ときのながれ


多くの友人を看取ってきた

多くの命の最後を見た。


そして、同じ者をみた。


長い時を生きていく者

その子はその生涯で運命を見つけたのだ。


初めてあった日のことはよく覚えていない

彼はいつも彼だった。

どうやって自分のことを打ち明けたのかももう記憶はおぼろげだ。


俺は長い長い時の流れに身を任せて自由気ままに生きている。

同じだと思っていた彼は長い長い人生に終止符をうったのだ。

そして、新しい彼とは会っていない。


さて、そろそろ顔の一つも見に行ってみるか。


雨が降りそうな分厚いグレーの雲を見上げる。

一本桜の公園、その木の下のベンチ。

少女が見える


「やぁ、お嬢さん」

「………ぁ、時乃か」

「よく気がついた、流石の耳だ」

「うん、時乃はノイズ音だからすぐわかる」


黒く長い髪を耳にかけて俺を見上げる

星空の色をした瞳が長く俺の瞳と合った。

揺らがないし逸らさない

じっと奥を見つめる目、苦手だ。


「随分と姿が変わったね」

「あぁ、今は大人の姿なんだ。いいだろう?」

「随分な男前だね」

「口説いてる?」

「熱烈に口説こうか?」

「ご冗談、恨まれちまうぜ」


ベンチに座っている彼女の横に座る


「あいつは?」

「珍しく遅刻なんだ」

「へぇ、珍しい」


ポツリ、と一滴の雫が落ちてくる

地面を一度叩いて濡らすと次からはバケツをひっくり返したかのような土砂降り

ひどい雨の音だ。

電気が弾けて光る。


「…ねぇ、時乃」

「なんだい」

「私のこと嫌いなの?」

「いや?好意的に思っているとも」

「じゃぁ何で前回私とあわなかったの?」


お互いの口調は気安くて軽いものだ

だがどことなく重たさを秘めてしまった。

前回とは前世のこと、成長した彼女を見る

随分と、綺麗になった。


「俺もね、”お前たち”と付き合いは長いんだ」

「知ってる」

「…だからだよ」

「…?」

「変なところで察しが悪いな君は」


ため息を一つ

一呼吸飲み込む。


「何度も見送る彼を見てきた、覚えていない君を見送ってきた」

「あぁ、案外繊細だね。」

「俺ほど繊細で優しい男もそういないぜ」

「どうだか。」


ハハっと軽く笑う。

雨の音が俺たち二人の会話をかき消していく。


「私は結構時乃のこと好きだったんだけどなぁ」

「おっと、過去形かよ。今の俺は嫌いだって?」

「名前で呼ばないから嫌いだね」


───時が止まったかのような錯覚

雨の音が遠のいたような気がする

言葉を探して数秒の間が空いた


「……痛いところ突くなよ。意地が悪いぜ」

「全く、いつまで気にしてるのさ。ロマンティックボーイ」

「……やめろよ。お前には頭が上がらないんだ、いつも」

「ハハ、知ってるよ。私の付き人だったもんね」


あぁ、そうだよちくしょうめ。

生まれた頃から俺は本家に使えている使用人だ

表立って行動はあまりできない

本家の成り立ちから関わってきた存在

つまり、いつどの時代でもこいつは俺の主なのだ。


「変わらないねぇ時乃」

「……ご冗談よしてくださいよ…お嬢様」


はぁ、と自然に漏れるため息。


「いや随分割り切ってる方だよ。」

「うるせーよ」

「それで、私に用事じゃないでしょ?」

「いや、あいつの顔見てみようと思っただけさ…」


居心地が悪い

親戚一同の会食くらい居心地が悪い

過去を知っている人間というのはどうしてこんなにも気恥ずかしいのだろうか

雨が降っているのも構わず立ち上がり木の下の濡れない安全圏から出る


「ん、帰るの?」

「…そりゃあね」


過去のこと根掘り葉掘りと言われたらどうにかなってしまいそうだ

忘れている分嘘か本当かもわからないのだから


「ずっと気になってたんだけどさ」

「なんだよ」

「何で私に仕えてたことだけ覚えてるの?」


曇りなき眼でなんてこと聞いてきやがるこの小娘。

じっと見つめる瞳にたじろぐ


「……わすれた!じゃぁな!あいつによろしく頼むよお嬢様!」


知らないふりをして雨が降りしきる土砂降りの中を走っていく。

あの日もこんな日だった。

あぁ、最悪の気分だ…!


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路地裏で雨に打たれながらドブネズミのように汚れていた

腹の虫がなる

ボロ雑巾みたいな服が濡れていく

あぁよかった、洗濯したいと思ってたんだよ。

光の映らない瞳で曇天の空を眺めていた。


そこに光が見えた。

愛らしく可憐、美しい和服に身を包んで

誰も触りたがらない俺に触れた

『あ、生きてる』

『君ノイズ音ひどいね、人じゃないの?』

『行く場所ないなら私のところ来なよ』

『どうせ同じ人でなしどうしだし、ね。仲良くしよう。』

『私は華。あなたは?』

『時乃っていうの?おいでよ。』


そう言って俺の方に手を指し伸ばしてきた。

掠れゆく意識と記憶に残っている最初の記憶。

始まりの会話。



思い出させんでくださいよお嬢様…


俺は掘り出した記憶に蓋をしながら雨の中逃げるように帰っていったのだった。



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