第5話 邂逅ー4


 黒髪はひときわ強固な、中心部に近いブロックに俺を案内した。円形をした部屋で、女たちも寄り付かないのか、埃が積もっているだけで比較的綺麗だった。


 部屋の内壁には冬眠用のポッドがずらりと並べられている。大半は解放されていて、横になった状態でガラスの蓋が開け放たれていた。

 閉鎖されているものは、片手で数えるほどしかない。それらは中に薄緑色の液体と干からびた人間を蓄えて、直立状態で壁に埋め込まれているのだった。


 ポッドの総数は約三十。


 抱えている女の襟元を確認すると、名札に#12と記されている。同じ刻印がされたポッドを探しだして、女を横たえさせた。

 中央の柱に組み込まれているコンピューターを起動して、メディカル機能を使おうとする。しかしモニタは淡い光を一瞬放って、すぐに暗くなった。警告音が耳をつく。


「くそ……もう電気がほとんどないな。メディカル機能を使いたいが……水が無い……まずは――」

 このコンピューターが冬眠を管理しているなら、マザーコンピューターのはずだ。ここからこのドームポリス全てを制御できる。


 いったん廊下の女を全てこの部屋に運ぶことにするか。

 いちいち引き返すのが面倒なので、両肩に女を抱えて運ぶ。黒髪も最初は戸惑っていたが、俺を真似て一人の女を引きずって運んでくれた。


 捨てられていた女を運び終えて、その人数を数えると全部で四人。どれも異なる人種だ。本当にまとまりがない。いったいこいつら何処の国の所属なんだろう?

「身体を拭いてやってくれ」

 俺は黒髪に捨てられた女たちが握っていた毛布を投げた。

 まぁこれにしても、最後の良心のつもりで渡したんだろう。

 黒髪は最初嫌そうに首を振ったが、病気の女たちが虚ろな目で見ていることに気付くと、軽くえづきながらも身体を拭き始めた。


 俺は軽くコンピューターを操作し、何か情報が無いか探すと、人工知能がコンピューターを管理していることを知った。

「人工知能が管理だと? 本当に何なんだここは……一体何のための施設だ……」

 恐ろしい事に、人工知能はアクセスパスを必要とせず、呼ばれるがまま応答した。

「人工知能名は……権威の象徴アイアンワンド? 酷い冗談だ」

 画面に人工知能名が表示されて、質問待機状態に入った。


『グッドモーニング・サー』

「任務を表示」

 くそ。声が緊張で震えちまう。

 マザーコンピューターは、しばしの沈黙の後答えた。

『遂行中の命令なし。現在休止状態。ご命令をどうぞ』

「過去遂行した命令を表示」

『任務・施設の人間をユートピアへ連れて行く。以上』

「バカな! 環境再生前に従事していた人があるだろう! 過去の所属・役割を表示しろ!」

『アイアンワンドは孤立している。アイアンワンドは命令を待っている。以上』

「お前は何者だ?」

『アイアンワンドはアイアンワンドである。以上』

「誰が創った?」

『質問の意味不明。回答不能』

「データベースの表示」

『ヒット。ドームポリス関する情報。施設説明。物資説明。運用法説明』

「違う! お前に関するデータベースの表示を」

『該当ナシ』


 ふつうマザーコンピューターには、所属とその位置階級が登録されているはずだ。だがこいつは何処にも所属していないし、何の役割をも担っていない。

 ただあるだけだ。

 マザーコンピューターは、環境再生後の世界に人類を送り込むという任務を終えて、休止状態に入っていた。


 何の目的も、何の理由も持たず、ドームポリスが存在することがあるのか?

 仮にあるとしたら、それは国家から完全に独立している!

 国家の庇護を受けたドームポリスが独立しているなどあり得ない!


「お前は誰のものだ」

『サー。私を使う者が、私の支配者です。サー。今現在、私はあなたのものです』

 俺に……使えというのか……。

「ドームポリスの地図を表示」

『ヒット――ドームポリス内部を表示』

 俺は表示されたデータを、ライフスキンのメモリにダウンロードした。有機ELディスプレイになっている胸元の布をまくり上げ、先程ダウンロードした地図を表示する。


「ね~……もうまっくろだよ~ほかのぬのなぁい?」

 俺が作業を終えると同時に、黒髪が糞尿と垢で真っ黒に染まった布を俺に見せてきた。俺は予備の毛布を彼女に渡した。

「医療室が分かった。今取って来る。これで残りも綺麗にしてやってくれ」

「あ~い」

 黒髪は先程より慣れた手つきで、女たちの身体を拭き始めた。もうすっかり、異臭に鼻が慣れたようだ。


 医療室へ行く途中、女たちが捨てられていた廊下を通りかかる。

 畜生めが。新しく女が一人捨てられているぞ。金髪に連れられていた茶髪の女だ。ちょっと見ただけで彼女にも感染症の症状が窺える。


「わたしよわくないよ……わたしよわくないよ……」

 茶髪はうわごとのように繰り返し、ぶるぶると震えていた。彼女は俺に気付くと、身体を引きずって逃げようとする。

 俺は茶髪の元にゆっくり歩み寄っていった。

「は……はァ! ひっ……ひっ……ばけもの……たすけて……たすけて!」

 今にも壊れそうな人形を扱うように、そっと彼女を抱き上げる。

「ころさないで! ころさないで!」

 茶髪はなけなしの力を振り絞って、俺の胸板に拳を叩きつけてくる。

 必死の形相を浮かべる顔を、俺はそっと撫でた。


「大丈夫だ。すぐに元気になる」

 茶髪は不安そうに俺の瞳を覗き込んでいたが、やがて糸が切れたようにぐったりとして動かなくなった。

 気絶したようだ。

 冬眠施設に引き返すのも面倒だし、こいつを抱えたまま医務室へと行くか。


「あの……わたしも……てつだうよ」

 不意に背後から声をかけられて振り向くと、黒い長髪の女が赤髪の女の肩を支えて佇んでいる。

 よく見れば赤髪は見張り台にいた奴で、全身から汗を吹き出して、腹を押さえて呻いていた。

「だからこのこもたすけて。おねがいよ! てつだうからたすけて!」

「ついて来い」

 最初っから頼ってくれた方が手間がなくて助かるのだが、この有様じゃ疑心暗鬼が先にでるのも仕方ないか。

 さてさて医務室はどうなっているのかなと、室内を覗き込むと酷い有様だった。

 そこら中に破いた包みや、空の容器、錠剤が散らばっていて、その錠剤を食べたせいか、ネズミも何匹か仰向けにひっくり返っている。医務室は異臭と汚臭で満ちているが、それはところ構わずぶちまけられた、下痢と下呂のせいだった。


「何か分かってて飲んだのか?」

 ゴミの中からオキシドールの空瓶を拾い上げながら黒長髪に聞いた。

「おなかすいたからてきとうにのんだ。げんきになるときもあるけど、ほとんどおなかいたくなって、よわくなった。だからここはほっといた」

「これは薬だ。弱くなった時飲むものだ。元気な時に飲むと弱くなる」

 俺は黒長髪の目の前で瓶を振って見せた後、ゴミの中に放り捨てた。

「じゃあのませよう! すぐのませようよ!」

 黒長髪は赤髪を壁に寄り掛からせると、床に散らばる錠剤をかき集め始めた。


 無意味なことを……。

「弱いのに合わせた薬がいる。何でもいいわけじゃない。それにちゃんと保存されているものじゃないと駄目だ。下手すりゃそれがトドメになるぞ」

「どれ! どれがいいの!?」

「じゃあ、包みが破れていないものを全部集めてくれるか?」

「うん!」


 そこで排泄音がした。赤髪が地面にへたり込み、苦しそうに呻いている。ライフスキンから茶色い水があふれ、悪臭がきつくなった。

「お前ら……いつもどこでトイレをしている?」

 黒の長髪に聞くと、彼女はきょとんとした。

「といれってなに」

「おなかがいたくなったら……その……でるだろ……飯食った後も……どこで出してる?」

「でるとこでだすよ」

 感染症が蔓延するわけだ。衛生管理も糞もない。ここまで知的に退行していると前途多難だ。


 俺は黒長髪のライフスキンにドームポリスのマップをインストールしてやると、ディスプレイを捲り上げて地図を表示させた。

「わぁ! なにこれスゴイ! これなに!? これなに!? はじめてみた!」

「ここの地図だ。この矢印が示す場所に連れて行って、出すものを出させろ。お前もこれからそうするんだ」

 便所までのガイドラインを引いて、黒長髪の医務室から追い出す。

 俺は引き続き部屋内の捜索をするか。


「害獣みたいに食い散らかしやがって。少しつまんでは別のを開け、少しつまんでは別のを開け……半分がパァだ」

 十数分後、まだ使えそうな抗生物質と包帯、薬の収拾をあらかた終えると、手短なバスケットに放り込む。途中便所から戻った黒長髪たちと合流し、冬眠ポッドのある部屋に戻った。


 部屋では黒髪が全員分の身体を拭き終えたところだった。

「ふいたよぉ」

「ありがとう」

 労いの気持ちを込めて黒髪の頭を撫でてやると、持ってきた薬をそこにいる全員に飲ませた。


「よわいのやっつけた?」

 黒髪と黒長髪が顔を寄せて俺に聞いてくる。

「今やれることはやった」

 本来なら水拭きしたいし、殺虫剤を噴霧したい。だが水が無い。明日取りに行こう。


「こいつらがうなされたら励ましてやってくれ。名前を呼んだり、手を握ったり――そう言えばお前ら名前は?」

「なまえ~? ねぇあるの? わたしなにももってないよ」

 黒髪が黒長髪を振り返る。黒長髪は首を振った。

「わたしももってないよ。なまえってなに?」

 俺はかぶりを振った。

「俺は永瀬だ。永瀬恭一郎。永瀬と呼べ。これが名前だ。お前らにも後で名前をやる」

「わかったナガセ!」

 二人は頷いた。

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