転校生と幼馴染と

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転校生が来た日、放課後の言い争い

「勘弁してくれ」


 俺はそう呟く。


 今日は散々だ。心の底からそう思った。放課後の教室の中、二人の少女に両腕をそれぞれ組まれていて、それがお互い言い争っているのを見ると、ひどく頭が痛く感じるのだった。


 どうしてこんなことになっているのか。俺は今日の朝からを思い浮かべていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 5月のまだ少し肌寒さの残る朝のホームルーム前。俺は自分の座席である一番後ろの窓際の席に、気だるげに頬杖を突きながら、教師が来てホームルームが始まるのを待っていた。


 ちらりと腕時計に視線をやると、あと5分と言ったところか。そんなことを考えているとふと近づいてくる陰に気が付いた。


「和樹君! おはよう!!」


 そう元気な声で挨拶してきたのはこのクラスの中でもよく目立つ少女、宮元朱音だった。朱音はいわゆる幼馴染と言うやつで、小さい時からよく遊んだのを覚えている。高校に入ってからは髪を明るい茶色に染めて、より一層快活さが強調されたように見える少女だった。


「ああ、おはよう」


 俺は短く挨拶を返す。朱音は明るい性格やよく目立つ容姿から人気が高い。そんな子と教室で楽しげに会話していたら、いつ刺されるか分かったもんじゃない。


 しかし、朱音からしたら俺のそっけない態度は納得が行かなかったようだ。誰からでもわかるように不満げな様子を見せている。


「もうっ! 和樹君冷たい!!」


 そんなことを大声で宣うのだ。その瞬間からクラスの男子からは嫉妬の視線が向けられる。


「悪かった。また後でな。先生が来るぞ?」


 俺は適当に謝って着席を促す。時間はちょうどよくチャイムが鳴った。それを聞いて朱音もやや不満そうなままではあるが席に就いた。俺はそれを見届けてから元の頬杖をついた状態に戻った。


 やがて教師と思われる足音が聞こえてくる。


「席に就け。みんないるか?」


 そう言いながら扉を引いて入って来た教師はみんなを見渡す。そして教室の前方、黒板の中心に向かって歩いて行く。それからにやりと笑ってこちらを見た。


「今日はみんなにいい知らせだ」


 そう言って教師は廊下の方に視線を向ける。それと同時に「入ってこい」と声をかけた。それにつられるように教室内のみんなの視線もそちらに向けられた。俺もその時だけはみんなと同じように視線を向けていた。


 そこには黒髪の少女が立っていた。その少女は、教師に呼ばれるままに教室に入り、黒板の前に立つ。


「片倉結花です」


 少女はにこりと笑い、そう名乗ってぺこりとお辞儀をした。それを見ていた男子たちはそろって顔を赤くしていた。見た目が大人しそうで可愛らしかったためだろう。俺はその少女をちらりと見ると、もとの頬杖を突く姿勢にまた戻る。


「片倉は今日からお前たちと同じクラスメイトだ。仲良くしてやってくれ」


 教師はそう言って紹介を終える。それから「席はどうするかな」と考え始めた。決めてなかったようだ。すると片倉が俺の方向に視線を向けているのに気が付く。


「わたし、彼の隣がいい」


 片倉はそう言って俺の方を示した。それを聞いていたクラスメイトがざわつき始める。おい、やめろ。


「そうか? 分かった。あー、机と椅子を取りにいかんとなぁ。おい、黒岩! 頼んでもいいか?」


 教師が俺の名前を呼ぶ。俺に拒否権はなさそうだ。俺はため息を吐きつつ立ち上がる。


「わかりました。準備室ですか?」


 俺は予備の机と椅子が置いてありそうな教室を思い浮かべながらそう尋ねる。ここで抵抗しても仕方がない。俺の質問に教師が楽しそうに答える。


「そうだ。悪いな。岩黒が戻ってくるまで片倉はそこに座っててくれ」


 教師がしれっと俺の席を指さしながらそう言った。俺はさらに頭の痛い思いをしながら教師に声をかける。


「では、取ってきます」


 そう言って教室を出る。片倉が少し申し訳なさそうに俺を見ていたが、俺は無視してその場を後にした。


 準備室のカギを職員室で事情を話して借り、俺は準備室に向かう。職員室に残っていた教師からは少し同情的な視線を向けられた。準備室のカギを開けて中に入ると、あまり使われていない教室特有の埃っぽい香りがする。俺はその中から比較的綺麗な机と椅子を選んで重ねて運び出す。


 帰る道すがら職員室にもう一度より、カギを返すとそのまま自分の教室に向かう。机を運び終えたら仕事は終わりだ。


 俺が教室に戻ると、俺の席の隣には不自然に一人分の座席用のスペースが開けられていた。俺はため息を吐きそうになるのを堪えながら、その空いたスペースに持ってきた机と椅子を設置する。


「ありがとう、黒岩君」


 片倉が笑ってお礼を言う。それを見ていたほかの男子たちは惚れたようにポーっとしていた。


「ああ、気にするな」


 俺は短く、そしてそっけなく返した。俺の返事を聞いた片倉は目を丸くしていた。しかしその後、何かを思いついたように笑う。俺はそんな様子の片倉に疑問を覚えつつも、関わることはそうないと思いなおして自分の席に座りなおした。


「助かったぞ、黒岩」


 教師のお礼も適当に流し、ホームルームを終えたクラスは次の授業が始まるまでの休憩時間となる。その瞬間から転校生である片倉は囲まれていた。


「かわいい子だね」


 気が付くと、そばに朱音が近づいて来てそう言った。俺はちらりと朱音に視線を向けた後、囲まれている片倉に視線を向ける。


「そうかもな」


「和樹君は興味ないの?」


 俺は次の授業の準備をしながら朱音の相手をする。普段なら少しでも朱音と話をしていると男子からの嫉妬の視線を受けるのだが、今はみんなが転校生に興味深々でこちらに気が付いていない。


「ない」


「そっか」


 朱音は俺の短い返答に嬉しそうに相槌を打った。


 そうしているうちに次のチャイムが鳴る。授業が始まる合図だ。気が付けば一限目の担当教師が教室に入ってきているところだった。


 それからというもの、休み時間のたびに転校生の片倉はクラスのみんなに囲まれていた。片倉はみんなの質問に丁寧に答えていた。昼休みの時間でも、男子と昼食を食べるか、女子と食べるかで視線でのバトルを繰り広げている。


 俺はばかばかしい思いでそれを一瞥した後、自分の弁当を手に静かに教室を出る。そのまま周りに誰もいないことを確認した俺は、階段を上って屋上に向かった。この学校の屋上は基本的に解放されていない。しかし、カギが壊れているのか簡単に扉があくようになっている。


 俺は一人、屋上に出ると、そこで昼食の弁当を食べる。中身は自分で学校に行く前に適当に詰めた、冷食の詰め合わせだ。


 特に美味しいとも感じない昼食を食べ終えて、一息入れるとふと背後に気配を感じた。


「あ、やっぱりここにいたんだ。ほんとはここには入っちゃダメなんだからね!」


 朱音がそんなことを言いながらニコニコと近づいてくる。朱音は友達が多いし、弁当を食べた後、俺を探しに来たのだろう。俺はちらりと朱音に視線をやってから問いかける。


「なんで来たんだ?」


「あ、酷い! きっと一人で寂しくしているであろう和樹君を探しに来たのに!」


 そう言って怒ったように見せる朱音。


「俺は静かなのが好きなんだ。知っているだろう?」


 俺は朱音をまっすぐ見てそう問いかける。俺の視線を向けられた朱音は「うっ」と、言葉を詰まらせて黙った。幼い時から一緒にいるのだ。もちろん知っていたのだろう。黙った朱音が静かに俺の隣に座ってこちらを見た。


「ねぇ、和樹君」


「なんだ?」


 普段とは少し違う、快活さが見られない朱音の様子に俺は視線を向ける。


「ほんとにあの転校生に興味ないの?」


「ないな」


「ほんとのほんと?」


「ああ」


「ほんとのほんとにほんと?」


「何が聞きたいんだ?」


 俺はしつこいような朱音の質問にそう問い返す。しかし俺の問いに対して朱音からは「うっ」と、詰まったような言葉と、その後の苦笑いしか答えを得られなかった。俺はため息を吐きつつ朱音に対して言葉を紡ぐ。


「俺は静かなのが好きなのは知っているな?」


「う、うん」


 朱音から肯定の返事が返ってくる。


「しかし朱音と話すことによって、いろいろ周りが騒がしくなっているのも知っているな?」


「う、うん?」


 朱音から疑問形の返事が返ってくる。俺は無視して言葉を続ける。


「ただでさえ学校では朱音と関わりたくないのにその上、あの転校生と関わってみろ、もっとうるさいことになるだろうが」


 俺はそう言い切って朱音を見る。


「ひ、酷いよ! そんなこと思ってたの!?」


 朱音がショックを受けたように叫ぶ。目は少し涙目で、怒りでか顔が赤い。朱音の怒りの抗議が続く。


「そ、それに! 私と喋るだけで周りが騒がしいって何!?」


「気付いてなかったのか?」


 俺は心底疲れたような表情をして問いかける。


「な、何を?」


 朱音が俺の言葉に一瞬たじろぐ。


「お前、見た目がいいから話してるだけで嫉妬の視線がすごいんだぞ?」


「ふぇっ?」


 俺の言葉に変な声を出し、今度は別の意味で赤面する朱音。「和樹君が褒めてくれた」と小さくつぶやいている朱音に俺はため息を吐く。


「つまり、そう言うことだ。だから俺は転校生には自分から関わりに行く気がない」


 俺はそう言って締めくくった。何を勘違いしているかはわからないが朱音は頷く。


「つまり、これからも私は和樹君にどんどん話しかければいいんだね!」


「全っ然! 違う!」


 俺は脱力感と共にツッコミを入れる。俺の話をちゃんと聞いていたのか?


「違うの!?」


 朱音が愕然とした表情で聞き返してくる。実はこんなやり取りは初めてじゃない。俺は何かあるたびに朱音に言って聞かせるのだが、いつもそうやって流されるのだ。


 朱音に話して聞かせたことが、今日も無駄になったことを知り脱力した俺は、ちょうど予鈴のチャイムが鳴っているのに気付く。


「はぁ、予鈴だ。とりあえず帰るぞ」


 俺はそう言って立ち上がると、朱音の頭をポンポンと撫でてから階段に向かう。


「ふぇ? えへへ。はーい」


 一瞬、俺の行動に疑問符を浮かべた朱音だがすぐに顔を赤くしつつも綻ばせてついてきたのだった。



 


 教室に戻った俺が最初に目にしたのは、いまだに囲まれている転校生の片倉の姿だった。流石に毎時間の質問攻めは堪えるのか、気のせいか徐々に疲れたような苦笑いに変化しているのに気付く。


「疲れているのに気が付かないのかな?」


 ふと、後ろにいたはずの朱音が隣にいて、そう呟いた。俺の気のせいではなかったようだ。


「まあ、転校生と言えばあんなもんだろ」


 俺は同情的な視線を向けつつそう言って、自分の席に戻ろうと進む。俺が近づいてきているのに気が付いたクラスメイトがモーセのように道を開けた。若干怯えているような視線も混じっている。教室ではあまり喋らないからか、女子からは少し怖がられているようにも感じる。男子からは朱音と喋っているときに限りそのようなことはないが。


 過去に朱音に振られたという上級生に絡まれて、返り討ちにしたという噂も女子たちの反応に一役買っているのだろう。その時は、朱音が楽しげに喋る相手と言うことで目をつけられたのだ。仕方なく自分の身を守るために抵抗したのだが、思っていた以上にその上級生が弱かっただけだ。加えて、過去にも同じようなことがあり、対応に慣れてきていたのもあるだろう。


 俺はそんな怖がられるような反応や視線を受けながら自分の席に就く。それと時間を同じくして授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。


 ボーっと午後、最初の授業を受ける。少しうとうととしてきたところで隣から視線を感じた。俺はその視線に目を向ける。俺の席は教室の一番後ろの角なため、隣には片倉しかいない。その片倉と目が合った。片倉は俺に気付くとにこりと笑う。俺にはそれが酷い作り笑いに見えた。


 俺はそんな片倉の視線を無視して視線をもとに戻す。俺が何も言わなかったり反応しなかったのが意外だったのか、片倉が少し驚いたような反応をしていた気がする。それもしっかりと見ていたわけではないからよくわからなかったが。


 そんな一幕もありつつも、授業は進んで行く。日本史の眠たい授業を午後一番に受け、俺はそのまま睡魔に負けて目を閉じるのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 チャイムが鳴った気がして目を開ける。腕時計に目をやると時刻は夕方に差し掛かり、放課後になっていた。


 俺は目をこすりながらカバンに教科書を詰め込み立ち上がる。そこにあまり聞きなれない声音で声がかかった。


「やっと起きたんですか?」


 俺は声の主に視線をやった。夕日が差し込む教室で、逆光になりまぶしさに目を細めつつ相手を確認する。その声の主は転校生の片倉だった。


「まだいたんだな。てっきりみんなに誘われたりして、帰りに遊びにでも行くと思ってたよ」


 俺は皮肉気な笑みを浮かべてそう問いかけた。自分から関わるつもりはなかったが、向こうから来たのだ。仕方ない。


「誘われましたよ」


「じゃあ、なぜ?」


 俺は片倉にそう問いかける。俺に問いかけられた片倉は楽しそうに笑ってこちらを見た。


「あなただけが私に何も反応をしなかった男子ですから。気になっていたんです。だから断っちゃいました」


 そう言って笑う片倉は、なるほど確かに普通の男子ならば声をかけたくなるだろう雰囲気を持っていた。しかし俺は幼い時から朱音を見てきたし、容姿が優れていたり、男子から人気があるのが必ずしもその人にとって幸せかと言うとそうでもなかったりすることもあることを知っていた。


 その上、中学時代は朱音の隣にいるだけで絡まれたりしてきたのだ。だから俺は積極的に関わろうとは思わないのだ。


「そうか。それで?」


 とりあえず無難に言葉を返す。しかし態度では面倒に思っているのを隠そうとは思わなかった。そんな俺の態度が面白いのか、片倉は悪戯っぽく笑ってこちらを見る。その笑い方は午後の授業中に見た時よりも自然に見えた。


「ふふっ、ほかの方はみんな私を質問攻めにしてきたのに、あなたは何も聞かないし、むしろ同情的な視線も向けてきましたよね?」


「そうだな。あれだけずっと囲まれていたら、さすがに疲れるだろうと思ってたな」


 特に否定することもないので肯定する。そして俺はカバンを持って立ち上がる。


「もういいか?」


 俺は片倉に向けてそう言った。


「待ってください。一緒に帰りましょう?」


 なぜか片倉はそう言って俺に近づいて来て、そのまま俺の腕をとる。


「おい、何をしている?」


 俺は半眼になって尋ねる。俺に問われた片倉はきょとんとして首を傾げた。何を問われているかわからないといった表情だ。


「何がですか?」


「腕を組む必要はないだろうが」


 俺はそう言って片倉から離れる。少し不満げにも見える片倉の態度に俺はため息を吐いた。


「何のつもりだ?」


「私、あなたのことをもっと知りたいと思いまして」


 そう言いながら近づいてくる片倉に、俺は一歩ずつ距離をとるように下がっていく。俺が壁際に追い詰められた時、不意に片倉の後方、教室の入り口の方から「ガタッ」っと音がした。


 俺と片倉はそろって音がした方向に視線を向けた。そこには朱音がカバンを撮り下ろした状態で立ち尽くしていた。


「あ、朱音。いいところに―――」


 俺は助けを求めるようにそう声をかけようとしたところ、朱音は体をプルプルさせてこちらを見る。


「和樹君! どういうこと!?」


 そう叫んだ朱音は顔を真っ赤にして怒り心頭だ。


「どういうことって何がだ?」


 俺は怒った様子の朱音を落ち着かせるように抑えながら聞き返す。


「自分からは関わらないって言っておきながらなんか近づいてるじゃないの! さっきは腕も組んでいたし!」


「あら、そんなことを言ってたんですか?」


 朱音の話を隣で聞いていた片倉が楽しそうに笑う。それを見た朱音はキッと俺を睨みつけると俺の片腕を抱え込むようにして組んだ。


「そもそも片倉さんはどうして和樹君に迫っていたの?」


 ようやく朱音はそこに行きついたようだ。その件に関しては俺を問い詰めても答えは出てこない。俺だってわからないのだから。


「それは、黒岩君といたら楽しそうだったから?」


 片倉は首をかしげながらそう言って、もう片方の腕をとった。はたから見ると両手に花の状態にしか見えない俺の状況に、心底放課後の人が少ない時間帯でよかったと思う。


「頼むから離れてくれないか?」


 俺はそう懇願する。しかし二人ともがどこ吹く風で俺にしがみつくように腕を抱えている。両腕に感じる二人の体温や体の柔らかさに、俺は冷汗をかいた。そして二人はにらみ合って言うのだ。


「和樹君から片倉さんが離れたら私も離れる!」


「黒岩さんから宮元さんが離れたら私も離れます」


 二人はそのまま言い合いを始めた。朱音はどこか真剣みを帯びて、片倉はどこか楽しそうに揶揄いを交えて。


「勘弁してくれ」


 俺はそう呟く。


 今日は散々だ。心の底からそう思った。放課後の教室の中、二人の少女に両腕をそれぞれ組まれていて、それがお互い言い争っているのを見ると、ひどく頭が痛く感じるのだった。

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