追いかけた結果
俺が捻り上げた奴から聞いた話はとても単純であった。どうやら奴は先輩から朱音や片倉を連れてこいと命令されていたらしい。しかしそこにはどうやら悪名高い俺が一緒にいる。そのため俺に気付かれるまで手を出せずに後をつけていた、と言うことらしい。
それにしても意味が分からない。どうして奴の先輩とやらは朱音と片倉を連れてこいと命令したのか。少なくとも名前を聞いた限り俺たちは関わったことがない奴のはずだ。俺が知らない間に朱音に告白でもして振られたか?
なんにせよ、謎は深まるばかりである。
「で、お前が知っていることは以上か?」
俺は腕を捻り上げている状態で思考の海から戻ってきて付けていた奴に問いかける。
「は、はい! これで全部です!」
俺に問われた奴は腕を捻られ続けている痛みで若干涙目になりながらも、敬語で答えた。なんで敬語?
「そうか。じゃあ、もう行っていいぞ。ただし、また俺たちをつけてみろ。今度は手加減しないからな?」
「は、はいぃーー!」
奴は大声で返事をしながらこの場から逃げるように去っていった。俺はそんな奴の後ろ姿を見送りながら思案する。このまま奴の上に当たる先輩とやらに話を聞きに行くか否か。しかし今回は後をつけられて不愉快だったこと以外に被害はない。幸い片倉は付けられていることには気付いていない様子だったし、朱音も気付いても違和感程度だろう。
あまり、後手に回るのは好きじゃないが、今回は放置しておいてもいいかもしれない。もしまた何かしてくるようだったら、改めてお話ししに行けばいい。俺はそこまで考えて思考をやめる。そして腕時計に目をやって溜息を吐いた。
「……無駄に時間を使ってしまったな」
俺は再度溜息を吐きながら家路につくのであった。
「ただいま」
「あ、和樹兄さん。おかえりなさい」
俺が家に帰りつきリビングに入るとそこにはくつろいでいる雪音がいた。どうやら今日は特に予定も無かったようで制服から既に着替えてくつろぎモードのようである。そんな雪音が俺の方を疑問顔で見て尋ねてくる。
「和樹兄さん、随分と遅かった。朱音さんたちとどこか行ってた?」
「いや、忘れ物をして取りに一回学校へ戻ったんだ。それで朱音たちとは別れて帰ったから一人だよ」
「そう」
俺の言葉に納得したのかそうでないのか、雪音は俺に感情を読み取らせない表情で短く俺に返事をした。俺はその様子の雪音に特に何かを尋ねることもなく、着替えに自分の部屋へと向かう。
俺は着替えながらも思考を巡らしていた。今回は朱音と片倉が付けられる結果になった。しかしこれが雪音や小春までも何かしらに付けられたりすることになれば、と。今回の件については今後どうなるか分からないところがある。それを踏まえて雪音には話しておいた方がいいかもしれない。
俺は着替えを終えてリビングに戻り、雪音の姿を探す。雪音はなにやらキッチンで作業しているようだ。
「雪音、何してるんだ?」
「コーヒー淹れてるの。飲む?」
「ああ、もらおう」
「ん」
雪音はコーヒーを入れながら短く返事を返す。俺はダイニングにある椅子に座り、雪音がコーヒーをいれているのを眺めていた。
「どうしたの?」
俺が黙って眺めているのを疑問に思ったのか、雪音は不思議そうに尋ねてくる。俺はそれに頭を振りながら「なんでもない」と答え、雪音がコーヒーをいれる終わるのを待ち今日の件をどう話すか考える。どちらにせよ、何も伝えずに急に巻き込まれると言うことがあるのはよくない。話さないという選択肢はないのだが、どうやって伝えるかが問題だった。
「はい、兄さん」
「ああ、ありがとう」
雪音が持ってきたコーヒーに口を付け、再度思考に戻る。そんな様子の俺を見て雪音は何か訝しむように俺を見て口を開いた。
「今日の兄さん、どこか変」
「どこかって何がだ?」
俺は雪音の言葉にポーカーフェイスを保って返事をする。しかし雪音にが何か確信があるのか断定した様子で言葉を続けた。
「だって、何かに悩んでいるように考え込んでいるし、言葉を選ぼうとしている感じがする。それに表情も普段と違って固い気がする」
「……。自分では気付かなかったが……」
雪音の言葉に俺は返事を困ってしまう。自分では出していないつもりでも雪音には分かるものなのか。
「和樹兄さんと何年一緒にいると思ってるの?」
「こりゃ、まいったな……」
俺が不思議そうにして雪音に顔を向けると、俺が何に疑問を持ったのか気付いた様子の雪音が答えを先回りして言う。自分のことは分からないものだ。しかし、雪音に気付かれるとは。こうなってしまっては雪音は俺が話すまで逃がすつもりはないだろう。事実、雪音は今も「さあ、話せ」と言わんばかりの表情を見せている。
「そうだな。一応雪音にも伝えようと思っていることがあるんだが……。なんて言ったらいいかな、今日あったことなんだが―――」
こうして俺は雪音に今日あった騒動について結局そのまま話すことになるのだった。
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