宇宙のチューニング
人々がいつも通り仕事をしていると空が急に暗くなった。
世界中の空が一瞬にして闇に包まれたのである。
人々はみな驚き、空を見上げた。
「あ、あの光はなんだ!」
「闇の中からから人が!」
闇に包まれた空の裂け目から光が漏れ、そこから巨大な顔が現れ、低い声で世界中に語り掛けた。
(ごきげんよう。滅びる運命にある星の民よ)
「滅びる運命?」
「あ、悪魔だ!闇の中から急に現れるなんて…悪魔に違いない!」
「いや、神だ!光とともに現れたということは導きの神だ!」
(そのように善悪のはっきりとしたものではない。神や悪魔というのは諸君が都合よく作り出した仮初の存在だ。しかし、私の存在を理解せよというのも無理な話。……そうだな、宇宙全体の『調律師』のような存在だと捉えてもらうとよい)
「調律師?」
(その通り。諸君たちは聞いたことがないかもしれぬが、宇宙というのは一定の音程に保たれており見事なハーモニーを奏でているものだ。しかし、最近その音程に狂いが生じている。不協和音が聞こえる。調べてみるとこの星が原因だった)
人々はお互いに顔を見合わせざわめく。
状況が呑み込めないでいる様子だ。
(いきなりのことで混乱しているようだな。それでは結論から言おう)
世界中が静まり返った。
(この星は間もなく滅びる。人口の増加による自然資源の枯渇が主な原因だ)
人々は、またざわめきだした。
そのほとんどが「何をバカなことを」といった内容の、笑いの混じったざわめきだった。
(無理もない。いきなり星が滅びるなどと言われて素直に受け取る者の方が少ない。それは今まで同じことを数多の星で宣告した時もそうだった。しかし、私は調律師として、ただこの星が滅びるのを見過ごすわけには行かないのだ)
もうほとんどが調律師の言葉など聞いていなかった。
(そこでこれから一年後、選び抜かれた者を最近誕生した新しい星に移住させる。そこには何もない。つまり新たに生活を始めてもらう。そして選ばれなかった者は、滅びゆくこの星と運命を共にしてもらう。なお、ほとんどの者が信じていないだろうから、私は五日おきにこの場に現れ、諸君に語り掛けるとする。それでは健闘を祈る)
調律師がその言葉を言い終えると、空は何事もなかったように元に戻った。
人々は気味悪がったが、空に顔が現れて予言めいたことを言ったとしても自分たちの生活が大きく変わるわけではない。
働き続けなければ生活できないのだ。
マスコミは事件を大きく取り上げ、緊急特番などが組まれたりもしたが、結局人々の生活が大きく変わることはなかった。
そして五日後、人々もあの顔の言ったことを気にしないわけではなかったが、予言が気になるからと言って仕事をやめるわけにもいかなかった。
予言のことを忘れ仕事に没頭しだしたころ、世界は再び闇に包まれた。
(ごきげんよう。滅びる運命にある星の民よ)
またしてもあの不気味な顔が現れ低い声で世界中に語り掛けた。
予言通りの出現とあっては人々もさすがに真剣に耳を傾けざるを得ず、皆、一様に口を開け空を見上げた。
(予言した通り五日後にこうして現れたわけだが、これで少しは信じてくれるかな?)
今回はほとんどざわめきも起こらなかった。
(それでは予言のおさらいだ。この星は自然の枯渇によって近いうちに滅びる。そのため選び抜かれた者を最近生まれた資源の豊かな星に移住してもらう。そこで新たな生活を送ってもらいたい。これは私の調律者としての救済活動である。選考基準だが、移住先の星はいまだ文明と呼べるものがない。つまりこの星のように君たちは便利な生活を送ることができないのだ)
民衆は黙って空を見続けている。
(そこで、移住させる者はその星を地球のように文明的な星にすることのできる仕事熱心な者だけということにする。この星と運命を共にしたくない者はその日までの一年間、大いに働いてくれたまえ)
そう言うとまたしても顔は消え、いつもの空に戻った。
さらに五日後もそのまた五日後も顔は予言通り現れた。
もう顔の予言を信じない者はおらず、人々は死に物狂いで働いた。
滅びゆくこの星と運命を共にしたくない。
そう思う人々は老若男女、全てが死に物狂いで働いた。
「どうせ人間いずれは死ぬんだよ。」
達観した怠け者だけがいつも通り何もせず、ごろ寝を決め込んでいた
運命の日、その日も人々は働いていた。
やがて空が暗くなった。
(ごきげんよう。滅びる運命にある星の民よ)
おなじみの顔が現れた。
(運命の日がやってきた。おめでとう。それでは選ばれた者を新たな星へと案内するとしよう。そこでも今までと同じように豊かな生活を送るために働いてくれたまえ)
言い終わると同時に人々は光の玉となり、真っ暗な空へと舞いあがった。
そして予言の顔とともに彼方へと飛んで行った。
死に物狂いで働いた多くの者が光の玉となり新たな星へと移住した。
残された者たちは、いわば怠け者、あくせく働くぐらいなら滅びゆく星と運命を共にしたほうがいい、と言ったような考えの持ち主ばかりだった。
残された者たちは大きなあくびをしながらそれを見届け再び横になった。
するとまたしても顔が現れた。
(ごきげんよう。突然だが、この星に残された君たちに謝らなければいけないことがある)
怠け者はみな横になりながらその顔を見ていた。
(この星のほとんどの人々が新たな星へと移住した。実はこの星の滅びる原因は仕事熱心な彼らによる果てしない文明化によって起きる自然の枯渇だったのだが…その原因となる仕事熱心な人々は新たな星に移動してしまった。今、シミュレートしてみたのだが、やがてこの星は健康になり、元の自然豊かな星に戻るだろう。変に不安にさせてしまいすまなかった。)
怠け者はその様子をぼーっと眺めていた。
中には無関係とばかりに大きないびきをかいて寝てる者もあった。
(しかし、これで不協和音も消え、宇宙のハーモニーは保たれた。調律師としての私の仕事も無事完了したというわけだ。この星も以前のように深く美しい音色を取り戻すだろう。おそらく残された諸君に心配は無用だと思うが、君たちもこの星を構築する一つの要素に過ぎないと言うことを肝に銘じ、くれぐれも同じ過ちを犯さないでほしい。それでは私はこれにて、ごきげんよう。)
そう言い残すと顔は消え、以前よりも澄み切った空が世界中を包んだ。
残された者たちはその空を見上げまた大きなあくびをした。
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