噂話
少し居心地の悪い昼休みを過ごした俺は、朱音と片倉を連れて教室に戻る。そこでも俺はクラスメイトからの視線の集中を受け、何とも言えない居心地の悪さを感じた。
「はぁ」
俺は溜息を吐きながら自分の席に戻り、次の授業の準備を始める。相変わらず、俺に対しての視線は刺さったままである。そしてその視線を向けてきていたクラスメイトの女子グループの一つが、意を決したように片倉と朱音に声をかけた。
「宮元さん、片倉さん」
「なにー?」
「どうしましたか?」
声を掛けられた二人は軽い調子で返事を返す。俺はそれを横目に知らないふりをし机に伏せ、会話に耳を傾けた。
「黒岩君と仲がいいみたいだけど大丈夫?」
「大丈夫ってどういうこと?」
朱音が全く意味が分からないという風に聞き返す。それに対して片倉は何かに気が付いたようにちらりと俺の方に視線を向けた。
「だって黒岩君って……」
朱音達に声をかけた女子の一人が小声で俺のことについて話しているのが聞こえる。そう、聞こえてるんだあよなぁ。できれば本人のいないところでやっていただきたい。
そんな俺のささやかな願いも空しく、クラスメイトの女子たちは俺についての噂の確認のつもりか、朱音たちに話している。
「それ嘘だよ」
ふと、話を聞いていた朱音から断定したような言葉が聞こえた。俺は聞こえていないふりをしつつ、ちらりと周りの様子を伺う。よく見ると、教室にいるみんなが朱音や女子グループの会話が気になる様子であった。
「え、そうなんですか?」
噂話を語っていた女子の一人が、不思議そうに聞き返している。それに対して朱音は自信満々と言った様子で応えていた。
「だって、和樹君は自分から喧嘩しに行ったりしないし」
「じゃあ、あの噂も―――」
「それも違うよ」
次々と女子たちは噂のネタを上げては朱音に否定されていく。てか、俺の噂の数が多い。いつの間にそんなに噂が増えているんだ。尾ひれどころか、胸鰭や背びれ、挙句の果てには羽まで生えて飛んで行っているみたいだ。
「じゃあ、片倉さんが弱みを握られているって話は?」
ふと、女子の一人がそんなことを聞いている。どっからそんな噂が発生したのやら。
「どうしてそんな噂が?」
流石に片倉も困ったのか、困惑した様子で聞き返している。
「だって、転校してきた片倉さんが黒岩君と一緒にいるのを見たって言う人がいて、黒岩君が人といるのなんてめったに見ないし、噂もあったし……」
「事実無根ですね」
片倉は噂についてバッサリと否定した。流石にその噂は片倉自身も困るだろう。俺も困るしな。
「そもそも和樹君、優しいからそんなことしないと思うな。それに和樹君はね―――」
そこに唐突に朱音が語り始める。そして俺の今までのイメージからは考えられないような話を話し始めた。幼馴染である朱音しか知らないような俺のエピソードを、朱音視点で、楽しそうに話始めるのだ。
俺はそんな朱音の様子に頭を抱えた。だって、そうだろ? 俺の黒歴史をクラスメイトのみんなに聞かせているようなものじゃないか。俺は朱音を止めるべく立ち上がる。
ガタッ
朱音の話に聞き入っていたクラスメイト達は、唐突に鳴り響いた椅子を挽く音にびくりとして、音の発生源に視線を向けた。視線が集中したのを感じつつ、俺は朱音の方へ向かう。
「朱音」
俺は短く声をかける。
「ん? なにー?」
朱音はこれからがいいところなのにと言わんばかりの不満そうな表情でこちらを向いた。だが、不満なのはこちらも同じだ。
「なにお前は人の話を教室でべらべらと言ってるんだ?」
「だって、和樹君の噂があまりにも酷くて……」
朱音は俺の問いに言い訳するように言葉尻をすぼめて応える。
「はぁ、そんなのほっときゃどうにかなるから。ほら、次の授業の準備しとけ」
俺は溜息を吐きながら朱音を促すと、周りも気がそれたのかそれぞれのやることに戻る様子を見せた。
「噂はそのままでいいんですか?」
そこに片倉が声をかけてくる。そこには純粋な心配の色が見て取れた。
「ああ、噂話とはもう何年も付き合いがある。そもそも朱音と関わっていると、こっちが遠慮していてもトラブルがやってくるんだよ。流石に慣れる」
俺は片倉に苦笑しながらそう返事をすると、また自分の席に戻って机に伏せて寝る準備を整えるのだった。
いろいろあった昼休みやその後の退屈な授業も終わり放課後になると、教室内は騒がしさを取り戻す。部活に向かう人らは仲間内で集まり騒ぎながら部室に向かい、帰宅部の人も仲のいいグループで固まって変える準備を始めていた。
俺もいろいろあって疲れているため、さっさと支度を済ませて帰ろうと考えていると、片倉と朱音が近づいてきているのに気が付いた。
「和樹君、帰ろ?」
朱音がそう声をかけてくる。見ると二人とも変える準備を済ませたのか、カバンを手に持ち準備万端と言った様子だ。
「ああ」
俺は短く返事を返し帰り支度を済ます。そして朱音と片倉の後ろに続いて教室を出る。昇降口の方に進んでいる途中に、俺はふと視線を感じ、振り向きざまに立ち止まった。
「どうしたの?」
立ち止まった俺に気が付いた朱音が、声をかけてくる。
「いや、何でもない」
俺は視線を感じた方向に向けていた体をもとに戻すと、朱音に短く応えて靴箱に向かうのだった。
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