IFルート もしも…


幸せな夢を見ている

僕がただの人間になって華と同じ時間を過ごして老いていく夢


背が伸びて世界が広がって見えた

服のサイズとかが合わなくなったりする

家族が当たり前のように居て朝の挨拶から夜眠る時まで

近くに誰かの感覚を感じる。

心の柔らかい部分を撫でられてるみたいなくすぐったい感覚

でも、嫌じゃなくてついつい笑みがこぼれる

ひだまりを見つけた猫のような気分


そんな温かい夢

目を開ける


冷たい水が眼を刺激する。

海の中

深海

光なんてもう入ってこない。

見渡す限り黒い、暗い、たまに光が見える深海魚

腕に抱いていた華もう居たりはしない。

冷たい水を抱きしめている


死ねはしなかった

やはり不老不死だったようだ。笑えない

唇に残っていたはずの温度はとうの昔に消えて冷たくなってしまっている

海水がしょっぱい


肺臓が海水でいっぱいになる

だから浮かない

苦しさも、もはや慣れてしまった。

這い上がろうという気分すらもはやない。


夢を見ていたい。

耳を刺激する水の音

目を閉じると名前を呼ばれる気がするんだ。


いつもの元気で楽しげな鞠が弾むようなぽーんとした高い声

いつも、同じ花が咲くような笑顔で、何でもない話題を繰り返す日々

あの日々もきっと僕は好きだっただ。

本当に好きだったんだ


高望みをした。

どうして、高望みをしたんだろう

いつだってあの時が一番幸せだって知っていたのに

死ねるかも知れないなんてそんな希望ないなんて僕が一番知っていた

僕は今生きているのか死んでいるのかすら自分でもわからない


海水に混じって涙が溢れる

同じ塩水みたいなものだ

どれだけ泣いても海と一緒になるだけだ。

声も出ない

水に邪魔されてしまう


名前も呼べないなんて


目を閉じる

夢を見るんだ。

幸せで温かい夢


そこでは一緒に大人になって行くんだ

何気ない日の休日に一緒に出かけたりなんかして

いつもみたいに手をつないで街中を歩いていく

歩幅が変わってしまったから僕が少しゆっくり歩いて

華がそれをからかったりして

「大きくなったね。かっこい~!」

っていうから照れくささと嬉しさ、でも素直になれなかったから

「華が縮んだんじゃない?」

なんて、天邪鬼で返してしまう


それでも、華が笑ってくれるから僕も楽しくなるんだ。

そんな夢を、見ていたいんだ。


でも夢は夢だ、いつも途中で意識が戻ってくる

苦しくて夢に逃げるの繰り返しだ。

陸にはいあがれば華とまた出会えるかも知れない


でも、もういいんだ。

こんな気持ちになるくらいなら僕は

自分の声だって魔女に売り飛ばしたい気分だ




───IF、もしも、死ねなかったら。

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