第4話 邂逅ー3
「かえってきたよ!」
ドームポリスの入り口につくと、入り口真上にある見張り台から声が聞こえた。
見上げると赤い髪の女が、俺のことを訝しげに見つめている。
「だけどへんなのもいるよ! なんかちがうやつがいる!」
俺を変なのとは失礼な奴だ。遺伝子補正プログラムの輸送という名誉を授かった、人類でも指折りの兵士なんだぞ?
「わたしだよ! だいじょうぶだよ! あけてよ!」
背中で黒髪の女が喚く。だが赤髪は首を振った。
「そのへんなのはなに!? わたしたちとちがうよ! そいつばけものかもしれないよ!」
「ちがうよ! これはばけものじゃないよ。だってばけものをころしたんだよ!」
「うそだ! あのばけものをころせるはずがないよ! なんでうそをつくの!?」
「うそなんかついてないよ! ほんとにころしたよ! どか~んっておおきなおとしたでしょ! あれはこれがやったんだよ!」
「じゃあ、いまどか~んってやってよ! そしたらしんじてあげるから」
よくよくドームポリスを見てみると、壁面には強烈な力で殴られた痕跡があった。それに入り口にはご丁寧に、乾いた血がこびり付いている。ひょっとすると——眉を顰めながら足元を調べると、骨らしき白い物がそこかしこに散らばっていた。
多数の為に小数を殺す。一応は賢いようである。
「ねぇ! どか~んてやってよ! このままじゃなかにはいれないよ!」
黒髪が俺の髪を引っ張って、急かすように揺さぶってくる。落ち着きのない奴だなと胸中で毒づきながら、黒髪を背中から降ろした。
「髪の毛を引っ張るのを止めろ。それは失礼だ」
「しつれーってなに?」
「後で叩きこんでやる」
俺は溜息をつきながら、入り口の隣にあるコンソールパネルを開いた。そしてこの『貧弱な猿ども』が、どのように扉を閉めているか確認した。
「ぷっ……ここまで阿呆だと笑えてくるな」
キーロックもパスワードもない。扉はただ閉めてあるだけだ。これを開けるのは簡単だ。住人のライフスキンのタグを読ませて、スイッチを押すだけでいい。
黒髪を呼び寄せて、その手の平をコンソールに押し付けさせる。短い電子音がした後、重厚なドームポリスの扉は、ゆっくりと上に開いていった。
「えっ!? なんであくの!? だめ! だめだよ! とびらさんしまって! わたしあけてもいいっていってないよ!」
見張り台から赤髪の慌てた声がするが、それを無視してドームポリスに足を踏み入れた。
すぐに入り口のキーロックを設定して、扉を閉めておいた。締め出されたら困るし、勝手に開けられたらもっと困るものな。
しかし……ひどい有様だな。
ドームポリスは埃がたまっていて、呼吸をするだけで軽くむせた。それどころか酷く湿気っていて、悪臭が鼻と目を刺激しやがる。
床にはゴミがそこかしこに放り出されていて、ネズミや虫の死骸に混じって、人間の排泄物も放置されていた。悪臭の発生源はこれか。
ドームポリスには換気装置や太陽発電装置があるはずだが機能していないようである。どうやらまともに施設を運営する知能すらないらしい。
ドームポリス自体はマルチラップ式らしい。ダメージコントロールのしやすい、後期型の冬眠施設である。という事は、ここはユートピア計画末期に造られたという事だ。
入り口脇の見張り台へと続く階段から、誰かが下りて来る。赤髪の女だ。彼女は俺を見ると全身を震わせ、目に涙を貯めた。
「う……う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
赤髪は後退りすると、一目散にドームポリス内に逃げていった。
「ちょっと! これはべつにあぶなくないってば!」
黒髪がその後を追っていく。俺は黒髪の後ろに続いた。
ん? 廊下の途中で、青い髪の女が横たわっている。
屈みこんで彼女の様態を見ると、まだ息があり弱々しい呼吸を繰り返している。だが動く気力すらないのか、自らの出した血の混じった汚物に塗れていた。
「典型的な栄養失調と、不衛生による感染症だな。身体を洗って薬を飲めばまだ助かるな」
青髪の近くには、似たような症状の女が数人横たわっている。俺の存在に気づいてすらいないようで、一様に虚ろな目で空を眺めていた。
「弱ったから捨てられたか……どこも人間のやることは変わらんな……」
「あ~! だめだよ! それにちかよったら!」
黒髪が走り寄ってくると、捨てられた女達から俺を引き離そうとした。
「これはもうだめなんだよ。よわってどうしようもないの。それにだめだめはうつるからはなれないとだめだよ!」
「まだ助かる。水と食料はあるか?」
呑気に会話を続ける俺に、黒髪は苛立ったように掴んだ俺の腕をぶんぶん振り回した。
「ないからとりにいってるんだよぉ~。いいからはなれて!」
「参ったな……」
森に行けば食料や水があるようだが、化け物に襲われることになる。
取りに行こうにもアサルトライフルでは化け物には太刀打ちできん。
俺が腕を組んで悩んでいると、黒髪はあっけにとられたように言った。
「ねぇ。あのきょじんうごかせるんでしょ? だったらばけものこわくないでしょ?」
「あれはもう動かん」
「あれとおなじきょじん、ここにあるよ」
「何!? 案内しろ!」
俺は黒髪に手を引かれて、ドームポリスの外縁にある、巨大な倉庫へと入った。
倉庫にはジャングルジムに似た人攻機の駐機スペースがあり、中には尻を床に着ける正座の姿勢をした人攻機が鎮座していた。この姿勢は長期の駐機に耐え、かつ安定する駐機方法だ。
「嘘だろ……何でここにあるんだ」
保管されている人攻機を目の当たりにして、思わず生唾を飲み込んでしまう。
写真で何度か見た事のある躯体だ。
その人功機は骨格が剥き出しになっており、異様にほっそりとしたフォルムをしていた。骨格を装甲を支えるためのムーバブルフレームが取り巻いており、まるで骨組みのドレスを着せられているようだった。身体のそこかしこには外部接続端子が露出しており、そこには異物が入り込まないように、しっかりプラキャップがはめてあった。
「Y-01……同田貫。ユートピア計画用の躯体だ……という事は、ここは未来の世界なのか……?」
同田貫とは環境再生後の世界での活動を想定して作られた人攻機である。
環境再生後は工業力と生産力が著しく低下することが予想されたため、人攻機を労働用に使用する計画が進められていた。そのため備蓄のある現行機と、互換性の高い躯体の開発が進められたのだ。それが同田貫である。
ちなみに俺の駆っていた『叢雲』はそのプロトタイプだ。
俺は同田貫の一つに駆け登り、コクピットのコンソールパネルにとりつくと、カバーを引っ剥がした。そして烙印されているはずのシリアルナンバーを探した。
「くそ。シリアルが焼き潰されている。製造元が分からん。何故だ……何故隠す必要がある!?」
俺は黒髪を振り返った。
「おい。装甲はあるのか?」
「そ~こ~? ん? そ~こ。うん。だからここにものがあるよ」
会話が難しいと思ったのは初めてだ。
「あ~……この巨人のお洋服だ」
「こっちにあるよ」
「よし。教えてくれ」
保管されている装甲がわかれば、このドームポリスの所属もわかるに違いない。
俺は黒髪が手招きする、壁面に格納されたコンテナへと小走りで向かった。
コンテナ内はウォークインクローゼットのようになっており、衣装のように人攻機の装甲が吊り下げられている。
その一つ一つを目で追っていくうちに、次第に引きつった笑いを浮かべる自分に気づいた。
全く……驚くことに事欠かないな。
「ミクロネシア連合の躯体。『五月雨』の装甲だ……こっちにはアメリカの『カットラス』。おいおい……AEU(アフリカ・ヨーロッパ連合)の『レイピア』まであるぞ……マジか!? カッツバルゲルだ! それにロシア帝政の『シャスク』! どういう事だ!」
同田貫が創られるまで国際連合の使用する躯体には互換性がなかったため、各国は互いに躯体を融通することが無かった。それなのにここには平然と、世界中の標準機の装甲が並べてあるのだ。
一番わからんのは敵性組織である領土亡き国家の躯体装甲が、ほぼ新品みたいな状態で保管されていることだ。
こいつら一体何者だ!?
言葉を失う俺を余所に、黒髪がはしゃいで俺の腕に縋りついてくる。
「ね~。これのうごかしかたおしえてよ。ばけものをぶっころしてやるんだ! ね~、ね~ってば」
一旦落ち着こう。ありえないことが立て続けに起こって、脳の理解が追い付かない。
国歌だ。国歌を心で唱えるんだ。
君が代は。千代に八千代に。さざれ石の。巌となりて。
よし。俺は永瀬恭一郎。国際連合軍の兵士。
何も問題はない。
えーっと。なんだったっけ。そういえば黒髪が、人功機に乗りたいとかほざいていたな。
ジト目で黒髪の身体をじろじろ遠慮なく拝ませてもらう。ろくに栄養をとれていないのか、鳥ガラのような貧弱な身体をしている。こんな有様じゃ、人功機の駆動に耐えられんだろうな。
「そんなもやしみたいな身体じゃ無理だ。タンブラーに入れられた氷みたいに、ぐしゃぐしゃになってお陀仏になるだけだぞ」
黒髪は頬をぷくーと膨らませて、不機嫌そうに唸って見せる。
「ときどきいみわからないこというよね」
「教えなきゃな……」
俺は頭を掻くとコンテナから出た。
ひとまず飯と水だ。人攻機があれば取りに行ける。
同田貫を駆った事はないが、そのプロトタイプである叢雲には乗りなれている。きっとその経験は無駄にならないはずだ。
「これだよ! これがはいってきたよ!」
出てきた所をうるさく怒鳴りつけられる。俺はやれやれと首を振って、声のした方を振り向いた。
見覚えのある赤髪が、俺を指さして喚いている。その後ろには比較的元気そうな女どもが、ぞろぞろ続いていた。だが顔色から察するに、こいつらも感染症を患っているようだ。
倒れたら廊下に捨てられる。それが怖くて必死に健康を装っているのだろう。
「おまえなんだ!? なにしにきた? こたえろばけもの!」
女どもの中から金髪の女が前に出て、棍棒を振り回して俺を怒鳴りつけた。
「俺は化け物じゃあない。ここで一番偉い人を連れて来てくれるか? 話がしたい」
「ここではわたしいちばん。いちばんつよい。だからいちばん」
「他に人はいないのか?」
「ひととは、わたしたちのこと。おまえひとじゃない。ばけもの。いますぐここからでていけ!」
金髪は威嚇するように唸り声を上げる。金髪の後ろの女たちも、手に木っ端の欠片などを握って、俺を睨み付けた。
俺の傍らにいる黒髪は、剣呑な雰囲気におろおろとしはじめた。
だが俺はそんなことはそっちのけで、ひどく落胆していた。
結論。
ここには人はいないようだ。いるのは人の形をした何かだ。人に満たない何かだ。
一体このドームポリスは何のために作られたのだろう。どうして女しかいない? どうして精神が退行している? どうして敵対勢力の装備品が集められている? 答えの出ない問いが、頭をぐるぐると掻き乱していく。
だが、今すべきことは他にある。
お前ら、俺が歩いてきた廊下を通ってここにきたということは、当然捨てられた女たちを目にしたはずだ。
「何故廊下に弱った仲間を放り出してる?」
「あれはもうだめだ。よわいからうごかない。それによわいのうつる。だからあそこにおいた。ばけものでないならなんだ? どこからきた?」
「彼女たちはまだ助かる。身体を洗ってベッドに寝かせてやれ。俺が食料と水を取ってくる」
「そんなことしたらよわいのがうつる! それよりこたえろ! おまえはなんだ!?」
話が通じそうにないな。身体は大人でもオツムは道理の通用しない子供だから仕方ないか。
時間を食っている暇はない。俺は駐機所の一つに寄り、コンソールを操作した。
格納された同田貫をリフトアップ。同田貫を固定する鉄柱が、躯体の両脇を支えて上に持ち上げる。同時に折りたたまれた足を丁寧に伸ばして、駐機姿勢から直立に立たせた。
女たちが騒めくが無視だ無視。そうしている間にも捨てられた女たちの生存確率は下がっていく。
しかし金髪の女は、俺が備品を弄ったのにご立腹のようだ。
「かってにさわるなぁぁぁぁ!」
金髪が俺に棍棒で殴りかかってくる。
溜息混じりに殴りかかる金髪の脚を払い、前のめりになって地面に転ばせた。
コンディションチェック――オールグリーン。状態はすこぶる良い。内装確認。工場から出荷されたばかりのような標準状態だ。レーダーに音響装置、カメラ一式揃っている。これならいじらなくてもいいだろう。コンソールが装備品の選択を要求してくる。俺は使い慣れた日本製――五月雨の装甲を選択した。
「おい。そこは危ないからこっちにこい」
俺はコンテナ付近でおろおろしている黒髪を、自分の傍に呼び寄せた。
コンテナのシャッターが持ち上がり、中から黒いシャフトが伸びてくる。そして駐機所と連結すると、選択した装備がシャフトを伝って運ばれてきた。
そこで金髪が立ち上がり、床に転がっている棍棒を握り直すと、再び俺に殴りかかってきた。
進歩のない奴だな。
振り出された金髪の腕を掴むと、そのまま背負い投げて地面に叩き付けた。それから念のために、杖を遠くへと蹴り飛ばす。
金髪は息に詰まって悶絶しているが、しばらくしたらまた襲い掛かってくるだろうな。俺は無造作に金髪の襟首を引っ掴むと、近くのダストボックスへと引きずっていった。
「猿は檻に入れんとな」
こいつ顔立ちからすると西洋人だな。イギリス人かアメリカ人だろう。さっきの赤髪はアジア系っぽかったし、本当に様々な人種が集められているようだ。
ダストボックスの口を開けて中が空だと確認すると、問答無用で金髪を放り込み鍵を閉めた。
金髪が引きつれていた女たちが、何が起こったのか分からずぽかんとしている。
こいつらも暴れ出したら面倒だ。今のうちに釘を刺しておくか。
「おい。こいつを出したらお前らもまとめて檻に入れるぞ。分かったか」
女たちはまだ唖然と口を開けている。俺は流石にいらいらして怒鳴った。
「分かったか!?」
鞭で打たれた馬のように、女たちは顔を跳ね上げた。
『わかった!』
よし。これでひとまず落ち着いた。
俺はコンソールに戻り、同田貫に五月雨の装甲を着せる作業に取り掛かった。
同田貫のムーバブルフレームは、パッケージに合わせて形を変化させていく。まず全身に黒いCNTM(カーボンナノチューブ筋肉)が着せられた。同田貫は黒い肉襦袢を身にまとい、少し頼もしく変わった。
次に四肢と胴体に装甲が装着され、背部にバッテリーユニットが取り付けられる。最後に電子回路が接続されて、機体各部の確認ランプが緑色に光った。
準備完了。これで同田貫は『五月雨』になった。躯体スペックは本来の八十パーセントに低下するが、一番大事なのは乗り手の技量だ。
俺は倉庫の外周側にあるシャッターへ行き、覗き穴から外の様子を確認した。もう日は沈んでいる。探索は明日に回して、捨てられた女たちに専念しよう。
女たちを振り返ると、彼女らは興味津々でリフトアップした五月雨の足元に集まっている。
「おい。病人を助けるのを手伝ってくれ」
俺の呼びかけに、女たちはびくりと肩を震わせて首を振った。
「やだよ! よわいのうつる! そしたらわたしもああなるもん!」
「そうだ! いやだ!」
同時にダストボックスから罵声も聞こえてくる。
『ここからだせ! ぶっころしてやる! おまえらなんとかしろ!』
女たちが俺を見る目に、次第に敵意がつのってきた。そして一か所に寄り集まりながらも、じりじりとダストボックスに近づいていく。頼りになるリーダーを解放して、反撃を試みるつもりか。勇敢なことで。
ただ一人、黒髪がおずおずと手を上げた。
「ねぇ……よわいのなおるの? ほんとになおるの?」
途端に女たちが非難の声を上げる。
「なにいってるの!? なんでばけものをしんじるの!?」
「でも、これどか~んってっやって、ばけものころしたんだよ。すごいんだよ! ひょっとしたら、よわいのもどか~んてやってくれるかもしれないよ!」
「そんなのむりだよ! よわいのみえないのに――」
黒髪と女たちが言い争いをはじめる。
信頼関係がない今、俺が何を言っても無駄だろうな。実際に回復させて、証明するしかないだろう。先が思いやられる。
のろのろと重い足取りで五月雨の元に戻ると、女たちは黒髪を残して蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
俺はリフトアップした五月雨を再び降着姿勢に戻すと、下手にいじられないようコンソールの電源を落とした。
倉庫を出て病気の女たちが放り出されている廊下へと向かう。俺の背後からは、頼りない足音が一人分ついてきた。
俺は捨てられている女の一人を抱き上げた。彼女は俺に気付いて、じっと眼を覗き込んでくる。アジア系らしく、褐色の肌に黒い髪をしている。そしてその黒い瞳は深い闇を湛えていて、俺を飲み込もうと渦巻いていた。
この女たちは冬眠していたはずだ。それならば冬眠ポッドがあるはずだ。メディカルコントロール機能を応用すれば、医療用ポッドとして使えるだろう。
「あ……あの……あたし……」
黒髪がおずおずと話しかけて来る。
「起きた時どこにいた?」
振り返らずに聞くと、黒髪はすぐに頷いた。
「あ……え……こっちだよ!」
走る黒髪の後を追いかけた。
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