第6話 邂逅ー5

 俺は二人の返事を聞くと、まずドームポリスの屋根へと向かった。

 屋上に続くハッチはロックされていたが、パスワードを入力する必要もなくあっさりと開いた。


 海から吹き付ける潮風がとても気持ちいい。だが鼻の奥に染み込む塩の香にちょっとした戸惑いを覚えてしまう。鉄錆の匂いは慣れたもんだが、海の匂いを嗅ぐのは初めてだからな。

 やがて鼻が匂いに慣れると、俺は辺りをざっと見渡した。


 ドームポリスの屋根は白く滑らかな金属で、表面は長年の風化を経て歪んでいるが、月光を反射するほどきれいだった。その上を歩くと、しっかりとした硬さが足の裏に伝わってくる。

 地球の環境再編中、ドームポリスを守るために開発された特殊な金属だ。

 下には太陽光発電パネルが設置されているはずだが、この頑強な金属板を除けなければならない。しかし電気不足で中央制御室から切り離しを実行できないから困ったものだ。


 幸運なことに、コンピューターには非常時の措置が記載されていた。

 非常分離装置とラベルの張られた、ハッチ脇にあるコンソールを開く。中には一丁のピストルと、点火プラグの穴が隠されていた。

 俺はピストルを手に取ると、備え付けの点火剤を装填し、銃口を点火プラグに押し当てて引き金を引いた。


 コンソールは屋根に張り巡らされた導火線に火を配り、設置された爆薬を次々と起爆させる。小爆発が連続して起こり、屋根に亀裂が走ったかと思うと、いくつかの金属片に分かれて地面へとずり落ちていった。


 しばらくのち——屋上には金属の屋根に代わって、分厚いガラスで守られた太陽光パネルが顔を出したのだった。

 

「ひとまずこれで良し。電気が溜まれば、ポッドが使える。あとは人功機を武装させて、明日の探索に備えよう」


 倉庫に戻ろうとハッチに下半身までを沈めたとき。

 うぉぉぉん……。

 風鳴りに混じる遠吠えに気付いた。

 原生生物にしては、嫌に可愛げがないな。ひょっとすると——。


 反射的に化け物を撃ち殺した草原に目をやると、森から出てきた化け物たちが、仲間の死骸に群がっていた。

 それだけじゃない! あのクソッタレども擱座した叢雲を、オモチャを弄るように小突きまわしてやがる!

「死体を始末するべきだったな……」

 仲間から託された躯体を、化け物のおもちゃにされるのは面白くない。ハラワタが煮えくり返る思いだ。

 明日ドタマをブチ抜いて、脳ミソをぶちまけてやる。


 倉庫に戻ってくると、ダストボックスに寄り集まっていた女たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 金髪を助けようとしていたらしい。俺は傷だらけになったダストボックスを無視して、先程組み立てた五月雨の整備に取り掛かった。


 まずはOSだ。新品で何の経験も積んでいないので、動かせても戦闘は難しい。

 ライフスキンのメモリにある叢雲のデータを、五月雨のOSに移してやれば随分とマシになるはずだ。

 だがこのデータは、叢雲という躯体で経験を積んだ。五月雨とは構造的な相違が多すぎる。その誤差を洗い出すために入念な動作チェックを行う。


 五月雨を支える駐機所のシャフトを操作し、四肢を自由に動かせるように躯体を浮かせた。

 遠隔操作で五月雨を踏ん張らせ、腕を振り、歩かせ、走らせる。前転やスライディングなどはコンピューターシミュレーションで済ませるしかないが、やらないよりましだ。


 躯体の整備を済ませたのなら、次は武器だ。

 武器コンテナへと歩いていくと、途中の物陰で女が二人眠りこけていた。

 結構な時間がたったらしいな。

 さて、装甲は各国のモノが揃えられていたが、武器はどうなっていることやら。


 コンテナ内の照明をつけて、浮かび上がった光景を目にし、思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「ここもか……世界中のメイン火器が納められている……分からんな……」

 国際連合加盟国が使用する、人攻機用のアサルトライフルやハンドガン、ショットガンが、専用のラックにかけられている。武器は一種類につき三丁ずつ用意されていた。

 贅沢なことで。

 この調子だと俺が戦時中愛用していた、ミクロネシア連合のアサルトライフルもあるだろうな。

 目的のアサルトライフル――八八式戦歩ライフルは、コンテナの中央にかけてあった。

 弾倉を上から差し込み、銃口のすぐ下に排莢口がある独特なデザインだ。八八式のラックの後ろには、専用の弾丸がケースでたっぷりと保管されていた。


 五月雨の駐機所に戻り、八八式が収められていたラックの番号をコンソールに入力する。ついでに弾薬も。

 武器コンテナからシャフトが伸びて、八八式と弾薬一ケースを運んでくる。

 ここからが面倒くさい上に重労働だ。八八式を一度ばらして、躯体に武装を搭載する懸架装置の上で組みなおさないといけないんだ。

 汗だくになって、神経を使う作業を終える。


「後は水をどうやって運ぶかだが……給油機を流用するか。あれにはコンプレッサーもついてるしな。これだけ備蓄が揃えられていれば、多分あるだろう」

 コンテナを探し回ると、武器以外の備品が収められているコンテナを見つけた。その中には農機具や工具、予備の部品、そしてマテリアルなどが収められていた。


「このドームポリスだけで、自立した生活ができるな……ますます出自が気になってきた……」

 給油機はすぐに見つかった。円筒型のタンクにコンプレッサーが取り付けられた物で、人攻機のバックパックにも装備できる代物だ。

 ケージに戻ってラック番号を入力。これも五月雨に取りつける。


 ふと眩しいものを感じて窓の方に目をやると、すでに空がしらじんでいた。

 丁度いい頃合いだ。

 躯体の股間部へとタラップを引っ張り、五月雨に乗り込もうとした。

 まてよ……狩場が分からん……。


 女たちは普段どこに水や食料を取りに行ってるのだろう?

 物陰で苦しそうな寝息を立てている女たちを見渡した。

 案内してくれるだろうか?

 最悪な出会い方に、高圧的な態度をとっちまったからな。難しいだろう。

 協力的な女と言えば――あの黒髪か。


 俺は速足で冬眠施設へと赴く。そこではあの黒髪と黒長髪が、ポッドに寄り掛かるようにして眠っていた。出来うる限り励ましの言葉をかけていたらしい。ポッドに横たえられた女たちの顔は、少し表情を取り戻し、温かみを帯びていた。


 黒髪も疲れているだろうが、もう少しだけ手を貸して欲しい。

 よだれを垂らしながら爆睡する彼女を、優しく揺り起こす。

「食料を取りに行く。場所を教えてくれ」

 黒髪は最初寝ぼけまなこで、きょとんと俺を見つめていた。だが脳に意味が染み込んでいったのか、怯えに顔をひきつらせた。

「俺が絶対に守る。どか~んって、あいつらぶっとばしてやる」

 黒髪はぱぁっと顔を輝かせると、大きく頷いて見せた。


 俺と黒髪は倉庫に戻り、五月雨へと乗り込んだ。

「うわぁあ~すごい~」

 黒髪はコクピットできらきら光るコンソールを見て、感嘆の息を吐いている。そしておもむろにスイッチに触ろうとした。

 やめんかバカタレ。慌てて手を払いのける。

「今度動かし方を教えてやる。今日は見てるだけだ。それが出来ないなら叩きだすぞ」

「え~……う~……うん、わかった~」

 黒髪は残念そうに口元を歪めたが、素直に頷いた。


 俺はさっそくコクピットシートにどっかりと腰を下ろし、その上に黒髪を座らせた。ちょうど父親が娘を膝に座らせたような感じだ。

 ベルトで二人の身体をしっかり固定し、俺の使っていたヘルメットを黒髪にかぶらせた。駆動中の人功機はものすごく揺れる。黒髪の頭で顎をかちあげられてもいいように、クッションを敷くよなものだ。

 それに――

「うわぁ~なにこれすごいきらきら~」

 黒髪は無邪気にはしゃいでいるが、数十分後には地獄を見ることになるだろう。


 コクピットを閉鎖。搭乗口が閉まると、内壁が膨らんでクッションとなり、俺達を優しく包んでいく。そして正面モニタに外部カメラの映像が映し出された。

「そとだぁ~」

「喋るな。舌を噛むぞ!」

 俺は初陣戦士の補佐人のように、顎で女の頭を押さえながら言った。


 両足の超音波センサに感アリ。人型。三人。恐らく興味本位で近づいて来た女だろう。

「足元どけ! 踏み潰されるぞ!」

 俺が吼えると、足元から蜘蛛の子を散らすように女たちが走り去っていった。


「なんでわかったのぉ~」「ぎゃあ~!」「ころされるよ~」「きょじんがしゃべった~」


 AUX(外部接続端子)確認。給油タンクOK。八八式OK。拳銃OK。コンディションオールグリーン。

 躯体四肢のロックを解除。地面に立たせる。バランス設定OK。五月雨が地面に立った。駐機所のロックを解除。五月雨を固定していたシャフトが次々に抜けていく。


 最後にドームポリスに、発進信号を出す。信号を受けたアイアンワンドが許可を返すが、同時に警告を付け加えた。

 現在一回しかシャッターの開閉ができないそうだ。

 昨晩から月光をエネルギーとして、コツコツと集めてきた甲斐があった。

 一回で十分。

 俺はアイアンワンドにシャッターを開けるように命じた。


 ドームポリスが揺れて、目の前にある倉庫シャッターが上がっていく。

 同時にドームポリスの外殻が下がっていき、スロープを形成した。

 差し込む太陽が目を焼く。

 いい天気だ。


「はえ~……」

 胸元で感動のうめきを漏らす黒髪を、顎で叩いて注意を引いた。

「案内頼むぞ」

「うん。まかせて!」


 五月雨を一歩前に進めた。

 躯体が軽く揺れて、景色が一歩分前に進む。

 五月雨のショックアブソーバーが倉庫の床を踏みしめ、ズムッと特徴的な音を立てた。

 二歩、三歩、進み、スロープを下っていく。そして柔らかな大地を踏んだ。躯体が軽く沈む。人攻機の自重は約二トン。プラスチックやCNC(カーボンナノチューブ)を駆使して驚異の軽量化に成功している。地盤がしっかりしていれば、足場に悩むことはない。


 だが念には念を。人攻機の足裏からスパイクを出して、そこから音波を発し、地中の状態をレーダーに反映する。弱そうな地面は歩かないようにしよう。


 俺は操縦に自信を持った。この機体を使いこなせるという自信だ。

 歩みを走りに変える。人攻機は歩きよりも走った方が燃費はいい。

 躯体は風を切り、速度を増していく。

 俺は森へと人攻機を走らせた。

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