第4話 無題

朝、目を覚ます。起きてすぐはいつも何故か心臓がバクバクと脈打って苦しい。

耳のすぐ横に心臓があるのではないだろうかと思うほどの心音につい、不機嫌に小さく舌打ちを漏らす。

一度、二度と深く深呼吸をして、ゆっくりと体を起こした。


私の耳はほかの人よりもずっと良いらしい。

聞き分けよりも、発せられる音を通常より強く聞いてしまう、という方が正しい。

こういう時は少しだけ不便だ。

まだ、少しだけ重たい瞼をこすりながらぐっと伸びをしてベッドから出た。


リビングへ降りていくとすでに皆起きていたようで父も母もなにか準備をしていた。

どうしたのか、と聞くと祖父母の家に行くからついて来い…ということだった。

自然と嫌な顔になってしまう。うちの家は古い家系であり、祖父母の家は多く親族も無駄に多いのだ。


聞こえる音は雑音がよく交じるのはあまり好きではない。

それに、何故か祖父母の家の使用人は私にやけによそよそしく作ったような貼り付けた笑みを向けてくるので気味が悪い。


…どうしてだろうなぁ。


しかし、考えても仕方がないといえばそうだ。行くということが決定なのだから駄々を捏ねていても仕方がない。

手早く準備を済ませてから父親の車に乗り込んだ。


祖父母の家は大きい、並ぶ塀が邪魔くさいくせに玄関がやたらとでかい。木製でできた両開きの扉をノックすることなく声をかける。

足音が聞こえる、そのあとに着物の女性が姿を現す。

女性は軽い挨拶をすると、両親には手伝って欲しいことがあるといって連れて行った。私はどうすれば良いだろうかと聞くと


「裏の倉庫の整理をしていただけますか?」

と言われたので二つ返事でわかったと了承を伝えた。

裏手へと回ると随分と大きい倉庫が見える。他には誰もいないようなので気軽にやってしまおう。重たい扉をグググと力を入れて開け放つ。

埃っぽい匂いがする。前から使っていないようだがいくつか手をつけた形跡がある。


いらないものには「×」の張り紙。

いるものには「○」の張り紙がしてある。


×の張り紙の張っているモノを外に出せばいいということか。

なるほどと一つ頷いてからせっせと軽いものから順番に運び出していく。

随分と量があるが一度引き受けてしまったものを放り出して遊べるほどの無神経も持ち合わせていないので運び出していく。


黙々と作業を続けていく。

一息つく頃には随分と倉庫も片付いてきて余裕が生まれてきていた。

あとは上にあるものを整理しないといけない…


倉庫の上には積み重なった包がある。お弁当箱サイズのもので特別重たそうなものが入っているわけでもなさそうだ。心もとないが大量にモノが詰まったダンボールを置いてその上に意を決して乗る。

少し柔らかくてぐにぐにと不安定だな…。早めにとってしまおう。

包に手を伸ばしてそれを掴んで持ち上げてみる。

随分と軽い、少しだけ降ってみるとカサカサと音が鳴っている。

紙が入っているようだ…。


と、同時に砂埃が異様に飛び散って目に入った。


「うっ…ヒャ…!」


バランスを綺麗に崩してしまいドシンと思い切り尻餅をついてしまった。

ジーンと骨に鈍い痛みが広がっていき声も出ない。すっごい痛い…。


「ッ……!ッ…ァ…ァ~~!!」


数秒の悶絶の後に痛みと土埃で涙目になった目を擦りながら箱を探す。

転がって蓋が開いてしまったようで、紙が何枚か落ちている。

近づいて拾ってみると手紙のようだ。悪気もなく手紙の封を開けて読んでみる。


「───…そろ、なに…とか…───?」

手紙、というよりかは二人で一緒に座って書きながら会話をしたようなメモのような手紙の内容だった。古いのか管理が悪かったのか、手紙は茶色くなっていて、文字もかすれてしまって上手くは読めなかった。


読める文字を何気なく追って行く。


「……音無…」


……音無、特別珍しい名前でもなんでもない、でも音無君の名前だ。

手紙を読み進めていく。


…散らばった手紙を集めて、読んでみる。

送ったものと送られたもの、二つある。


『…無くん…みて、…文字上手くなった…しょう?』

『……当たり前、誰が教えてると思ってんの?』

『…努力の結果……褒めて…よ』

『嫌だよ』


ところどころかすれてしまって読めないがなんとなく文章として読み解いていける。


『約束』

『約束は嫌いだ』

『じゃぁ、約束じゃなくて絶対にする』

『僕のお願い聞いてくれたらいいよ』

『全然いいよ!』


手紙の文字に目を滑らせていく。

何故か頭の奥がガンガンとしていたい。

読みすすめていいのか何故か今になって後悔している。


それでも私の手は止まらなかった。紙を広げていく。


ドクン と

  な ぜか

心臓が 嫌  に音 が鳴って

               る。


ギクリ と からだ が かたくなっていく。


この(やめろ)さき(よむな)は、よんで(みないで)もいいのだろうか?


何故か焦る、思考が揺さぶられる、脳みそがゆるゆると揺れているよう気がする。


それでも、目は読むことをやめてはくれない。読み出したらもう止まれない。

文字を追っていく。読み上げていく。

手紙を持つ指先が震えている。心臓がうるさい。やめろ、静かにして…。

……私は今、呼吸できているのだろうか。怖いような気がする。


『お願いって何?絶対叶えるよ』

『本当かな…。じゃぁ指切りをしよう』

『手紙なのに?』

『じゃぁ、物騒だけど血の誓いとかにしておく?』

『えー痛い?』

『大丈夫だよ』


手紙を読み進めていく。かすれている文字は読みにくい。

文字も少なくなってきた。


手紙の日数が随分と飛んだ。


こちらが送った手紙はもうない、残っているのは彼が送った手紙だ。

震える指先で新しい手紙を広げる。


脳みそが、記憶を揺さぶるように、警告通知を出してくる。



『僕のお願いはね───』


ノイズが聞こえる。

知らない景色が浮かんでくる。

それでも知ってる。アレは…確か……


──────────────────────────────────────


月明かりが綺麗な日だった。空気が澄み切っていてシンとしていた。

そんな空気とは裏腹に私の心臓はドキドキして高鳴っていた。

夜、出歩くことは本当はお父様には危ないから駄目だと口酸っぱく言われていたけれど、お友達との遊びに勝てる訳もなくお忍びで出てきたのだ。


広場の一本桜の木の下にいつものように彼は居た。

彼を見つけると私は嬉しくなって急ぎ足になった。

夜色の髪は月明かりに照らされ、舞い落ちる桜の花びらも相まって幻想的でこの世のものとは思えなかった。


ふと、彼の視線が私に向けられる。少しだけ呆れたような表情をしながら彼は口を開いた。


「遅いよ。華」

「仕方ないじゃん!結構急いできたんだよ…?」

「まぁ、それもそうか…」

「それで、それで!血の誓いって何何?」

「約束語を決めて血を飲むだけ」

「物騒!」

「やめる?」


数秒の沈黙本当に5秒ともない悩みだった。


「やる!」

「はや」


彼は小さなナイフを取り出して指先を切った。彼はその指を私の口の前に持ってきた。

なんだかイけないことのように思えたけど、こういう約束もあるのだなと思いながら恐る恐る、下先を伸ばして、雫になった彼の血液を舐めとった。

嫌な鉄の匂いと口に広がるの血の味。

不思議な感覚に心臓が震えた。


「華も」

「音無くんがやって?」

「言うと思った、手出してくれる?」

「はい!」


遠慮なく手を出すと彼も遠慮なくナイフでピっと軽く指先に傷を入れた。

一瞬だけ熱いような刺激が指先に届くも泣き出すほど痛いわけではなかった。

じわりと薄く惹かれた赤い線から血液が溢れてくる。

音無くんは私の手を取ったまま、指先に舌を当てて同じように舐めた。

この約束がどれだけ特別か私は知らない。


「それじゃぁ、僕のお願い聞いてくれる?」

「いいよ~!」

「本当?嬉しい。…僕のお願いはね」


彼はとびきりの満面の笑みを浮かべた。

子供のように無邪気で明るい、綺麗な笑みを浮かべていた。

空気が静かだから聞き間違いなんて絶対にしなかった。


「───僕のことを、殺して欲しいんだ!」


──────────────────────────────────────

思い出してしまった。

あぁ、馬鹿だな、本当に。目の奥から溢れる液体が頬をするりとなでて地面へと落ちていった。

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