視線

 靴箱で靴を履き替え、学校から出た俺たちは特に内容があるわけでもない会話をしながら家へと向かう。しかし俺は、その中でもちょいちょいと視線を感じるのであった。


「こりゃ、誰か付けてきてんな」


 俺は朱音や片倉に聞こえないように小さく呟く。朱音と片倉は二人並んで楽しそうに喋っている。そんな二人に俺は声をかけた。


「ちょっと忘れ物をしたから戻ってくるわ」


「え? そうなんですか? 一緒に戻りますか?」


「いや、大したものじゃないし、いいよ。二人で先に帰ってな」


「わかりました」


 俺の言葉に片倉は不思議そうにしながらも頷いてくれる。片倉に続いて、朱音も少し首をかしげながら頷いた。


 朱音たちが先に行くのを見届けた俺は、視線を感じたもとへと向かう。俺が近づいているのに気付いたのか、視線の主はそこから急ぎ足で離れて行くのを感じ、俺も逃がすまいとそのあとを追った。


 数分の追いかけっこの後、相手は体力が切れたのか住宅街の路地裏で立ち止まる。俺もそこに追いついて声をかけた。


「おい。なんで俺たちを付けまわしてたんだ?」


 そこにいたのは誰だったか。隣のクラスだったような気がするが、よく覚えていない奴が肩で息をしながら俺を睨みつけている。確か不良グループの下っ端だった気がする。


「なんで追いかけて来るんだよ?」


 相手は俺の質問に応えず、俺を睨んだまま質問を返してくる。


「おいおい。先に後を付けて来たのはお前だろ? それに質問に応えろよ。なんで俺たちを付けてきたんだ?」


「うるせぇ!」


 俺が近づきながら問い詰めると、相手は怒鳴りながら殴り掛かってくる。俺は相手の拳を冷静に見ながら掴み、その力を往なすように利用して捻り上げた。


「あああああああああああああああああああああ!!」


 関節を普段曲げない方向に向けられた相手は、慣れない痛みに叫ぶ。俺はそいつを投げ捨てるように離しながら再度問いかける。


「で、なんで俺たちの後を付けてたんだ?」


 相手は痛みに涙目になりながらとつとつと話始めるのだった。




________________________________________________________


「黒岩さんは何を忘れたんでしょうか?」


 どこかに向かった和樹君を置いて家に向かっていると、ふと結花ちゃんが疑問の声を発した。


「あー、なんていうか、その、ね?」


 私は大方の見当がついている。帰る途中から視線も感じていたし、和樹君があんな風な動きを見せたのは初めてじゃないからだ。


「なにか知っているんですか?」


 結花ちゃんは私のはっきりしない言葉に不思議そうにしながらもそう聞いてくる。


「うーん、帰る途中から視線を感じたりしなかった?」


 私は思い切って話すことにする。結花ちゃんは私の質問に首をかしげながらも考えるようなそぶりをして立ち止まった。


「そもそも私たちに向けられる視線の数が多すぎてあまり気にしていませんでした」


「そうなんだけどね。その中でもちょっと雰囲気の違う視線があったんだ」


「そうなんですか?」


 確かに私たちに向けられる視線はいつもあって、すべてを気にしていたらキリがないし、気が滅入りそうになる。しかし、そのすべてに鈍感になるというわけにも行かなくて、やはり悪意がありそうな視線や気持ちの悪い視線には気を付けないと行けないと私自身が困ったことになる。そのせいで和樹君にも迷惑をかけたことがあった。


「うん。だからその視線を向けてきた人に、和樹君は話を死に行ったんだと思う」


 私がそう結論づけると結花ちゃんは少し驚いたような顔をして、次いで心配した表情をした。


「それは大丈夫なんですか?」


「大丈夫だと思うよ。むしろ私たちが首を突っ込んだら、余計に話がこじれると思う」


「そうですか……」


 私の言葉に結花ちゃんは心配そうな表情を崩さず、しかしどうしたらいいかも分からないような顔をして返事をする。


「大丈夫だよ。和樹君強いし、どうとでもできるよ」


「そうだといいんですけど。それに私は気付きませんでしたし」


「私だって気付けるようになったのは最近だよ。そのせいで和樹君には迷惑を掛けちゃったこともあったし」


「そんなことがあったんですか?」


 気持ちを持ち直したのか、結花ちゃんは顔を上げてそう聞いてくる。私は過去にあった自分の失敗談を結花ちゃんに聞かせることにする。


「そうなんだ。中学生の時にね、私が振った先輩がいたんだけどそのせいで揉めてしまったことがあってね。和樹君がそれでその先輩に絡まれたりしている時に私が関わっちゃって余計にこじれたんだ」


「それは……」


「うん、和樹君は気にするなって言ってくれるんだけど、後で考えると和樹君に任せて置いたほうがよかったかなって。それからは和樹君が何か動こうとしている時に邪魔しないようにしているんだ。その代わり、私は別のことで和樹君を手伝うの」


 私の話を聞いた結花ちゃんは私に対しても心配そうな表情を見せる。


「心配しなくても大丈夫だよ。和樹君が何とかしてくれるし、なんとかなるよ」


「そうですね」


 私が断言すると、結花ちゃんはようやく少し笑ってくれたのだった。

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