死神の仕事
天気のいい日だった。老婆はロッキングチェアに深く座り縁側にて日向ぼっこをしていた。12月だというのに太陽の光は暖かく風もほとんどない。そんな穏やかな陽気に身を委ね、まどろむ老婆の前に予期せぬ訪問者がゆっくりと現れた。
「お休みのところ申し訳ございません。アタクシ、こういったものでございます」
「へ?はあ、どうも……あぁ、あんた死神さん。死神さんね。こりゃまぁどうもどうも」
老婆は渡された名刺を見て、目の前でフワフワ浮いている黒ずくめの男にお辞儀をした。
「あまり驚かれないんですね」
「そりゃもうあんた、100まで生きて今更この世に未練なんてありゃしませんよ。さ、わたしのお迎えに来たんだろ?早いとこ連れてっておくれ」
「いや、それが今連れてくというわけにはまいりません。実は、今日はお婆さんの今後をお伝えしに参ったのです」
「はあ」
「結論から言うと10日後にお婆さんは心臓発作で倒れます」
「あぁそれで死ぬんだね」
「いえ、それがすぐに救急搬送され、様々な処置が施され一命を取り留めます。しかしそれからはベッドで寝たきりとなります。それが約一年続いた後亡くなります」
老婆は目を瞑り、ロッキングチェアをゆさゆさ揺らしながら黙って聞いている。
「なんとかその10日後の発作で死ねないかねぇ?」
「もちろんアタクシもそのタイミングで連れていきたいのですが……ご近所さんが見つけてくださるんです。さすがに目の前でおばあさんが倒れてるのにそのままにしとけないでしょう。今は携帯電話も普及してますし、すぐに救急車を呼ぶことができます」
「それもそうだねぇ」
「そこからは医師団の懸命な救命措置で、おばあさんは一命を取り留めます」
「まぁお医者様たちもそれが仕事だもんねぇ。仕方ないかぁ……あんたの力でもどうにもなんないかねぇ?」
「それがなかなか難しいんですよ。ここ数十年で社会は大きく発展しましたからね。いわゆる(手遅れ)ということがなくなってしまいました」
「だが、あんたたちは昔、その大鎌で魂刈り取ってたんだろ?いっちょその発作の時に刈ってもらえないだろうかねぇ……」
老婆は死神が携えている巨大な鎌を指さして言う。
「そうしたいのはやまやまなのですが……この鎌はもう助かる見込みがない魂を刈るために使うものなのです。おばあさんのように助かるはずの魂を刈り取ってしまうと、職権濫用とみなされ私は罰せられてしまいます」
「いろいろややこしんだねぇ」
「はい、今はコンプライアンスとかいろいろありますから……」
「あたしが子どもの頃は心臓発作で倒れたりしたら、もうその時点でどうしようもなかったんだけどねぇ」
「それを良しとせずにこうやって、命が助かる社会が作り上げられたのですよ。私たちにとっては迷惑な話ですが、人間の叡智には驚かされるばかりです」
「しかし、本人に未練がないのに周りが死ぬことを許さない、っていうのもなかなか難しい世の中だねぇ」
「仕方ありませんよ。皆、意地悪でおばあさんに救命措置をしてるのではないのですから」
「そうだよねぇ。わたしのためにやってくれてるんだ。無下には断れないよねぇ」
「本当に難しい話です。自然の理も今は昔。あきらめるしかなかった物事に関しても解決できるようになり、あらゆる選択肢が増えてしまった結果、仕方ないと諦めることなんてのはほとんどなくなってしまいました」
「人間、生まれてから死ぬまでなかなか思い通りにはいかないものだねぇ」
「皆、思い通りにできる世の中を目指し努力してるにもかかわらずです。世の中の仕組みは複雑です」
老婆はゆっくりと目を瞑り、日差しに身を任せ揺れ続けている。
しばらく揺れ続けた後、老婆は何か思い出したようにゆっくりと目を開けた。
「ところであんた、時間はあるんだろ?お茶でも飲んでいきなよ、少し前にもらった羊羹があったはずだ」
「あ、いやお構いなく、仕事中ですので」
「何が仕事だい、さっきその鎌も使うことがなくなった、って嘆いてたじゃないか。商売あがったりなんだろ?真面目一辺倒もよくないよ。うまくいかないことを克服するのも大事だけどね、流れに身を任せるのも、それと同じくらい大事なんだよ。あたしゃ100まで生きてんだ。年寄りの言うことは聞くもんだよ」
「……アタクシ800年死神やってるんですがね」
「なんだいあんた、800年生きてまだそんなこともわかってなかったのかい?色々教えたげるからまあ、あがんなよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
死神は老婆の隣に座り、足を崩し羊羹をほうばり、茶をすすった。
「死神稼業もそろそろお終いかなぁ」
錆びでぼろぼろになった大鎌を見て死神はつぶやいた。
相変わらず縁側はポカポカと暖かかった。
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