幸せの正体
「すみませーん。」
「はい、いらっしゃいませー。」
「あのね、いい物件をね、探してるんです。」
「いい物件といいますと具体的にどのような…」
「うん、まあ年収は多ければ多いほうがええな。」
「はい。」
「ほんでまあ優しいにこしたことはないな。」
「ええ。」
「まあけど最終的にあたしのこと愛してくれる物件やな。」
「…他にご要望はございますか。」
「まあ言い出したらきりないからなここら辺にしとくわ。あ、イケメンとまではいかんでもそれなりのルックスの良さは欲しいかな?なんちゅうか、かわいい感じやな。うん、かわいい感じのがええな。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
「んん、頼むわな。」
「お客様の先ほどのご要望をかなえた物件なのですが一軒該当物件が見つかりました。」
「お、さすがやね!ほなさっそくみせてもらおか!」
「はい、こちらの物件になります。」
「お、なかなかええやん。まあいわゆるイケメンって感じではないけど優しそうで嫌いやないわ!年収や資産はどないなってんの?」
「はい、こちらがこの物件の去年の確定申告書の写しとなっております。」
「…おお、十分やね。」
「ちなみに資産ですが都内にマンションを一部屋所有しております。」
「完璧やな!ほなこの物件にするわ!」
「ご契約ありがとうございます。それではこちらの物件の敷金礼金ですが…」
「……なんや!この額!?ごっつい値段するやん…」
「お客様のご要望を満たした物件となりますと、このくらいにはなりますかと…」
「ま、ええわこんなええ物件なかなかないやろうし、この収入やったらすぐ元とれるわ。はい、ほなたのんます。」
「…確かに、それではありがとうございました。よい夫婦生活をお楽しみください。」
「あああ!これで晴れて幸せな結婚生活やで!これからバリバリ働いて幸せな結婚生活をクリエイトしよな。あ・な・た♪」
数日が過ぎた。
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ、やあれへんがな!なんやこの物件!仕事辞めよったぞ!敷金礼金なんぼ払ったと思ってんのや!」
「お客様落ち着いてください。」
「落ちついとるわ!ほんましょうもない物件つかませてくれたな!収入ええし大人しそうやから選んだのにとんだ不良物件やないか!こんなもん突き返すわい!」
「物件の解約はお客様のご自由ですが、見た感じこちらの物件は相当傷んでるみたいですので違約金等々相当な額をお支払いいただくことになると思いますが…」
「はぁ?はぁやな!あたしは普通にしてたよ!普通にしてたのにこの人がどんどん元気なくなっていったんやで!」
「私共はお客様のご要望通りの物件をご用意させていただくまで仕事ですのでそういったことのクレームはお受けしかねます。」
「じゃあなにか、この人と仲良くできんかったあたしに非があると?」
「大変申し上げにくいのですが、そうならないためにもお互いを理解して思いやることが愛であり結婚生活だと思うのですが…」
「なんや!?あたしは客やで!客に説教垂れるんか!?」
「あ、いえ、そのようなつもりは全くございません。」
「とにかくそんなあほみたいな話で違約金なんか払わへんで!」
「では、解約はしないということでよろしいですかね?」
「あ?あほ言うな!一銭も稼がへん人間と一緒に暮らしとってもしゃあないやろ!解約じゃ!解約じゃ!!」
「これまた大変申し上げにくいのですが、互いに何かあったときにある程度は自分の身を犠牲にしてでも支えあうのが結婚生活だと思うのですが…」
「なんや!また説教か!その結婚がなかなかできんからここに足運んだんやろが!客やぞ!お客様は神様ちゃうんけ!」
「申し訳ございません。」
「おお。」
「それでは違約金のほうを…」
「やから、なんでそんなもん払わなあかんのや、一銭も払わんからな!」
「その場合は契約違反としましてお客様を最悪逮捕しないとならなくなります…私共としましてもそれだけは避けたく…」
「逮捕でも何でもしてみい!せっかく幸せになれると思ったのに!せっかく幸せになれると思ったのにい!!!…くそがっ!!」
お客様は走り去っていきました。
「ありがとうございましたあ!」
解約された物件はよほど怖かったのかブルブル震えながらその様子を見ておりました。
「………」
「…それにしてもあなたも何度目ですか?いつも途中で仕事をやめたり、精神病になったり…」
「………」
「私どもの仕事は信頼で成り立ってるところもあるんですよ?また悪評が立って変なレビューを書かれたりするんですから。」
「………」
「大体、結婚なんて我慢することのほうが多いんですよ。何か事あるごとにいちいち腹を立てたり傷ついてたりで他人同士が共同生活なんて送れるとお思いですか?」
「………」
「なんにせよ、そろそろ事故物件として扱わざるを得ませんね。いい加減待つだけじゃなくて自分から相手を探したらどうなんです。」
「……なかなか…勇気が出ないというか…話が苦手で…」
「またこれだ。お言葉ですがね。自分で努力しないで幸せがそう都合よく舞い込んでくると思いますか?…あなたみたいな人がいるから私たちの商売が成り立ってるので小言を言うのもおかしな話なんですけどね。大体、一生懸命努力して意中の人と誓いのキスをしたって幸せになれるとは限らないのに…そりゃ稼がないとわかったら捨てられますよ。今までの女性はあなたを好きになったんではなくてあなたの資産を好きになっただけなんですよ?あなたはおまけなんです。シールについてるおまけウェハースみたいなもんなんです!情けない!」
(リリリリリン!リリリリリン!)
「あー、はいはい。」
「……おまけウェハース…」
物件はよほど傷んでいたのか同じことを片言のように繰り返していました。
「もしもし、結婚不動産でございます。…なんだ君か。…あのね、職場には電話しないでくれって何度も言ってるだろ?メールで事足りるだろ!え!何?…なんで帰りにそんなところ寄らないといけないんだ!」
「…おまけウェハース」
「君が行けばいいだろどうせ暇なんだから!……ヨガ?あのなんだ…ティラピス?なんかよくわかんないけど、そこの教室行くまで歩けばいいじゃないか?なんだってそんな遠くの教室に行くのに車で行くんだ?車を使ってまで遠くに行ってわざわざ運動するってなんなんだ?早起きしてそこらへんを歩けばいいだろ?もしくは満員電車だ!あれに揺られてみなよ!体幹も鍛えられるよ!」
「うぇ、うぇ、うぇはーす…」
「時間がいくらでもあるんだから君が行けばいいだろ!」
「ウェハース…」
「僕だって忙しんだ!あー!うるさい!いい加減にしろ!」
(ガチャ!!ツーツーツー)
「ギーーー!!!僕を何だと思ってるんだ!用件だけ伝えて自分のタイミングで電話切って!どうせこの後はいつもの流れだ!メールが来るんだ!」
(あなたの言いつけ通りメールでおつたえします。)
「とかなんとか言って!悪口でたくさんの迷惑メールが!」
(you got mail♪)
「ほらきた!」
「…うぇはーす。」
とは言え無視するわけにもいかず彼はメールを見にパソコンへと向かいました。
「……今の私からすればあなたや先ほどのお客さんの方が幸せに思えますよ。結婚てのは一体何なんでしょうね?幸せになれると思ってしたのにいざしてみたら楽しいことばかりじゃない…それは妻も同じかもしれませんが…これは何なんだろうな?何かに似てる気がするんだよ。」
「………」
「…キャビアかな?食べるまではわくわくしてたけどいざ食べてみるとそうでもない。ははは、そうだな、キャビアだな、キャビアだ。」
「キャビア、キャビア、」
「…もうこんな時間だ。情けないけど妻の言いつけを守って買い物をして帰るよ。無視したって何もいいことはないんだから。なんで家と逆方向の店の洋菓子が食べたいなんて言うんだあいつは…行きも帰りも体幹トレーニングだ。」
「ヨウガシ、ヨウガシ、」
「いや、もしかしたら妻は私の健康のためにわざと帰りにお使いを頼んでるのかもな。…そう考えるのが幸せだな。そう考えよう。そう考えることにしよう。」
「オクサン、ヤサシイ、」
「ワインが確かまだあったかな。せっかくだから奮発して少しだけキャビアを買って帰るか。そして二人で食べよう。できるだけ楽しい話をしながら。」
「………」
「彼女はキャビアを食べないかもしれないけど…」
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