セキュリティハウス


 大都会を遥か下に見下ろすタワーマンションの最上階に私は今住んでいる。


 先日、田舎から出てきてこの街に越してきた私は不動産屋をまわり、ちょうどいい物件を探していた。

 こっちに出てきて初めて知ったのだが、この大都会では六畳一間の部屋を借りるのにも相当な金額の家賃を払わなければいけない。

 少しでも安くて広い部屋を借りようとしていた私に「とっておき」といって紹介されたのが、このタワーマンションの最上階の一室である。

 信じられないことに、この部屋だけそこら辺の六畳一間のアパートよりも安い賃料で借りることができた。

 具体的な金額を言うと「0」が一つ少ないのである。

 流石の私も不審に思い、いろいろな質問を投げかけてみたが何も問題はないとのことである。

 なんでも、この部屋での生活費、ガス使用量や電気水道代などのデータを取らせてもらう代わりに安く貸しているというオーナーの意向だそうだ。

 もちろんそのデータを使用するとき、私の名前は公開されず匿名として使われる。

 新薬の治験のようなものだな、と私は納得してすぐに契約した。


 実際に住んでみるとその快適さは素晴らしかった。

 ご近所さんはみなお金持ちそうだったが、私とはまるで"顔なじみ"のようにニコニコして接してくれた。


 しかし、特筆すべきは何といっても窓からの眺めだった。

 この街でも有数のタワーマンションの最上階なのだ。

 休みの日などは窓から地上を見下ろし、あくせく働いているゴマ粒のような人間を見下ろしては優越感に浸っていた。

 窓から見下ろした大都会の夜景の写真とともに私は文章をブログに挙げた。

「素敵なマンションです。窓から見える最高の眺め、都会の夜景が家にいながら楽しめます!皆さん是非遊びに来てください!」


 しかし、数日後、私は何となく違和感を感じるようになっていた。

 帰ってきて玄関のカギをかけたその時から、誰かに見られているような気がする……

 おそらくは気のせいであるとは思う、このようなタワーマンションでの暮らしに慣れていないためかもしれない。

 だが、日に日にその感覚は強くなっていった。最初は違和感だけだったが、最近では部屋のどこに行っても常に監視されているような気がする。

 風呂に入るときも、トイレに行くときも、誰かに見られているような気がする……

 視線を感じて後ろを振り向いても、もちろんそこには何もないし、誰もいない。

 不安に思い、高名な霊能力者に部屋を見てもらったが、悪霊の仕業でもないらしい。

 私はいつも通りパソコンを開き今の自分の状況をブログに綴った。

「最近どうも誰かに見られてるような気がします。疲れてるのかな?こんな時は夜景を楽しもう。私の働いているオフィスもよく見えます。都会の暮らしは最高だ!明日からも頑張ろう!」





 不動産屋の男と、厚化粧のでっぷりとしたマンションのオーナーが話をしている。

「しかし、いいんですか?最上階の部屋をあんなに安くで貸しちゃって?」

「いいんですよ、あの部屋には少し細工をしてますからね」

「細工?」

「あら、口が滑っちゃったわね。……ここだけの話ですよ?あの部屋には実はたくさんの隠しカメラが付いていて、入居者の様子が、他の住人にリアルタイムで配信されてますの」

「え!?そんなことが?でもいいんですか?プライバシーとかってのは……」

「あら?今はみんな聞いてもいないのにブログとか動画配信なんかで私生活の様子をネタにしてるんじゃないの?それなのに今頃プライバシーって言われてもねぇ……」

「まあ、確かにそうですね……しかし、そんなもん他の住人は見るんですか?」

「それが結構評判いいのよ。ほら、このマンションの住人ってお金持ちが多いでしょ?庶民のリアルタイムの生活に興味あるみたいでね。視聴率は常に50%超えよ。有料チャンネルにしてるからあの男の家賃が安くても十分元は取れてるってわけ。最近では広告をつけたいなんて企業もいるぐらいよ」

「はあ、うまいことやりますね」

「けど、見るほうも見るほうよね。それこそさっき言ったみたいに、今はみんな、ブログだ、動画だ、って自分の私生活を"無料"でネタにしてるのにね。皆さんそっちには興味がないのよ。ちょっと高くても、こっそり覗き見する方が楽しいんでしょうね」

「背徳感とか罪悪感とか、そういったものが好奇心を駆り立てるんですかね?」

「そうかもしれないわねぇ、でもアタシから言わせたらどちらもおバカさんですわぁ。まあ、それで儲けてるアタシ達も、同じ穴の狢よねぇ。オホホホホホ!」

「いやはや、人間ってのは業の深いもんですな」

「ほんと、そうですわねぇ……あらやだ、またこの人、インスタントラーメン食べてますわよ。毎日毎日よくも飽きないわねえ。ほんと、おもしろいわぁ!オホホホホホ!」

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