下校

 朱音と片倉の何とも言えないやり取りから逃げ出し、何とか俺は帰路についていた。完全に逃げれたとは言い難いが。


「ひ、ひどい目にあった」


 俺はそう呟いてため息を吐く。そもそもなぜこんなことになっているのかさっぱりわからないのだ。元気で快活な朱音と転校してきた少し不思議な少女である片倉。その二人が俺の腕を抱えながらにらみ合っているのだ。その真ん中にいる俺のことを少しは考えて欲しいものである。


 そんなことを考えながら俺は両隣にいる少女たちを見やる。二人はいまだにらみ合いを続けている。朱音は警戒するように、そして片倉は揶揄うように、俺の腕をとってこそいないものの間にいる俺としては何とも居心地がよろしくない。


「な、なあ、二人とも」


 俺は恐る恐る二人に声をかける。すると二人はシンクロした様ににらみ合いをやめてこちらを見た。やめて、俺の言葉を期待した様に見ないで。


「なにかな?」


「なんでしょう?」


 二人は目を輝かせてそう言った。そんな二人に俺は少したじろぐ。


「ふ、二人はなんでそんなに仲が悪いんだ?」


 俺は少し言葉に詰まりながらもそう尋ねる。すると二人は顔を見合わせてからこちらに向き直った。


「そんなことないよ」


「そんなことはありませんよ」


 そしてそろって同じ答えを返した。「実は仲がいいのか。そもそも今日初めて会ったはずなのに」と、俺は困惑する。しかし、面と向かってそう聞けるような雰囲気でもなく曖昧に返す。


「そ、そうか」


 俺のそんな態度に二人はそろって首をかしげていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 なんやかんやと、俺たちはそれぞれの家路を進む。途中、先に片倉が分かれた。それと同時に意外な事実を知る。そこまで家が離れていなかったのだ。徒歩で言うと五分くらいだった。


「それでは黒岩君。また明日です」


 そう言って片倉は帰っていった。片倉の姿が見えなくなると俺は「ホッ」としたようにため息を吐く。しかし幼馴染である朱音はまだ隣にいる。俺はちらりと朱音に向けて視線をやった。


「? どうしたの?」


 俺の視線を受けた朱音はこてんと首をかしげる。それと同時に染めている金髪がさらりと動きに従って流れ、夕日と相まって輝いているように見えた。俺はそれに不覚にも見惚れてしまう。


「いや、なんでもない」


 俺は誤魔化すようにそう言って前を見る。しかし、そこで話が終わらないのが朱音であった。


「あ、そう言えば―――」


 そう言って朱音は話始める。普段ならそれは何でもない日常の話であったり、気になったことであったり日によって様々だが今日に限っては話題になるのは一つしかない。


「なんで片倉さんと二人っきりになっていたの? 興味ないっていってたじゃん」


 朱音はそう言って俺をじっと見る。


「それは寝てて気付いたら放課後だったんだ。そして起きたら片倉さんに声をかけられてただけだよ」


 俺はそう答えるが、朱音には何かが引っかかるのか納得しがたいような表情だ。


「じゃあ、なんで片倉さんに迫られてたの?」


 朱音はそう切り返す。そんな朱音に「知らねぇよ。俺が知りてぇよ」と、思いつつも考える。そして片倉が言っていた言葉を思い出す。


「そう言えば、ほかのやつらと違って質問攻めに参加していなかったのに興味を持ったとは言っていたな」


「あー」


 俺の返事に朱音はどこか納得した様に声を出した。なにか思い当たることがあるのだろうか。


「なにかわかるのか?」


 俺は朱音に問いかける。朱音は「むむむ」と唸ってこちらを見る。


「和樹君が優しいのが悪い」


 朱音はそう言ってツーンとしてしまった。何故だ。さっぱりわからん。


「俺は優しくした覚えはないぞ?」


 普段は黙っているし、あまり喋らないため、朱音以外の女子からの評価は軒並み低評価の俺だ。不審がられたりするならまだしも、気に入られたり興味を持たれる心当たりは少しもなかった。


「そう言うところだよ」


 そう言った朱音は、少し顔を赤くしていて、それでいて少し不満そうな複雑な表情をしている。ますます俺は分からなくなる。逆に朱音には俺がわかっていないことをわかっているのか、徐々に呆れか諦めかのジト目が送られてきた。


「な、なんだよ」


 俺はそんな朱音に気圧されたように問いかけた。


「はぁ」


 朱音にため息を吐かれた。酷く心外である。俺は朱音に対して抗議の眼差しを送る。しかしそれに負けじと朱音のジト目攻撃。俺のメンタルに大ダメージだ。普段は俺を振り回し、呆れさせるか尻拭いに奔走させる困ったやつのくせに今回はなかなか強い。


「わかった。俺が悪かったからそんな目で見ないでくれ」


 俺は諦めて降参する。今回は勝てる気がしなかった。しかし、答えがわからないのも本当である。


「それじゃ、どうすりゃよかったんだ?」


 そのため俺は諦めて朱音にそう尋ねた。朱音は俺をじっと見ながら何かを言おうとしてはやめてを繰り返すような仕草をする。


「うーん。やっぱり自分で考えて」


 そう言った朱音は今度こそ前を向き、足を進めた。


「え、ちょ」


 俺は置いて行かれまいとついていく。そして何とか答えをもらおうと声をかけるが、その前にタイムリミットが来てしまう。


「じゃあ、また明日」


 朱音はそう言い残して自宅に入っていった。


「えぇ」


 俺はそう短く言葉を吐くが、帰ってしまった朱音に何か言えるわけもなく、自宅に向かう。とは、言っても朱音の家から離れているわけでもない。自宅には数分とかからず到着した。


 俺はため息を吐きながら自宅の門をくぐり、家に入るのだった。

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