買わんのかい!

 朱音と片倉がいつの間にか仲良くなり、ショッピングモールに来ていたところと合流した俺たちは、当初の予定通りにアパレルショップを目指して歩いている。俺は少し遅れてついて行っていたのだが、そこに会話から外れて小春が近づいてきた。


「どうした?」


 俺はそんな小春に声をかける。小春は俺の方を向くと少し笑って答えた。


「先輩、先輩。写真の通り綺麗な人ですね」


 小春は片倉のことを言っているのだろう。その言葉を受けて、俺は視線を前方を歩いている片倉達の方へと向ける。今は後ろ姿しか見えないが、確かにきれいではあるだろう。加えて、朱音や雪音とそろって歩いているのも絵になる。


「そうかもな」


 俺は気のない風に答える。そんな俺の様子に物足りなさを感じたのか、小春はつまらなさそうな顔をする。


「えー、もっと他に言うことないんですか?」


「何を言えばいいんだよ」


「そりゃ、もっと感想を聞きたいです」


 期待感を込めてそう言った小春に俺はため息を吐く。いったい何を求めているんだか。


 そうして到着したアパレルショップ。そこは高くもないが安くもない、絶妙なラインの値段設定がされていて、俺たちと同じような年代の女子高背で溢れかえっていた。そう、女子高生で。


 到着して客層を見た俺は、顔を引きつらせる。


「なぁ、俺は外で待っているのじゃダメか?」


 俺は一縷の望みを込めて朱音や片倉、雪音と小春の方を見て言う。


「えー、感想言ってくださいよ!」


 真っ先にダメ出しをしてきたのは小春だ。それに続いて朱音や片倉、雪音もそろって文句を言う。


「和樹君に見て欲しいな」


「どんなことを言うか、気になります」


「和樹兄さん、諦める」


 俺はそれぞれの言葉を聞いて、諦める。この地獄を、乗り越えるしかない、と。そして若干、引っ張られるような形で店内に入る。


 朱音たちはきょろきょろと店内に展示されているマネキンや広告を見ながら「あーでもない、こーでもない」と感想を言い合っている。俺はそんな四人の様子を見ながらついていく。そしてそれぞれが服選びにばらけ始めると、存在感を消す作業に入った。


「和樹君、ちょっと来て」


 存在感を消していた俺は急に呼びかけられてびくっとする。声の方を向けば、そこにはいくつか商品を持った朱音が立っていた。その朱音に連れられて、俺は試着のコーナーへと向かう。


「着替えるからちょっと待っててね」


「え、ちょ」


 朱音はそう言って試着室の中に入り、カーテンを閉めた。俺は答える間もなく、試着コーナーの前で立ちすくむ。そして間もなくカーテンを開けた朱音が来ていたのはこれからの季節に合いそうな、涼しげな服だった。白を基調としたワンピースで、そこに小物をつけてアクセントにしている。明るい性格の朱音に似合っていると思う。


「どう、どう?」


 少しテンション高めな感じで聞いてくる朱音。


「あ、ああ。似合っていると思うぞ」


 俺は辛うじてそう答えることができた。俺の感想に朱音はうれしそうにはにかんでいた。


「あー! 先輩何してるんですか?」


 そこに後ろから騒がしい声が聞こえてくる。誰かと判別するまでもなく小春だろう。振り向くと小春も商品を手にしてこちらに来る。


「次は私を見てくださいね!」


 小春はそう言い残して試着室に入っていった。またも俺には答える間は与えられなかった。これはあれだ、返事はさせてもらえないと思っていた方がいいかもしれない。


「どうですか、先輩」


 そして出てきた小春は、小春のイメージ通りの服装をしている。Tシャツにショートパンツでサンダルを履き、頭にキャップをかぶっている。今にも元気に遊びまわりそうだ。実にクソガキである。


「いいんじゃないか? クソガキみたいで」


「なんですか? 酷くないですか?」


 俺が投げやりな感じで答えると、小春は怒ったようにじゃれついてくる。それをいなしつつ、俺は次なる嵐の予感を感じた。そして振り向くと俺たちのじゃれあいを楽しそうに見ている片倉と目が合う。


「次は私の服の感想をお願いしますね」


「いや別に、俺がひとりひとりに感想を言うコーナーじゃないんだが」


 片倉の願いに俺はツッコミを入れるが、案の定聞き届けられることはなく試着室に入っていった。俺は肩を落とし、ため息を吐きながらも片倉が出てくるのを待つ。


「どうでしょう?」


 そして出てきた片倉は少し暗めの色でまとめた服で、大人な雰囲気を出している。そしてその雰囲気のまま近づいてくる片倉に俺は後退る。


「大人な雰囲気が出ていていいんじゃないか?」


「ふふっ、ありがとうございます」


 片倉は少し悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。そしてここまでくればもうわかるだろう。もう一人近づいてくるのがいる。妹の雪音だ。


「和樹兄さん。見て」


 何時の間に試着したのか、すでに着替えている雪音は俺に見せるようにくるりとその場で回る。雪音の選んだ服はシックにまとまっていて、雪音自身の雰囲気ともあっている。


「うん。似合っているのを選んだな。いいと思うぞ」


 俺がそう言うと雪音は少し照れたように視線を外した。そこに突き刺さる三つの視線。


「雪音ちゃんにだけスラスラと言葉が出てない?」


「シスコンですね」


「私ももう少し言葉が欲しかったです」


 朱音、小春、片倉からそれぞれ心外なことを言われる。とりあえず、


「誰がシスコンだ!」


 俺はそう言って小春にチョップをかまそうとする。小春はそれを読んでいたのかひらりと避けた。そしてドヤ顔をしてこちらを見る。


「ふふん」


 追加で鼻で笑った小春を俺は容赦なしのアイアンクローのお礼を言っておく。


「あ、頭がぁ」


「頭? 確かに頭が悪いな」


「痛いんですぅ!!」


 痛みに頭を抱える小春は俺の発言にツッコミを入れる。


「そろそろ行こうか」


 俺と香春のやり取りを苦笑して見ていた朱音がそう言ってみんなを促す。それぞれが散っていき商品をもとの場所に丁寧に戻す。


 そしてみんな揃って店を出るのだった。いや、あれだけ選んで買わんのかい。

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