第18話 萌芽ー8

 異形生命体をさっさと始末して、俺は死体の処理を後回しにして躯体から飛び降りた。

 周囲に散乱する巨大な空薬莢を蹴飛ばしながら、前倒しになったカットラスに駆け寄っていく。

 カットラスはぴくりともせずに、人工筋に電気が通う低い音だけが聞こえる。

 おそらく転倒の衝撃で失神したか。下手するとクッションに顔を埋めて窒息する。


 俺はカットラスに群がる女たちを押し退けて、躯体の股間にある非常脱出口に取りついた。パネルを引き剥がし、赤いボタンを叩き潰すように押した。

「離れろ!」

 俺の怒号に驚いて女たちが離れていく。非常脱出口の爆発ボルトが作動して、ハッチを塞ぐ装甲がはじけ飛んだ。


 落ちた装甲の裏に取りつけてあるピックを掴み、コクピット内を満たすクッションに突き刺した。空気が抜けて顔に吹き付けて来るが、無視してサクラの脚を掴むと激しく揺さぶった。

「おい! サクラ! 大丈夫か!」

「あ……う……うん……」


 意識はあるみたいだ! 俺は足を掴んだ手を、サクラの腰に回して、ゆっくりとカットラスから引きずり出した。ぐったりとしたサクラが、人攻機の搭乗に適したライフスキン姿で俺の腕に収まった。


 目立った外傷は……ないみたいだ。無意識に安堵のため息をつきつつも、俺はこのバカタレを睨み付けた。

 サクラは一瞬怯んだものの、すぐに開き直るようにすまし顔をしている。

 なんだその態度は、自分が何をしでかしたか分かっているのか!?


「俺は勝手に学べと言った。だが勝手に触れていいと言ったか?」

 心配と怒りがないまぜになって、おのずと声が震えた。

「ナガセは仰いました。甘えずに自分で考え、自分で責任を取るべきだと。そして自分を見ろと。私はナガセを助けたいです。そんな人間になりたいです。ですから行動しました」

 この横倒しになったカットラスがか!?


「この後始末は誰がする? 邪魔だからすぐにどかさないとな。整備は? 修理はどうする? それに貴様はパギを巻き込みそうだった。自分の目的のためなら、他を犠牲にしてもいいのか!?」

「私が全部やります。責任はちゃんと――」

 俺は思いっきりサクラの横っ面を張った。サクラは膝をついて肩を震わせたが、すぐに俺と向き合い口の端を垂れた血を拭った。

 いまいち理解していないようだ。怒鳴る他ない。


「パギが死んだら責任を取れたのか!? 俺の邪魔をして仲間が殺されても、責任を取れたのか!? お前が修理点検整備をする? 舐めた口を利くなよ小娘が! 貴様のチンタラした作業を待っている間、他に迷惑がかかることを考えなかったのか!?」

 サクラの目が見開かれていき、口元が震えだす。

「自分の責任は取れても、他人や道具までの責任は取れないだろう! いいか! 自分で責任のとれない行動を、横暴というのだ! 他人に責任を押し付け、自分のやりたいことをやる。自分の思い通りにする。なりたい自分の為に、他人を犠牲にする。そこに責任も糞もあるか!」

 サクラが涙目になって俯いたので、俺も怒鳴るのをやめた。


「サクラ。分かるな。ペナルティだ。お前を許すと、馬鹿が勘違いする。『なんだ。すきかってやっても、どなられてすむのか』とな……それで人が死んだら……それは俺の責任だ」

 思えばお前にペナルティを科すのがこれが初めてだな。

 サクラはよほどショックなのか、捨てられた犬みたいな顔をしているが、贔屓することはできない。

 サクラはぼろりと大粒の涙をこぼすと、嗚咽混じりの声を上げた。


「はい……承知しました」

 俺は作業用デバイスに話しかけた。

「アイアンワンド。全ての作業を中断させ、全員をここに呼べ」

『サー。既に命令の事項は果たされております』

 俺は口元を引き締め、鼻で深く息を吐いた。

 擱座したカットラスの周りには、女たちが人の輪を作っていた。その中にはアジリアもいて、複雑そうに俺とサクラを交互に見ている。


「全員……俺の話は聞いていたか?」

 女たちは各々が緊張を和らげる仕草をした。首を掻いたり、生唾を飲んだり、自分の身体を抱きしめたり、目を背けたりした。そして全員が、浅く首肯をした。

「ならわかるな。俺が銃を使わせないのも、車の運転を制限するのも、必要以上に道具に触らせないのも。俺達は独りで生きているんじゃない。皆と協力して生きている。そして皆と同じ命を生きている。俺はお前たちにそれが分かるまで、道具を使わせるつもりはない。責任も取れない馬鹿がこれを動かしてみろ」

 俺はカットラスを蹴飛ばした。


「誰が止める? 俺は『二度と』ごめんだぞ。馬鹿のケツを拭くのはな! 道具は自分の良心と良識でしか止められんのだ!」

 俺の言葉にサクラのきつく瞑った眼から、涙がぼろぼろとこぼれた。

「お前たちが良心と良識を育めないなら、それは外部の良識に頼る他はない。法だ。言ったよな? ルールを破ったらペナルティだと」


 俺は息を吸うと、罰を与えるのに初めてその名を呼んだ。

「アイアンワンド! サクラは暴徒だ! 暴徒鎮圧! レベル3!」

『サー。イエッサー』

 空気が雷電で裂ける音がした。サクラが絶叫し、全身を痙攣させる。口角から唾液が垂れ、指先はピアノを奏でるように滅茶苦茶に振れた。やがて電撃が終わると、サクラはその場に倒れ伏した。

 女たちはびくびくとその様子を見守っていたが、電撃が終わるとほっと胸をなでおろし、サクラに駆け寄ろうとする。

 まだだ。まだ終わっちゃいない。手で女たちを制すると、土の上でもがくサクラを冷たく見下ろした。

「立て。まだペナルティはすんでいないぞ」


 真っ先にサクラを助けようとしたプロテアが、引きつった笑みを浮かべた。

「ナガセ……冗談だよな……俺が食べ物パクった時、一発ですんだだろ。しかもレベルは1だったしよ……もういいんじゃねぇか?」

「こいつはパギの命をつまみ食いしようとしたんだ。分かったら黙ってろ」

 プロテアは信じられないような眼つきで俺を見ると、制止を無視してサクラを抱き起そうとした。

 結構。ハグしてやるといい。お前に流れる電流だけ、サクラの負担も減るだろう。

 しかしサクラはプロテアの手を払った。

 そして生まれたての小鹿のように脚を震わせながら立ち上がると、プロテアに微笑み返して元いた場所に戻らせた。


「申し訳ありません。続きを」

「もう一発」

 サクラの絶叫がこだまする。口角の唾液が泡立ち、立つことも難しくなったのか、その場に倒れた。

 ついにサクラが失禁した。電撃が止むと彼女は微動だにせず、身体を大地に投げ出して動かなくなった。


 女たちが恐怖に歯を打ち鳴らし、お互いに身体を寄せ合い、サクラの惨状を遠巻きに眺めているのが窺える。これでサクラを真似ようとするバカは減るだろう。

 だがまだだ。

 俺はサクラの顔を覗き込んだ。放心状態のようだが、気を失ってはいない。俺は頬を叩いて意識をはっきりさせた。

 罰と厳罰を区別するのは限界を超えた一歩だ。罰の目的は贖いだが、厳罰の目的はそこまではしないだろうという、甘ったれた憶測を叩き潰すことにある。


「立て。早くしろ」

 パギが俺に縋りついてきた。

「ナ……ナガセ……もういいから怒らないで。パギは元気だよ! だからお姉ちゃんを怒らないで!」

「罪はお前と関係のない話だ」

 アジリアも感情を隠すためか、口元を手で覆ってつぶやいた。

「大きなミスだが、小さな被害だ。罰は被害の大きさと比例するものだろ。この罰は妥当とは言えない」

 もっともな意見だが、その後のことを忘れている。


「そうとも。その通りだ。だがここで俺が手を抜き、二度目の事件が起こったらそれは俺のミスだ。俺だって人間だからミスは犯す。だが分かり切ったミスを犯すつもりはない」

「ナガセ……準備できました」

 サクラに視線を戻すと、彼女はふらつきながらも立ち上がった。息が上がっていて胸が激しく上下している。これが最後の電撃だ。


「深呼吸をしろ」

 サクラは呼吸を整えると、自分を落ち着かせるように胸を撫でた。

 そしてまっすぐに俺を見つめた。

「やれ」

 サクラが絶叫し、土の上に突っ伏すように倒れた。

 俺は踵を返して、地面にうつ伏せになるカットラスの処理に向かった。


 カットラスのコクピットに入り込むと、女たちがわっとサクラに群がる声が聞こえる。

「自分が見えていれば、慕われ、頼りにされていることが、分かったはずだがな。俺を見るからこうなる。しかし……よく動かせたな。アイアンワンドの教えを受けれたのは、たった一日だぞ。それにOSは機能制限して歩けない。コンテナや駐機所にもロックをかけたはずだが」

 カードを一枚くすねていたか、アイアンワンドを上手く誤魔化したかのどちらかだろうな。これはアイアンワンドにもお仕置きが必要だな。


 ぼやきながらカットラスのコンソールを操作し、モニタを覗き込んだ。

「な……に……?」

 まっさらなはずのOSに、大幅に手が加えられている。

 メモリに新しいプログラムが書きこまれ、それがロックした機能を代替している。どれもぎりぎり実用可能なちゃちなものだが、つい最近デバイスを手にしたものが作れるものではない。俺ですらこれらを作るのに、丸一日かかってしまう。


 本職の仕事だ。いったい何をやりやがった。

 プログラムにかけたロックを解除して、正規のセンサー類を起動した。転倒時のログをモニタに呼び出し、コンディションと合わせて確認する。

 それによればカットラスは右足を振りだしたときに、大きくバランスを崩して前倒しになっている。乗り手が無茶な要求をしたのだろう。そこで地面から離れていた左脚が膝を折りたたみワンクッションを敷いた。更に上半身を支えるために、銃を握らない手で地面をつこうとしたが、滑ってこけたようだ。


「転倒時に回避機動を取ってやがる。しかも命令の大元は新しく作られたプログラムからだ。道理で派手のこけても怪我一つしなかったわけだ」

 訳が分からない。このプログラムは元々あったものなのか、彼女が何処からか発掘したのか、アイアンワンドが与えたものなのか。いずれにしろ出所を探る必要がある。

 ひとまずカットラスに乗り込んで、駐機所にしまってしまおうか。

 ドームポリスに戻ると使った覚えのない駐機所が、一つ稼働状態になっている。その備え付けのコンソールパネルには、サクラの作業用デバイスが接続された状態で投げ出されていた。


 作業用デバイスを拾い上げて画面を覗き込むと、苦虫を噛み潰した気分になった。

「アイアンワンド。今最上級アカウントはいくつある」

『二つ。サーと、マム・サクラのものです』

 めでたく俺と一緒になった訳か。彼女がアイアンワンドに命令する立場になるには、あまりにも未熟すぎる。とっととこのアカウントを消してしまわないとまずい。


 しかしハッキングができるとはな。俺はその方面には疎いから、防ぎようがない。簡単な駆動プログラムや、アプリを組むことはできるが、セキュリティは無理だ。それにこんな芸当ができるなら、人攻機のプログラムなど朝飯前だろう。

「作ったのか……記憶が戻ったのか?」

 気がかりがもう一つ。アイアンワンドは自我を持っているにもかかわらず、この暴挙を止めなかった。奴の人工知能には重大な欠陥があるか、悪意的な思考が組み込まれているのかもしれん。

「なぜ出撃を止めなかった?」

『私にマムを制止する権限がございません。アカウントが作られた以上、マム・サクラはもう女性の一人ではなく、私のお仕えすべきマスターなのです。マム・アジリアのように、気遣うことはできなくなりました』


「お前には自我があるが、良心も良識もないようだな。まともな人なら、それでも彼女を止めるべきだった。人になりたいか……成程ね……アンデルセンの童話宜しく、俺はクルミ割り人形を暖炉に放り込むべきだったか?」

 アイアンワンドは俺の嘲笑を耳にしばらく黙り込んだが、すぐに質問を繰り出した。

『サー。私は規定に則って行動しております。私は権限を持つ者に従い、命令を実行します。今回もそれに従ったまでです。一つご質問を。サーの言う良心と良識とは何でしょうか』

 そうだな。公正。友愛。平等。そしてそれを破壊しない自由。そんなところだ。それを一つにまとめて言うのならば。

「汚染世界を再び生み出さないような心構えの事だな」

 国家間の争い、思想の食い違い、利益競争の激化。それが顕現したのがあの汚染環境だと言えるだろう。


『サー。ではサーは何故マム・アジリアに、自分を殺すように仕向けているのでしょうか?』

 この……クソ機械が……いうに事欠いて……この野郎!

『それは争いの種とは言えないでしょうか。憎しみの芽を生み、いずれ多大な害を組織に及ぼすと思われます。おやめになられた方がよろしいかと』

 内心で膨れ上がる激情を誤魔化すように、俺は天に向かって吠えた。

「言っておくが俺はアジリアを贔屓していないぞ! アジリアは余所に迷惑をかけず、誰も巻き込まないように、自分の命だけを使って俺を殺そうとした。俺は告訴しない。ノットギルティだ! サクラは自分の理想の為に余所に迷惑をかけ、全員を巻き込んだ。ギルティだ! これ以上優しく説明はできないぞこのポンコツが!」


『質問の答えになっていません。私は贔屓の話をしておりません。サーの誘導について話しているのです。それは良心と良識の一部でしょうか? それともサーの無責任な行いでしょうか?』

「良心と良識の一つだ。暴君は殺してはじめて益になる」

『サー。サーは暴君ではありません。少なくとも、懲罰と見せしめという目的があり、それ以上の行為も、それ以外の行為もありませんでした。サーは搾取をしておらず、暴君の定義には当てはまりません。むしろサーは専制的です。そして彼女たちを避けようとしています』

「やかましいぞ! 機械に何がわかる!」

『サー。サーも彼女たちと同じ人間の一人です。それをはっきりとお教えしないがため、男女の性差を理由にマムたちとの行き違いがあることは否めません。もっとマムたちに寄り添ってはいかがでしょうか? マムにご自身を否定させる必要はないかと思われます』


「そんなこと……できるか……」

『サー。一体あなたはご自身の何を、そこまで恐れているのですか』

「アイアンワンド。人間という奴は誰もかもが心に獣を飼っている。そしてそいつに心を食われたらお終いなんだ」

 俺は手で額を覆い、伝う汗を拭った。

「もう喋るな。これ以上煽られたら、お前をスクラップにしちまう」


 俺はサクラのデバイスを持ったまま自室へと向かった。気が付くと太陽がだいぶ傾いている。夜が近いようだ。

 朝から何も食べていないのだ。女たちは飢えている事だろう。それなのに女たちは俺に食事をせがもうとはしなかった。そしてピオニーも俺に何も言ってこなかった。分かっている。俺を恐れているから何も言えないのだ。


 俺は恐怖から教訓を学び、それを克服してきた。だが克服できなければ、恐怖は何事にも付きまとい、正常な行動を阻害する。

 彼女たちも恐怖を克服し、這い上がるものと思っていた。だが強いと思っていたサクラが屈折し、彼女たちは弱いと思い知らされたよ。

 つまるところ、俺が彼女たちのケアをしなければならない。


 だが俺が与えられるものなんざ何もない。愛も、信頼も、夢も全て失くした。あるものは狂気だけだ。

 だがここには俺しかいない。

 俺が父親と母親の二役をこなさなければならないのだ。


 倉庫から持ってきたナイフを抜いた。

 良く手入れのされた、鋭いサバイバルナイフだ。

 きらめく白刃に、凶悪な顔つきの男が映っている。

 直視できずにナイフを鞘に収めた。

 喉がカラカラに乾いている。だけどやめるつもりはない。

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