の上にはぼさぼさの毛が無茶苦茶に生えているんだが、それは奴が身震いをする度に根元から抜けて、室内の絨毯と化していた。


 山姥(ヤマンバ)。脳裏にそのような単語が想起された。


 ヤマンバは俺の方に一歩、踏み出して来た。酷くのろく、重々しい一歩だ。こいつの骨格がどうなっているのかは分からない。しかしヤマンバは自重に耐え切れないのか、動く度に筋肉と骨が軋む音を立てた。


 様子見にショットガンでヤマンバの足を撃った。するとあっけなく地面に崩れ落ちて、のそのそともがくだけになった。殺すにはショットシェルが一ダースあっても足りないだろう。脚を潰したし放置するか。


 他に異形生命体は見当たらない。ヤマンバを避けてエレベーターに入り、上がどうなっているのか見上げた。

 エレベーターの天板はなくなっており、暗くて何がどうなっているのか分からない。ただ風が吹き付けているようだが、それは微かに薬品の匂いがした。

 もしかしたら――領土亡き国家の奴らが、異形生命体を生み出しているのかもしれない。それならばここで叩いておかなければ、彼女たちの生存率が激減する。


「非常用階段から上がって……確かめに行くか」

 視線を落とすと、血で塗りつぶされたエレベーターの壁に、何かが書かれていることに気付いた。ひょっとしてこいつは、ドームポリスの地図なんじゃないか?

 水筒の水をマントにかけて染みを拭うと『SAFE KEEPING AREA』の文字が見えた。保管庫の事だ。


「このドームポリスの全体図だ……希望が出て来たな」

 俺はオストリッチから降りると、水筒の水を使い切って、全ての染みを拭い落した。

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