第22話 激走ー1

 内陸探索初日。

 俺はカットラスに搭乗し、倉庫から歩み出ると砂浜へと向かった。砂を踏み、波を蹴って、海に入って行く。やがてカットラスは腰部のフロートで浮き、ゆっくりと船のように進んでいった。


 カットラスに乗るのは試運転を含めこれで三回目だ。しかし同田貫という共通の基礎骨格を使用しているので、MMI(マンマシンインターフェイス)は変わらない。異なる人工筋の挙動と、装甲によって変化した駆動制限にさえ慣れてしまえば、習熟は簡単だった。


 装備は遠出を見越して携行弾数の多いMA22に変えた。開発の完了した内臓予測ソフトと併用することで、ほぼ一回の三点バーストで、マシラを仕留めることが出来るようになった。もうマシラなど恐れるに足らない。


「ナガセ~! いってらっしゃ~い!」「死ぬんじゃねぇぞ~!」「お土産もってきてねぇ~!」

 土塀の見張り台では、寒風の吹きつける中、女たちが俺に手を振って見送っている。

 その面々はプロテア、アイリス、サクラ、ピオニー、そしてサンとデージーだ。アジリアは仏頂面で森の方を警戒しており、俺をちらと一瞥するだけだった。サクラの腕の中にはパギがいる。だが俺にあっかんべ~をしてそっぽを向いた。


 当然といえば当然だが、他の女たちは俺を許さなかった。皆、怯えと怨みがないまぜになった視線で、俺を見つめた後、そそくさと逃げるようにどこかに行ってしまう。サクラがドームポリスの監督をしているのでサボることはないだろうが、あまりいい状況ではない。さっさと探索を済ませて、この子たちを人類に引き渡してしまおう。


 俺は周囲の探索を続けるうちに、大体の地理を把握した。

 ここは大陸の最南端にあたる、半島の砂浜のようだ。内陸に向かうため北上すると、森が行く手を阻んでいるんだが、ここを突っ切るのは無謀だった。何度か探索しているが、森の懐は深く、異形生命体と遭遇する危険も高い。海を迂回する方が賢明だ。


 俺が来た西側は山脈が連なり北へと延びていて、海岸も次第に荒れて切り立った崖になっていた。いずれは崖に切れ目が出来るだろうが、山が近いため内陸へのルートは閉ざされていると考えられる。

 対して東の方はなだらかな海岸が続き、再び砂浜に出れば内陸へと上がれる可能性が高い。


 そこで水陸両用のカットラスの出番だ。東から海を渡って森を迂回し、内陸部を目指すのだ。カッツバルゲルで飛ぶことはできない。汚染環境下での飛翔データしかなく、飛んだ瞬間制御不能に陥るだろう。かつて叢雲がやったように、表面効果とホバーで地面を滑るのがやっとだ。


 カットラスの脚が地面を離れ、完全に海に浮く。脚は舵となり、テイルスクリューが稼働してカットラスを進ませた。そして海を割って、北上を開始する。

「さて……この探索で全て終わるといいが……」

 装備品は肩部のラックにMA22が二丁。背骨のラックには姿勢制御器(スタビライザー)を兼ねた人攻機用の長刀を背負っている。腰のウェポンラックには攻機手榴弾(クラッカー)を六個備えて、サブアームのハンドガンを一丁用意した。主翼のタンクには推進剤も詰めてある。短期間だが、ロケット駆動も可能だ。

 これだけあれば、異形生命体の大軍をいなすことが出来るだろう。


 ドームポリスがどんどん離れていく。東の空から朝日が昇り、海面を反射しながら、黒いカットラスの躯体を照らした。左側の砂浜に次第に岩が増えていき、やがて上に森を乗せた崖へと変わっていく。しばらくすると突き出た崖に遮られて、ドームポリスが見えなくなった。


 俺はきらめく海面をぼんやりと見ながら、彼女たちの事を思った。

 ピコを殺して一週間しか経っていないが、ドームポリスの士気は低下する一方だ。唯一の楽しみである食事に罪悪感を抱くようになったのと、ピコが死んだ喪失感が主な原因だ。それに殺伐とした銃の訓練が加われば、気が滅入るのも致し方ない。

 俺は昔教師をしていたが、どう励ましていいのか分からない。ローズの拒絶がそれをはっきりさせた。


 薄暗いコクピットの中、モニタに軽く頭突きをする。

「教師の時……どうしていたっけ……どうやって接していたっけ……」

 思い出せない。血の霞と、たばこの煙、そして忌避感が、俺の過去を覆い隠す。

 俺も橋を渡って、戻れない様に焼き落とした。確かに覚えているのは煙の匂いと、その時に泣いただろうと言う推測だけだ。


 自覚している。逃げるように、外に探索へ出ていることを。責任を取れと、俺はサクラを叱りつけたが、俺は責任を取り切れていない。

 人類を見つけ出したいのは、俺は責任を彼らに擦り付けたいからなのかもしれない。


「海岸だ……」

 左手の崖がなだらかになり、砂浜になった。その向こうでは森が途切れ、草原が広がっている。草原は枯れて、大地は赤茶色に変色している。まるで汚染環境みたいだな、嫌なことを思い出しちまった。


 足の舵を切って、砂浜から上陸する。

 俺はちょうど森と砂浜の中間となる地点で、カットラスの足裏から集音スパイクを出した。地面に突き立てて、そのまま投棄する。地面に残ったスパイクは、受発信機として使える。

「これでマーキングはよしと……」

 そこで躯体の音響センサーが物音を拾った。何かの大群が草原を駆け巡る音だ。俺はカットラスを伏せさせて、音のする草原中央へ忍ばせた。


「ほう……」

 草原を駆け巡る牛の群れを目にして、感動の声が漏れちまう。茶色い毛並みで、越冬のためか良く肥えている。きっと俺たちのように飢えて、柔らかい草木を探しているのだろうな――いや。違う。

 異形生命体が牛の群れを追い回していやがった。三匹からなるマシラの群れが、牡牛を一匹引き倒すと、一斉に群がって弄び始めた。

 マシラは牡牛の股を広げ、脚を引きちぎる。同様に前脚も引きちぎり、牡牛の口に手を突っ込んで、中を掻き回した。牡牛は悲痛な悲鳴を上げていたが、すぐに身の毛がよだつ、血が泡立つ音になった。


 クソが。胸糞が悪くなるようなものを見せやがって。

「残虐な化け物どもめ。女を狙うのは無抵抗な命を嬲るためか」

 いずれにしろ俺の目的は探索だ。マシラに見つからない内に、そろそろとその場を離れた。


 森の出口にマーキングはした。このまま陸を歩かず、海から北上した方が節電できる。俺は浜辺に戻り、再び海から北を目指した。


 森の出口から約二十キロほど北上する。レーダーの有効範囲が、地平線までの距離である約二十五キロだからだ。その間人口建造物らしき影はナシ。レーダーも静かなものだ。草原は途切れず、延々と荒れた大地を晒している。


 森の出口から二十五キロ地点で、俺は再び接岸し内陸へと上陸した。

 草原に出た所で受発信器を投棄。内陸の状況を把握するため、今度は西へとカットラスを進ませる。西の遥か遠くには山脈が連なり、ひたすら北へと延びていた。その麓には鬱蒼とした森が広がっている。この森はドームポリスを取り囲むあそこから、ここまで延々と続いているのだろう。自分が来た南の方を見ると、地平線の彼方まで、緑は続いていた。


 俺は西へと歩を進め、二十五キロ地点で受発信器を投棄して引き返した。そしてさらに二十五キロ北上した。

 次に海岸で受発信器を投棄したら、内陸部の二十五キロ、五十キロ地点に受発信器を投棄。それで今日の探索を終わりにしよう。上手くいけば人類が、受発信器を通じて通信をくれるかも知れない。


 七十五キロ地点で上陸し、草原を西に歩き始めた。二十五キロ地点で一つ目の受発信機を投棄。五十キロ地点を目指してさらに西へ向かう。

 日の光が東から西に傾き始めたので、昼飯時だな。コクピットのクッションを緩めると、自動操縦に切り替え、ランチボックスから昼食を取り出した。


 中にはビスケットが数枚と、肉を野菜で包んだピオニーの御手製の料理が入っている。俺はそれを頬張りながら、一緒に入っていた折りたたまれた紙を開いた。

『頑張れナガセ。気を付けてね』

 ボールペンで流麗な文字が書かれている。ピオニーからの手紙だ。不思議とそれだけで疲れは吹き飛び、活力が湧いてくるから人間は不思議だな。無人の荒野を歩くことで滅入った気も晴れやかになり、食いなれた料理にも新たな味わいを加えた。


「俺もこういうのが出来ればな……もう性根が腐っている……」

 西へ四十キロ地点。突然カットラスに通信が入った。

 人類か! モニタを確認すると、ドームポリスが発する信号のようだ。噛り付くようにして詳細を確認する。

「ガイドビーコン!? 符号は……アメリカ共和国だ! 近くにドームポリスがある!」


 これで彼女たちは安泰だ。あそこには彼女たちを導くのに、ふさわしい人々がいる。

 彼女たちは何者にも怯えず、本当の人間に囲まれて、人らしく生きられるのだ。

 俺はガイドビーコンの導きに従い、カットラスを疾駆させた。やがて彼方に陽光を反射してきらめく、建造物の先端が見えた。

 どうやらそれは、窪地の中にあるらしい。先端部が草原の上に出ていてよかった。下手したら見逃していた事だろう。


 次第に全容を現しつつある建造物を見つめながら、今まで彼女たちと過ごした日々を思い返していた。

「結局俺のした事と言えば、独りで悩んでピコを殺しただけか……これで肩の荷が下りた……」


 ドームポリスの上半分が見えた。パラソル状に太陽光パネルが展開され、その下にはタワーが伸びている。タワーのあちこちにも、まるで枝のように太陽光パネルが伸びていた。

 ブロック型のドームポリスだ。四角形や長方形などの形があり、かつては機動要塞のコンポーネントとして機能していたものだ。美しい白亜の外壁、陽光を反射する窓ガラスが、人類の英知を誇るように輝いていた。


「後は俺の裁判だけか……出来れば……両方で裁かれたいものだ」

 俺は窪地に面した丘に駆け上がり、そこからドームポリスを見下ろす。

 絶句した。

「何という事だ……」


 盆地の中央に座すドームポリスの麓では、異形生命体の群れがひしめいていた。

 赤。赤。赤。あの胸のムカつく、化け物どもの肌の色の赤で埋め尽くされている。

 ドームポリスの壁は乾いた血で汚れ、吐き気を催す模様を描いていた。マシラやムカデが好き勝手に這い回り、破られたドームポリスのシャッターから出入りしている。彼らは性交するかのように、どちらかが死ぬまで、お互いの身体を激しくぶつけ合っていた。


 総数は把握できない。数百匹、いや、千匹を超えるか? とにかくたくさんだ。

「やられたのか? 陥落しているようにしか見えん……」

 周辺には完全に破壊されたアメリカの人攻機、『ダガァ』の残骸が散らばっている。それ以外、人が活動した気配が全くない。あるのは異形生命体と、その死体と、糞だけだ。


 盆地にはマシラの死体が散乱していて、何匹かの異形生命体が食事の最中だった。今まさに一匹のマシラが、死体から肉を食いちぎったが、内臓から普通の動物のものらしき肉がこぼれ落ちた。

 外に出た異形生命体が飯を食う。そいつがここで死に餌になる。そう言うサイクルでこの群れは成り立っているらしい。そして共食いすれば、こいつらは冬も越せるだろう。


「この……この……腐ったイカれゲノムどもがァァァァァ!」

 俺は肩部のMA22ライフルを展開し、防水の為にMA22に電磁気力で吸着させたシートを外した。肩部でマントのようにシートが靡く。すぐに両手に装備し、俺は窪地に駆け下りて行った。

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