帰宅後
「ただいま」
俺はそう言って玄関に入る。玄関には学校指定の小さめなローファーが一足分のみ並べてられていた。そしてリビングの扉が空き、こちらに向かってくる人影が見える。
「おかえり」
そう言って出迎えてくれたのは妹の雪音だった。同じ高校に通っている一つ下の妹は、クールな見た目で、黒髪をまっすぐに肩下まで伸ばし、背筋を伸ばしている姿は身内であるという贔屓目を抜きにしても、男子から人気があるだろうなと想像するのは難しくない。
「なんか疲れているように見えるけど、なんかあった?」
雪音は俺の様子を見てそう聞いてくる。俺は洗面所に向かいながらも雪音に答えた。
「ああ、今日俺の学年に転校生が来てな―――」
手洗いうがいを済ませつつ、俺はリビングのソファーに腰かけて雪音に今日あったことを説明する。最初は雪音も高校二年で転校してくる片倉の話に興味を惹かれたような反応をしていたが、放課後の話になると徐々に呆れを見せ始めた。
「―――と、言うわけだ」
俺は説明を終えて雪音を見る。雪音は心底呆れたような表情をしていた。
「な、なんだ?」
俺は雪音の反応を伺いながらそう尋ねる。返事は特大のため息をもって返された。そして一言。
「和樹兄さん。朱音姉さんが可哀そう」
朱音のことを思ってか、雪音が哀しそうにそう言った。そして俺を若干攻めるような目つきで見てくる。
「な、何故だ?」
「それは……。いや、私が言ったらだめだと思うから言わない」
俺の問いに雪音はそう言って言葉を濁す。俺はますます困惑を極めた。
「朱音には優しすぎるのがいけないと言われるし、俺にはもうわからん」
俺がため息交じりにそう呟くと、雪音も溜息で返してくる。そして俺に対して雪音が言う。
「和樹兄さんはもう少し考えた方がいい」
「な、なにを?」
「それも含めて」
俺の問いには答えてくれず、すべてを考えろという雪音。俺はその日、雪音の言葉を含め今日一日のことに頭を悩ませるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日の朝。二階の自室で寝ていた俺は、目覚ましの前に起きだして学校へ向かう準備を始める。
部屋から出て、キッチンに向かうと、俺はいつも通り、あらかじめ買っておいた冷凍食品を弁当箱二つに詰め込み、自分の分は包んでカバンに入れる。両親はもう仕事に向かったようだ。うちは共働きのため自分のことは自分でやるのが習慣になっていた。これらのことも忙しい両親に負担をかけまいと、俺と雪音がそろって言ったことでもある。
そうしていると雪音も起きだしてきてキッチンに来る。俺は雪音に向けて声をかける。
「おはよう、雪音」
「おはよ」
まだ少し眠いのか低血圧気味な雪音は短く挨拶を返してきた。そんな雪音に俺はもう一つの弁当箱を指して言う。
「雪音の弁当はそれな」
「ありがと」
そう短く言った雪音が、弁当箱を自分で包んでカバンにしまっていた。そして二人して朝食をとる。朝食は大体いつも同じだ。トーストを二人分焼き、コーヒーを入れる。
「雪音、砂糖とミルク置いとくぞ」
俺はコーヒーと共に砂糖とミルクを雪音に渡した。雪音は黙って受け取ると、コーヒーに砂糖をありったけぶち込み、ミルクを入れる。なんでも朝のコーヒーは甘くないとだめらしい。ブラックでも飲めないわけではないらしいが俺は砂糖をぶち込んでいる姿しか見たことがない。そこまで行くともう別の飲み物のように見える。
「そんな甘くしたコーヒー、よく飲めるな」
いつもながらではあるが、俺は雪音にそう言った。
「これくらいがいいの」
雪音はそう言って甘さを限界まで求めたコーヒーに口をつけた。対して俺は朝のコーヒーには何も入れない。そして二人で焼きあがったトーストをかじり準備を整える。
そろそろ出ようかな、というころ合いで家のインターホンが鳴った。
「ん?」
俺はインターホンのディスプレイに向けて視線をやった。ディスプレイには髪を金髪に染めた快活そうに見える少女が映っている。普段は来ないのだがどうしたのだろうか。そして朝の静かな時間は終わりを告げたようだ。
「朱音が来たみたいだ。俺はもう出るが、一緒に行くか?」
俺は雪音にそう問いかける。しかし雪音は朝はぎりぎりまで出発をしないやつだ。案の定、首を横にする仕草をもって返された。そして甘いコーヒーから一度視線を外しこちらを見ると一言。
「いい。もう少しゆっくりしてから行く」
「わかった。じゃあ、先に行くが遅刻するなよ」
「わかってる」
俺におざなりに返事を返した雪音は、また甘ったるいコーヒーに意識を向けた。そんな雪音を置いて俺は玄関を出る。
「おはようっ、和樹君!」
第一声で元気な声がかけられた。そんな朱音に俺は短く返す。
「おはよう」
「元気がないねっ!」
何が楽しいのかニコニコとそう言う朱音に俺は苦笑いを向けた。朝から大変元気がよろしい。
「普段は来ないだろ? どうしたんだ?」
俺は話題を変えてそう尋ねた。俺の問いが不思議だったのか朱音は首をかしげる。
「うーん。なんとなく?」
「なんで疑問形なんだよ」
朱音のふわっとした答えに俺が呆れを交えて返事をする。本当に俺を振り回してくれる奴だ。
「まあまあ、たまにはいいじゃん」
そう言った朱音は元気に進む。俺はそれについていく。一緒に登校するときのいつもの距離感で、いつもの空気だった。それにしてそんな空気を感じるのも久しぶりである。俺はある意味での懐かしさを感じていた。
しかし、俺は知らなかった。その空気が、あと数分もしないで変わることを……。それは昨日、片倉と別れた道に差し掛かるタイミングであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます