不都合な真実

 全世界が待ち望んだ人型ロボットが開発された。

 ロボットの名は「デルフォイ」


 一度しかない我々の人生において誤った行動は無駄である。

 そんな無駄を省きたいといった声により生まれたロボット、質問者の望みを叶えるための最短かつ最適な答を導き出す「神託」ロボット、それが「デルフォイ」だった。

 この夢のロボットは瞬く間に売れ、一大ブームを巻き起こし、社会現象にもなった。


 男は尋ねる。

「私は賢人になりたい。頭の良い人間になりたい。しかし、どうすればよいかわからない…どのように行動すれば神話の時代のような賢人になれるのか。デルフォイよ…私を導いてくれ…」

 神々しい光を放ちながらデルフォイは言う。

「賢人たちも生まれながらにして賢人であったのではありません。たゆまぬ努力により、やがて賢人と呼ばれるようになったのです」

 チーン!と音がし、男の目の前に分厚い書物がたくさん現れた。

 哲学書に法律書、文学雑誌に官能小説、あらゆるジャンルの書物が現れ、あっという間に男の部屋を満たした。

 その中には外国語で書かれているものやゴマ粒のように小さい文字のものもあった。


「……これを全て読めと?」

「そうです。賢人になるにはまずは知識を得ることです。これらの書物は偉大な先人たちの知恵の結晶です。その知識を得ることであなたは賢人となるのです」

 デルフォイは極めて冷静な声で答えた。

「いや、しかし私には…ちょっと、これを全部読むのは難しいかと…」

「…なるほど。わかりました。それでは…」


 チーン!と音がし、外国語の翻訳書に虫眼鏡、お洒落なしおりまでもが目の前に出てきた。

「ささ、これで読めないということはないでしょう。私としたことがついうっかりしておりました…配慮が行き届かず申し訳ありません…」

「…いや、そういうことではなくて」

「おや、どうなさいました?これで賢人になれます。賢人の道を存分に驀進なさってください」


 男は少し考えて口を開いた。

「…たった今、賢人の夢はあきらめました」

「あら、そうですか?もったいない」

「どうやら私には向いてなかったようです。…第二希望よろしいですか?」

「どうぞ」

「昔から私は体がヒョロヒョロで虚弱体質気味、すぐに体調を崩します。どうにかして強い体を手に入れたいのです。超人のように強い体!…デルフォイよ!私を導いてくれ!」


 神々しい光とともにまたしてもチーン!という音がし、そこに現れたのは筋トレ器具に鶏のささみ、さらには乾布摩擦用のタオル、得体の知れない塊がプカプカ浮いている液体もあった。

「さあ、これで強くなるのです。今までの自分と決別するのです。あ、もしかして効率的なトレーニングの映像もご所望ですか?」

「…あ、いえ、あの、出来ればもう少し手っ取り早く強くなれる方法があればありがたいのですが…ところで、この液体は何ですか?」

「これ?紅茶キノコ。免疫力がアップします」

「第三希望よろしい?」

 男は何事もなかったかのように尋ねた。

「まぁ!なんと欲張りな方だ!よろしいでしょう。その強欲さは裏を返せば向上心、ハングリー精神です。私の名はデルフォイ、あなたのために何でもお答えします。さあ…」

 デルフォイが言い終わるよりも早く男は叫んだ。

「知識も健康もいらない。その代わり金をくれ!楽に金儲けをさせてくれ!デルフォイよ!私を導いてくれ!」

 少しやけになっているようだった。


 チーン!と音がし、バールにピストル、金属バット、大きめの手提げバッグに覆面マスクまで出てきた。

 呆気にとられる男をよそにデルフォイは屈託のない顔で満足そうにニコニコ笑っている。

 男は黙ってコンセントを抜いた。


 デルフォイの神託は何も間違ってはいなかった。

 何も間違っていなかったが、社会現象にもなったブームはすぐに去った。

 夢のロボットは押し入れや倉庫に押し込まれ、ひどい所では田んぼの真ん中でかかしとして立たされたりもした。

 だが、その表情は皆、屈託のない満足げな笑顔のままだった。

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