本を閉じる


目が覚める

悪夢を見ていたように体が冷えている

海の中に居たみたいな指先の冷えに心臓が嫌な音を立てている

バクバクと耳元で心臓がなっているようだ

音が近い気がして怖い。


時計は深夜の2時を指している

もう、いい子が眠っている時間だ

僕は悪い子のようだから起きてしまったのか。


スマフォを手に取る

そのまま、画面をぽちぽちとタッチして文字を送る

こんな時間だから既読がつかなくてもいい

ただ、気を紛らわせたい気持ちでいっぱいだ。


有り得たかもしれない夢だからこそ最悪の寝起きだ

汗が気持ち悪い。

ベッドから降りて衣服を脱ぎ捨てて軽くシャワーを浴びた

温かいお湯が目を覚まし体に体温を戻してくれた


石鹸の清潔感のある匂いで随分と落ち着いた

汗も流してさっぱりしたせいか、もう眠る気分にはなれない


スマフォがピロンと高い音をあげて連絡を告げる

雑に肩にかけたタオルで髪を吹きながら画面を見る

華からだ。

起こしてしまったのだろうか

それだと申し訳ない。

メッセージアプリを開いて内容を読む


『今からコンビニ行かない?』


『馬鹿じゃない?もう2時半だよ』


『ふふー、もう外♡」


『待ってて』


もう夜も寒い

随分と冷え込む時期になってきたのに馬鹿

それでなくても女の子なんだから…

頭の中に小言が何個も出てくるがそんなことを考えていても

華との距離は縮まらない


かけてあったコートを手に取って

適当に着替えてから走っていく


二人で行くコンビニなんていつもあそこだ。


風が冷たい

もう完全に冬だ

いやもう完全に冬なのはわかっていたが

日が高いとまだまだ暖かい日もあったからつい油断した

まだ微妙に濡れている髪が少し気持ち悪い

走ると髪が冷える

最悪のタイミングだな。


走っていくとコンビニが見える

中に入ると軽快な音楽が流れ出す

聴き慣れた音楽だ。


華はカフェエリアにいた


「この時間帯って普通しまってない?」

「学生時代ここでバイトしてたからちょっとだけ開けてもらった~!」

「コミュ強め」

「誰かさんとは違うのだよ。あ、食べる?」



そういってはいっと包まれた何かを渡される

疑問を持ちながらも受け取る

暖かい、柔らかい、いい匂い


「肉まん?」

「そう、肉まん」

「そっちは?」

「ピザまん」

「あの時と違ってあってよかったね」

「あげないよ」

「取らないよ…あ、これ高いやつだ」

「冷えるかなと思って」


外がなのか僕がなのかはわからないが

なるほど確かに冷えていたのでちょうどいい。

隣に座る

深夜のコンビニでいい年した成人が中華まんを食べている

なんだこれ


「私は中華まん好きだけど」

「声出てた?」

「そんな顔してた」

「あっそ!」

「ねぇ、音無くん」

「何」

「付き合う?」


咀嚼して飲み込みかけた肉まんが変に喉に詰まった

だが、格好悪いので悟らせないように咳き込みながらゆっくり飲み込む

聞き間違いではない。

付き合う、付き合うときたかなるほど


「返事はわかってるんでしょ」

「もちろん」

「なんでコンビニ」

「終わった場所から始まるのってよくない?」

「…おいまさか」

「海、行こうよ」


─────────────────────────────────

いつもの笑顔に流された

肉まんが腹の中にいい感じに満たされた

外の寒さもあんまり気にならない。


手をつないであの高台へと向かう

階段を登る


「はえー疲れた」

「お前が言い出したんだろ」


手を引っ張りながら長い長い階段を歩いていく。

視界が開けてきた


あの時と変わらない

ゴミ箱の場所もベンチの場所も

柵も乗り越えられる。


「柵超える?」

「ばか、超えないよ」


軽口を叩きながらベンチに座る

冷たい。

華はハンカチを敷いてから座った

賢い。


「ありゃ、今日は月が見えないや」

「雲があるな」


タイミングが悪い

まぁ、でもいいと思う

月が出てたら海に落ちたくなるかもしれない

…もちろん冗談だけど。


「私にとって音無くんは太陽みたいな存在だよ」

「…随分と大きく出たね。」

「でしょ!音無くんは?」

「お前は僕の月だよ」

「ひゅ~」

「黙って」

「あ、照れてる音がする」


らしくないことを言った自覚が十分にある

伝わったようで最悪だ。

手を握る力が強くなるし熱くなった気がする。


告白の返事はいらないようだ。


「華」

「んー?」


名前を呼ぶと華が僕を見上げる

そのまま、ゆっくり顔を近づける


あの時と同じ距離。

僕と華の距離が一度ゼロになる。

そして、ゆっくりと離れる。


そして、あの時とは違うセリフを言うのだ。


「…今日も、月が綺麗ですね」

「…明日もきっときれいだよ」


そういうと、あぁ、うん

初めて華に泣かれた。

こぼれる雫も綺麗だなんて聞いてないよ。


華の背中に腕を回して抱きしめる

小さな嗚咽。

やっと、初めて実感する胸の中に湧き出る暖かいもの。


「僕と死ぬまで一緒に居てよ」


あぁ、これが愛してるってことなのか。


雲の切れ間から出てきた月を見上げながらそう思ったのだった。



──────────────────────────────────────

パタリと本の閉じる音がする。

この物語はこれでおしまいのようだ。

だが、きっとこれからも続いていく

二人だけの物語が。


めでたし、めでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る