第3話

 翌日、いつものように駅の改札に定期を通す。今朝は一段と冷え込んでいる。姿は隠しているようだが、梨羽先輩がどこかにいて、付いてきてくれているはずだと思うと、久しぶりに気持ちが楽で、深く息を吸い込んだ。

 梨羽先輩に、「一緒に登校すればいいんじゃないっすか?」と言ったら、いつもと条件を同じにしないと、ジャックが来ないかもしれない」と梨羽先輩が言ったのだ。「それで、もし明日は出なくて、別の日にジャックが現れたら、助けられない。だから前回までと同じ条件にして、誘い出そう」と言った。

 正直言って、梨羽先輩がそんなに親身になって考えてくれるなんて意外だった。案外いい人なのかもしれないな、ちょっと口うるさいだけで、と思うと、口元に笑みが浮かんだ。

 駅を出ると、空気が痛いような寒さで、吐く息が白い。いつもなら、白い息が広がるのを見ただけで不安が押し寄せてくるが、今日は切り裂きジャックの亡霊に、挑戦状を突きつけたような高揚感があった。

 しかしぱた、ぱた、といつものように足音が聞こえてくると、つい早足になってしまう。先輩から紅高校の都市伝説を聞いたから、余計に恐ろしい。

 俺の意思とはうらはらに心臓が縮こまり、はっ、はっ、と息が上がってしまう。吐く息がけぶり、とうとう全身を真っ白い霧がすっぽりと包み込んだ。俺はたまらず走り出した。

 「待てよ、坂上。僕だよ」と、後ろから梨羽先輩の声がする。スピードを上げたがる足をなだめすかし、なんとか立ちどまり、振りかえった。

 「先輩……」

 「これで、もう安心だな……」と、先輩はニヤリと笑った。

 「ありがとうございます」

 「よかったな、もう明日からは足音は聞こえなくなるぞ」

 「は、はい、先輩のおかげです」

 (本当にこんな簡単なことで、付いて来る足音は先輩の言うとおり、収まるのだろうか?)

 体感的にはまったく何も変化を感じられなかったので、半信半疑で礼を言ったが、なんと次の日から本当に後ろから走ってくる足音が聞こえなくなったのだ。

 しかし……、そのかわりに小さな衝動が俺の中に生まれた。

 最初は無視していたが、日増しにその衝動が大きくなっていく……。

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