夏の夜
夏の夜、じっとりとした空気が肌にまとわりついてジメジメとして暑い。
照りつける太陽はないが、ムシムシとした暑さに体力が削ぎ落とされていく感覚がして外出も億劫になりがちだ。
だが、今日はどうしても食べたくなってしまったガツンとみかんを買いにコンビニに来ていた。コンビニに入った瞬間に冷房の風が丁度当たって涼しい。
ひんやりとしたちょうど良い風が肌の汗をましにしてくれた。
「あ」
「ん?」
ふと、横から声が聞こえて見てみると見知った顔が見えた。
長い黒髪を高い位置で一つに結んでいる。
随分とラフな格好だ。Tシャツにハーフパンツ。
手には今しがた買ったのであろう商品が入った袋が揺れている。
「音無くんじゃーん」
「華…夜に出歩いたら危ないと思うけど」
「ゆーてまだ、9時よ?良い子も悪い子も全然起きてる時間じゃん」
「女の子でしょ…一応」
「いちおーね!ねね、何買うの?」
「ガツンとみかん」
「美味しいよね。私はついさっきコンビニアイスを買った。」
「あぁ、安くて美味いよね」
アイスのコーナーへと足を進めると華も後ろをぺたぺた付いてくる。
サンダルの音がちょっとだけ聞こえた。
アイスコーナーには、当たり前だけどアイスが並んでいる。
お目当ての商品を見つけるとついでに飲み物も欲しくなる。
三ツ矢サイダーを手に取る。
レジへ向かって会計を終える。
「で、僕に何か用事だったの?」
「んぇ?別に!寄り道して帰ろーよー!」
ニコっと満面の笑みを浮かべる。
まぶし…。夜なのに太陽を見た気分になって目がしばしばする。
一度ため息をついてコクリと頷く。
昔から、華の頼みごとには弱いのだ。断ったことは多分ないはず。
いや、あったかな。
そんなことを考えたながら二人で歩いていく。
夏の風が首元を過ぎていく。湿っていて暑い空気。
三ツ矢サイダーを開けて一口飲む。
シュワっとした炭酸と冷たさが少しだけ体温を下げたような気がした。
何気ない話をしながら歩いていく。華についていくようにして。
いろんな道を真っ直ぐ行ったり、曲がったり、行き先は見えてきた。
波の音が聞こえる。
───海だ。
夜の海は暗い。でも月明かりが青っぽく光って水面を揺らしている。
怖いような綺麗なような景色。
黒い海は奥へ行くのを躊躇わせるが隣の華はきゃー!っといいながらサンダルを脱いでそのまま海へ駆けていった。
「ちょ!華…!」
「えへへー!ぬるー!」
「…はぁ」
パシャパシャと来る波に足をつけて遊んでいる。
子供のようだ。変わらずに楽しそう。
ため息をつきながらその風景を見ている。
「音無くんもおいでよ!」
そう、彼女は手を差し出してくる。
……
「いや、僕は…」
「一緒に行こ!」
月の明りは、青っぽく彼女の姿を見せた。
引き寄せられるように手を取る。
少しだけ僕より小さくて、やわらかい手。
その手に引き寄せられてパシャリと靴のまま海の水にあたる。
靴が濡れて気持ち悪い感覚だ。帰りのことを想像して少しテンションが下がってしまった。
その僕を見て華は笑う。
「ね、もうちょっと奥いこ!」
「危ないよ。波に攫われて死ぬよ」
「いいじゃん。ふたり一緒ならさ」
ゆらゆら
水面が僕たちの動きと一緒に揺れている。
月明かりが反射して華の輪郭が少しだけ揺らいで見える。
さらわれそう。
黒い髪も、青い瞳も、海の色だ。
腰のあたりまで浸かってしまった。まるで入水自殺前みたいだ。
「ふたり一緒なら確かに怖くないけどさ、僕まだアイス食べてないんだよね」
「あ!私もアイス食べてない!はやくたーべよ!」
思い出したかのように華がばっと岸を見る。
ぺしょっと置かれたレジ袋が見える。
うわーっと言いながら華が僕の手を引いて陸へと戻った。
レジ袋から出したアイスは既に少しだけ溶けていた。
「ありゃま」
「どんまい」
「海、もうちょっと入りたかったなー!」
「今度遊びに来ればいいでしょ」
「一緒に?」
「……一緒に」
耳の奥に波の音と彼女のからかうような笑い声が聞こえた。
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