最終話 刹那の夢を永久に見る
殺す、と宣言してからしばらくたった
もちろん無闇矢鱈に殺そうとしたわけじゃない
死に方にも理想というものがある、と思う
音無くんは普通に病気にもなるし、怪我もする
痛みもあるし治りも普通の人間と変わり無い
つまり、包丁でメッタ刺しにしてもただただ痛いだけの可能性がある。
まぁ楽な死に方なんてこの世にはない
だから、ずっと眠っていられる方法を探すことにした。
でもまぁ、関係性は変わらず私たちは、私たちのままだった。
出会ったのは春。
だがもう随分と冷え込んだ。
冷たい風が頬を刺す。
「今日寒いね…」
「華は寒いの苦手?」
「暑いのよりかはマシかも…」
「はは、僕も」
夜中、街灯の明かりが照らす道を二人であるく。
見上げれば星空が見える。
淡く光る月が街灯とは違った優しい光を私たちにくれた
二人で最後の道のりを楽しむ。
途中コンビニによって肉まんを買った
本当はピザまんの方が好きだけどなかったからしょうがない
「ちぇ、あの時ぐーだしてたら奢らなくてよかったのに…」
ジトっと恨めしげに音無くんを見上げる。
音無くんは素知らぬ顔で肉まん(悔しいことに一番たかいの)をかじっている
少し頬を膨らませると、指で頬を押されて空気がふしゅっと抜けた
「はは、間抜け」
「指噛むぞ」
「おぉ、こわいこわい!」
いつにもまして、テンションが高い
足取りが軽い。
食べ終わった肉まんはいつもと変わらない味がした
「所謂最後の晩餐なのに肉まんでいいの?」
「いいんだよ。僕はこういう何気ないほうがすき」
「安上がりで助かる~」
「言い方に悪意を感じるな…?」
「へっ!」
最後の最後でじゃんけんに負けてしまった
もう、音無くんに奢られることがないので若干の悔しさがある
二人でゆっくり歩いていく。
海の音が近くなった。目的地が近い
───────────────────────────
長い長い、階段を上がっていく
体力がすごいないってわけじゃないけど軽く息が上がる。
寒かったはずなのにちょっと暖かい
頬を撫でる風の温度が心地よくなった
「あーー!長い!」
「喋ると横腹痛くなるよ」
「もういたい!」
「軟弱じゃん、頑張りなよ学生」
「うるさいな~!」
長い階段を登っていく
高台。
周りは崖、柵に覆われている
ちらほらとベンチがある
いつもならカップルがよく来るが
夏でもないし、こんな寒い冬の深夜にいるのは私と音無くんだけ
どくん、どくんと少し早い鼓動が聞こえる。
お互いの手を握る
冷たい。外は寒い。
波の音が聞こえる。
「あ、ゴミどうしよっか…」
「ゴミ箱あるから捨てる?」
「ペットボトルオンリーのゴミ箱よすまない…」
もっていたコンビニの袋をそっと申し訳ない気持ちと一緒にゴミ箱に放り入れる
「ねぇ、華本当にいいの?」
「いいよ~別に。音無くんは嫌?」
「残念なことに死ぬほど嬉しい」
「熱烈な告白だね」
笑い合いながら二人で柵を超える
下を見れば白い波が押し寄せては引いている
ザザーっという水の音が聞こえる
キンとした風が髪を通り過ぎる
手を握る力が強くなった。
今夜二人で海に落ちる。
色々話し合った結果。
終わるならここがいい。
そういったのは彼。
一緒に落ちようと言ったのは私だ。
怖くないのかと言われると普通に怖い
後悔もしてきた。やりたいこともたくさんあった。
でも、もう考えないことにする。
一歩を踏み出せば二人で海にドボンだ
ふいに音無くんが口を開く
「華」
「ん?」
「…上見て」
「上…?」
言われるがままに上を見る。
満月。星空、暗い空。
「最後の景色は綺麗だね。100点って感じ」
「…風情がないな」
「む…じゃぁ風情があること言ってみてよ」
笑いながら言い合う。
指を絡め、痛いくらいに手を繋ぐ。
次の会話が、多分最後。
なんとなくわかる。
「───今日は、月が綺麗ですね」
「……私、死んでもいいわ」
返事を終えると体が傾く
重力に逆らわずにそのまま真っ逆さまだ。
落ちていく中抱きしめ合う。
風の音で何も聞こえない。
音無くんが途中体勢を変えた
ほんの数秒後、大きなバシャンという音が耳に響く
痛みはあった。普通にいたい。ちょっと意識が飛びそうだった。
それでも、手を離したりはしない。
冷たい水に包まれる、音が聞こえる
泣きなくなるような音。
水中で目を開ける。
赤い瞳と目が合う。
苦しさはある。
体が酸素を求める。
意識があるうちになにかしなきゃいけないことはあるのだろうか。
そっと、音無くんの腕が私の頬に触れる。
水中で動きがゆるい。ゆっくりと近づく
そのまま、距離が一度零になる。
───最後に感じた暖かい温度。
それを最後に、私の意識はなくなった。
───────────────────────────
とある晴れた日。
天気がいい
一本の桜の木の下に座る。
今日は不思議な夢を見た。
誰かと一緒に落ちる夢。
刹那のようなほんの瞬きの永久を求めた。
「我ながらメルヘンチック…」
桜の木に触れる。
今日は、20歳の誕生日だ。
祝ってくれる友人や家族のおめでとうのありがたい言葉を全て返し終わったあとだ
誕生日だが、いつまでたっても祝われるのにはなれない。
気恥ずかしい。
目を閉じた、夢を想う。
───タンタン、と足音が聞こえる。
珍しい、こんなところに人が来るなんて。
人よりも耳の良い私はその音に気がついてくるりと後ろを振り返る
背の高い男性だ。
年齢は…私より年上くらいだろうか。
夜色の髪
綺麗な赤い、珊瑚の瞳。
とくん、と鼓動の音を感じる。
懐かしい感じがする。
その男性と目が合う。
心臓が震えた。
なにか、なにか言わないと
えーと、初めましてとか?
いや~!急になに?になるよね!
無難にこんにちは~かな…?
私がどんな言葉を出すか悩んでいると相手の口が動く
「……初めまして、お前、変な音がするね?」
見ず知らずの男性は、そう言って
とびきりの笑顔を私に向けてきたのだった。
───────────────────────────
拍手喝采舞台は幕を閉じる
古今東西どんな物語にも使われる
呪いの解き方により、彼はその生涯に終止符を打った。
だが、この物語はこれが最後ではない。
きっと、これから死ぬまでのほんの刹那の時間を
この二人は、一緒に過ごしていくのでしょう。
めでたし、めでたし。
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