あいをすくう


ぽたりとこぼれ落ちるあいを見た。

流れるそれは透明で生ぬるく、どうしようもなく生を感じさせた。

青い瞳からこぼれ落ちるソレは海みたいだなと、どうしようもないことを考えながら僕は華の瞳から溢れる液体をすくっていた。


事の始まりは、数十分くらい前。

何事もなく、いつも通り、ただ、意味なく他愛のない雑談をしていた。

内容はなんだったか、前の華の話だっただろうか。

珍しく、前のことを聞きたいと言われた。


「どの?」

「一番最初の?」

「いいよ」


そう言って、ぽつりぽつりと一番始めの華について語っていった。

天真爛漫で手のつけようがないほどのお転婆娘だった。

跳ねるような足取りで、柔らかく細い手で僕の腕をとって、どこへでも自由に連れて行った。


青空広がる美しい花畑や怖いほど暗い海。

青々とした木々が生える森の中。

人が沢山行き交う街。夏の夜の祭り。

秋の紅葉狩りとかもいったかな。

冬は…あの子は寒いのが苦手で冬になるとよく店の中や家の中でお互い本を読んだり読まなかったり。甘いものを食べたいと急に外に出ていくこともあった。


懐かしい思い出だった。

いつもは心の奥底にしまってあるソレは溢れるとぽろぽろといくつも言葉という音になって華へと届いていった。


胸を締め付けるような甘ったるく暖かい何か。

この感情を僕は知っている。愛と呼ぶ。多分。

やはり、僕の中で一番始めのあの子は特別なのだろうか。

僕ばかり語ってしまってなんとなく、気恥ずかしくなった。


「僕ばかりに話をさせて…華、もういい…?」


そこで顔を上げると、華は嗚咽を漏らすでもなく、ただただ静かに涙を零していた。

驚いた。

心臓が止まるかと思った。

確かに僕の時間はそこで一瞬停止した。

何で泣いているのかわからない混乱。

泣かせてしまったという罪悪感。


「ど、どうしたの…?」


慌てながら僕は華へと近づいて溢れる液体をすくいとっていた。


「うーん…私が泣いてるのかな?」

「は?何言ってるの…」

「私じゃない誰かが泣いてるのかもね」

「え?は?もっと真面目に…」

「…私の中の、あの子が、嬉しくて泣いてるんじゃないかな?」


あの子と同じようで違う青の瞳はゆらゆらと揺れている。

でも、しっかりと僕を見つめていた。


───そうか。君もまだソコにいるんだもんね。ごめん。勝手に過去として扱って。

君、居なくても、居ても本当に面倒な女の子だよ。


「でも、私的にはやきもちかも」

「えっ」

「だって、音無くんのそんな顔初めて見た」


ふいっと拗ねたようにそっぽを向かれた。

手をぺしっと跳ね除けるおまけ付きときた。

払われた手を自分で慰めるようにさすった。


「なんだよ。いいだろう別に」

「いいよ?だって今は私が一番だもん」


ドヤ顔をしながらえっへんと胸を張った華、どうしたらそこまでの自信がつくのだろうか…。僕の一番が華という確証はない。

いや、一番なのは認めるんだけど。


「自信あるね」

「うん!だって私の一番も音無くんもだん~」


素直に、笑顔で、そう言われると僕は直視できない。

眩しい、と感じる。


素直で、明るくて、察しがよくて、変に空気が読めない子。

それが今の華だ。


あの、お転婆娘とはやっぱり違う。


でも、その笑顔は一緒なんだよなぁ…。


笑う彼女にはもう涙のあとは見当たらなかった。

こぼれ落ちた涙は愛を確かに告げていた。


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