第23話 激走ー2

 突撃する俺に反応して、寝ていた異形生命体が一斉にこちらを向いた。


 怒りで頭が沸騰している。しかし長年の経験のおかげで、怒りが意欲になり、次々に戦略を吐き出していく。こいつらには共食いの習性がある。そして自らの欲求に率直だ。目の前に死体を転がしてやれば、それに食らいつくだろう。満腹の連中は俺が相手をしてやる。


「ひとまずドームポリス内に突入し、生存者を確認しなければ……」

 目標地点のシャッターは、西へ進む俺に対し、北東を向いていた。つまり俺は九時の方角へ進んでいるが、シャッターは二時の方角を向いている。回り込まないといけない。


 作戦は到って単純だ。解放されたシャッターの入り口と垂直になるように、死体の山を築き上げて防波堤を作る。異形生命体どもが防波堤に阻まれ、その死肉に群がる隙をついて、シャッター正面よりドームポリスに突入する。


 マスターアームオン。ソフト機動。畜生! 対象が群れていて、温度分布から内臓を割り出せない。こう多くては画像認識とクロスさせないと駄目だ。斥候だと手を抜いたのが祟ったか。


 ならば――攻機手榴弾を選択。モニタに手榴弾が描く予想軌跡のガイドラインが表示される。照準をシャッターの前に定めて、中空で発破するように設定し射出した。

 腰のウェポンラックから勢いよく手榴弾が飛び出て、宙に弧を描く。そして空中で炸裂し、下方に鉄片を撒き散らした。


 下方約五十メートルの範囲にいた異形生命体がもんどりうって倒れる。

 死体の防波堤が出来るように、手榴弾の照準を棒状にずらしながら、オートで射出するように設定した。残り二発だ。三発撃てば最低百メートルの防波堤が出来る。


 その合間にMA22を装備し、目の前に迫ってきた敵に向けて乱射した。迫りくる異形生命体たちは被弾してふら付く。しかし弾のほとんどが身体を抜けて貫通し、まるで網戸を通る風のように、俺への突進を続けた。


 だがそう悪い事ばかりではないようだ。矢面に立つ異形生命体の後ろで、マシラが何匹かが絶命して倒れた。弾が貫通するおかげで、一発あたりの手数が増えた。MA22は一マガジンで二千発撃てるが、実質その二倍三倍の効果があるということだ。

 迂回をしながら引き金を絞り続けるうちに、三発の手榴弾の投擲が終わった。   シャッター前には鉄片まみれになった異形生命体が散乱し、死体の防波堤ができあがった。防波堤からは死に損ねたマシラやジンチクが痙攣しながら這い出ようとするが、彼らは死体に群がる仲間たちに踏みつぶされて大地の染みになった。


 俺は飛びかかって来たジンチクをロケット機動で躱しつつ、弧を描いてシャッターへと接近した。

 ついに弾が切れた。MA22からマガジンを排出すると、ライフルを肩で担ぐ給弾動作をする。その動作を感知した肩部のラックが、MA22に最後のマガジンを装填した。


 掃射を再開し、追い縋ろうとするマシラを撃ち倒す。やがて創り上げた防波堤に並走すると、こじ開けられたシャッターからドームポリスの中に突入した。


 通常、ドームポリスには二つの出入り口がある。人が使う正面玄関と、人攻機やキャリアが使う倉庫シャッターだ。このシャッターも多分に漏れず、倉庫へと続いていた。


 まず襲ったのは、赤い回転灯のきらめきだ。倉庫の四隅と主柱に取り付けられた回転灯が作動し、暗い倉庫内を赤の明滅で照らしている。

「エマージェンシーコール……! 応戦したのか!?」

 カットラスのロケット駆動を止めて、倉庫内を走らせる。素早くレーダーを走査させつつ、注意深く見渡した。

 そこら中、異形生命体だらけだ! ジンチクやマシラが蠢き、回転灯の光の中で揺れている。

 倉庫内には駐機所が整然と並んでいるが、そのどれもが空だ。ダガァはあるにはあるが、壁面のコンテナ付近で数躯擱座していた。その周囲には僅かばかりの空薬莢と、防護シートをかぶったままのMA22が放置されている。

「寝起きを襲われたのか……? シャッターを開けたところを、なだれ込まれたとしか考えられん……」


 内部に進出しないと詳しいことはわからん。ここをぶらつくのはあまりにも危険だから、上階へと続くエレベーターシャフトを探してとっとと通り過ぎちまおう。回転灯が作動しているなら、電気は通っている。エレベーターも使えるはずだ。

 普通エレベーターシャフトは、太い主柱を兼ねているか倉庫の最奥にある。俺は倉庫中央まで来ると、躯体を右折させて、主柱を改めることにした。


 今通り過ぎた駐機所に、胆嚢のような気色の悪い肉が詰まっていたんだがまさか。気になってサーモグラフで確認すると、中で五つくらいの熱源が蠢いている。俺は悪寒に震えながら、バックカメラで胆嚢をちらりと見た。

「母体がいるな……こいつらの生みの親が……」

 胆嚢が破けて、中からジンチクが這い出して来る。奴らはおぞましい身体を犬のように震わせ、周囲に粘液を振り撒いた。そして俺の躯体を見つめると、追いかけてきた。


 多勢に無勢。このままではじり貧だ。主柱の一つが近づいたので、ボックスに手をかけて覗き込む。ボックスは高い所から落とされたのか、下部がひしゃげて中には潰れたダガァが蹲っている。

 リニアエレベーターか。ワイヤではなく、電磁気力で上げ下げするエレベーターだ。


 反射的にそのダガァのコクピットを撃つ。理由はコクピット周辺に、ジンチクの溶解液で溶かされた跡があったからだ。案の定、中にはジンチクが何匹か潜んでいたらしく、ダガァはまるで人間のように血を吹いた。ここは駄目だ。

 しかしリニアエレベーターだけしかないということはないはずだ。必ず昔ながらのワイヤ式のエレベーターがあってしかるべきだ。方向を転換して、倉庫の奥へと続く通路を走った。


 後ろからはジンチクの這いずる音が、横からは駐機所一つ分のスペースを置いて、マシラが並走する姿が見える。あまり長居はできない。もし全てがリニアエレベーターなら撤退だ。


 倉庫の最奥に辿り着くと、エレベーターターシャフトと管制室が、交互に並んでいる。管制室は冬眠以降、人の出入りが無いらしく、ドアノブがささっていなかった。これは冬眠から目覚めた人員が、勝手な行動をとらないための措置だ。

 エレベーターシャフトは運搬物が見えるように、金網とガラスが張られている。ボックスも扉は金網製で、中の虚空を見せていた。

 使えるぞ。


 武器から攻機手榴弾を選択。起爆装置をキル。そしてエレベーターの開閉ボタンめがけて射出した。

 手榴弾が弧を描いてシャフト脇の開閉ボタンに飛んでいく。全長三〇センチ。幅十二センチの鉄の塊が開閉ボタンを直撃したかと思うと、間の抜けた開閉音と共にエレベーターの金網が開いた。


 俺はロケットを僅かに吹かし、反転すると背中からボックスに入り込んだ。その際地面に転がっている手榴弾を足でひっかけて、エレベーターシャフトの前まで転がした。

 ジンチクの群れがボックスになだれ込もうとするが、MA22を乱射してそれらを肉片へと変えた。ジンチクの血がかかったな。コンディションパネルが胸部異常を訴えて、そこの装甲を黄色に変えた。


 カットラスの脚で、ボックス内部にある上昇ボタンを蹴る。ブザーと共に金網の扉が閉まる。エレベーターはのろのろと、ボックスを上に持ち上げようとした。

 その時、それまで並走していたマシラがついに追いついた。数は四匹。そいつらは脇からエレベーターシャフトの正面に回ってくると、拳を振り上げて扉ごと中の俺を、殴りつけようとした。


「くたばれ」

 シャフト前に転がした攻機手榴弾を遠隔起爆。手榴弾はカットラスから信号を受けて、発破面をマシラに向けて爆砕した。

 飛びかかって来たマシラ全員に、鉄片の嵐が襲う。マシラは全身ハリネズミの様になりながら、飛びかかる勢いを相殺されて空中に制止した。やがて重力に引かれ、重苦しい響きを立てながら地面に崩れ落ちた。


 汚らしいボケが。ボックスがスムーズに動きだし、どんどん視点が高くなっていく。

 躯体のコクピットを押し上げて、俺はカットラスの首の付け根から顔を出すと、金網越しに倉庫を見渡した。

 突入時はあまり気を配れなかったが、このドームポリスは活動を始めてから数か月を経ているようだな。擱座するダガァの半数はジンチクの巣として愛用されているらしく、大きく広がった穴が目立つ。それに倉庫内全体に、外以上の密度で死体と糞がまき散らされている。


「負けたのか……? いや……しかし……マシラ如きに負けるか……?」

 蒼白の顔を汗が滑っていく。

 人功機を使えば、マシラは良く動く的にすぎん。練度の低い女たちならまだしも、世界の覇権を握っていたアメリカの兵士だぞ? 負けるはずがない。

「女たちの様に記憶が無いはずはない……ダガァが動いているのだから……」

 そしてふと、コンテナ近くで放置されていた、封のされたままのMA22を思い出す。

「きっと経年劣化でドームポリスのどこかに亀裂が生まれ、異形生命体が入り込んだに違いない。逃げようとした人員がシャッターを解放してしまい、そこに異形生命体がなだれ込んだんだ……そうでもなければアメリカが負けるはずがない」

 そうすれば外で擱座したダガァにも説明がつく。逃げたところを襲われたんだ。そのまま居座られ、ここは奴らの営巣と化したのだ。


「まだ立てこもっている人員がいるかも知れん。倉庫で装備を整えてから、中央コントロールに向かえば……」

 俺は攻機手榴弾を取り出すと、遠隔起爆に設定してエレベーターシャフトの出口に向けて置いた。保管庫にも何がいるのか分からない。いつでも蜂の巣にできるようにしなければ。


 目の前に映し出されていた倉庫の情景が、鉄の壁に阻まれた。そして「SK2」と赤ペンキで書かれた鉄扉が現れると、エレベーターボックスは軽く揺れて止まった。

 鉄扉はスムーズに開いて、保管庫の中が見えた。


 身構えたが、保管庫から何かが飛びかかってくる気配はない。俺は手榴弾を足で転がして、先に保管庫の中に入れた。手榴弾が重い響きを立てながら転がる。しかしそれが止まると、辺りから物音はしなくなった。ただエレベーターシャフトの下から、異形生命体の喚く声が、微かに響いてきた。

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