第5話 未来
————翌日、騎士団詰所————
アルドとディアドラは、ラキシスのもとへ報告に出向いた。
詰所に着くと、ラキシスに紙切れを渡され、読むように促された。
《——ラキシス様——勝手なことですが、しばらくお暇を頂戴致します。自分の戦いが本当に正義なのか、見つめ直す時間を下さい。——アナベル——》
ラキシスが今朝、詰所に来ると机の上に置いてあったそうだ。
「——何かあったのか?」
訊ねるラキシスに、2人はリンデで起こった出来事を話した。
魔獣がリンデを襲撃したこと。
人質にとられたケイトのこと。
魔獣がケイトをかばって死んだこと。
「そんなことがあったのか。——アナベルは何か思うところがあったのだろうか?」
「たぶんアナベルは、あいつに言われたこと、引っかかってるんだと思う。」
アルドは死んだ魔獣の言葉を思い返していた。
「魔獣がさ、言ったんだよ。——魔獣を殺すアナベルは、人間を殺す魔獣と同じだ——って。それで…アナベルは言い返せなかったんだ。」
「——そうか。……私も代わってやれるものなら代わってやりたいんだがな…。」
ラキシスは窓の外を見ている。
「『聖騎士アンナ』の生まれ変わりだと担ぎ上げられ、魔獣を滅ぼすことに疑問を持つことすら許されない。——だが、どんな大義名分を掲げたところで、それは誰かの命を奪うことに他ならない。疑問を持つこともあるだろう。アナベルはそれを誰にも悟られないようにひとりで抱え込んでいる…。」
「………」
ラキシスは振り向き、アルドとディアドラの肩を叩いた。
「——まぁ、彼女はそんなにヤワじゃない。すぐに帰ってくるだろう。2人とも彼女を支えてやってくれ。」
「ああ、もちろんだ。」
「無論だ。」
アルドとディアドラは答えた。
「ところで——」
ラキシスは椅子に腰掛ける。
「『新種の魔物』は見つかったのか?」
——そうだ、その件の報告もしていなかった。
どうやって説明したものか、『異時層』などと言って、理解してもらえるだろうか。
アルドとディアドラは顔を見合わせた。
「——見つけたが…」
「………」
「…破壊した。」
ディアドラは大胆に端折った。
『新種の魔物』を追って随分と長い時間足踏みしていたのだ。そんな説明でいいはずがない。
「——そうか。それならいい。」
(いいんだ…。)
アルドも椅子に腰掛けた。
「なぁラキシス、倒れたって聞いたけど、大丈夫だったのか?——そう言えば今日はソイラがいないな。」
アルドは詰所の中を見回す。
「そうだ!ソイラはどこだ!?私もソイラに用がある!——あっ、私なら大丈夫だ。問題ない。」
そう言うとラキシスは、ソイラを探しに詰所を出て行った。
「——俺たちも行こうか。」
アルドが言うと、ディアドラはうなずいた。
————その頃、セレナ海岸————
ひとりの兵士がユニガンの門から出て来た。
「——くそ!『ツルリンの根っこ』が効かないとは、ミグランスのヤツらはどんな胃袋をしてやがるんだ!」
イラついた様子で歩いて行く。
「見つけましたよ〜。やっと尻尾を出しましたね〜。」
兵士の前に人影が立ちはだかる。
———ソイラだ。
「あなたの仕業でしたか〜。中和剤を混ぜておいたので〜、みんなお腹を下したくらいで済みましたけどね〜。」
ソイラは笑みをたたえたまま兵士に近づく。
「兵隊さんたちをダメにしてから街を襲うつもりだったんですよね〜。」
兵士は後退りする。
「——ちっ。バレちまったら仕方ねぇ。」
そう言うと兵士は呪文を唱え始めた。
兵士は光に包まれ魔獣の姿に変化する。
「それが本当の姿ということですか〜。許しませんよ〜。」
「許しませんだぁ?——けっけっけ……出てこい、野郎ども!——」
「………」
「……野郎ども!?」
「………」
「……野郎?…ども??」
魔獣は焦って周りを見回す。
「隠れてたお仲間なら出て来ませんよ〜。みんなで街を襲うつもりだったんでしょ〜。危ないから先に片付けておきましたよ〜。」
「ち、ちくしょー!これでもくらえー!」
そう言うと、魔獣は鋭い爪をソイラに向ける。その瞬間——。
———ザスッ———
ソイラの槍が魔獣を貫く。
「……はや…い…」
(ドサッ)
「あ、言い忘れてましたけど〜。わたしはアナベルさんほど優しくありませんからね〜。」
————王都ユニガン酒場————
テーブル席で2人の兵士が話している。
アナベルの部下だ。
「——それにしてもアナベル様とディアドラさんの連携すごかったなー。あと、なんだっけ?もうひとりの、アラ?…アル?…まぁいいや。」
「ああそうだなー。アナベル様とディアドラさんって、なんかこう…剣捌きっていうか身のこなしっていうか、似てるよな。使う技全然違うのに。」
「あー、それ俺も思った。ていうかディアドラさん、アナベル様のこと『姉さん!』って呼んでなかったか?昨日戦ってるとき。あれ何なのか気になるよなぁ。」
「そうだっけ?気になるならディアドラさんに聞いてみれば?」
「いやだよ。こえーよ。お前だって見ただろ?あのケイオスセイバーとか言うの。あんなん食らったら俺たちなんか骨も残らないぜ。」
「だな。ははは。」
「おっと、長くなっちまったな。そろそろ帰るか。マスター、お会計!」
2人はほろ酔い気分で店を出た。
入れ替わりに入って来たのはアルドとディアドラだ。
「——マスター!ミートパイを2人前頼む!」
アルドは注文をするとテーブル席に腰掛けた。
テーブルにはグラスと水差しが置かれていた。
アルドに続いて席についたディアドラは、心なしか暗い表情をしている。
「——なぁディアドラ、もしかしてアナベルのこと、気にしてるのか?」
アルドは水差しに手を伸ばした。
「…まぁな。私にとってはたったひとりの家族なんだ。気にもなるさ。——ラキシス殿の言う通りだと思うんだ。おそらく姉さんは、魔獣に剣を向けることに、疑問を持ち始めている。それがいいことなのか悪いことなのか、私には分からない。」
アルドは少し考えながら2つのグラスに水を注ぐ。
その片方をディアドラに渡した。
「うーん…、それでいいんじゃないか?『聖騎士アンナ』の生まれ変わりなんて言われてるけど、アナベルは『アナベル』だろ。『聖騎士アンナ』じゃない。悩んで当然じゃないのか?」
アルドの言葉にディアドラはハッとした。
——アナベルは『アナベル』だ——。
きっとそれは、他の誰でもなく自分が真っ先に言うべき言葉なのだ。
なぜ目の前の他人に言えて、たったひとりの肉親である自分に言えないのだろう。
ディアドラはうつむく。
「……私は妹失格だな。血の繋がりがなければ姉さんの隣に立っていることもなかったのだろう。」
「そんなことはないさ。」
アルドは笑っている。
「妹に失格も何もないだろ、もう妹なんだから。それに、血が繋がってなかったとしても、きっとふたりは姉妹になってたと思うぞ。」
ディアドラは顔を上げた。
アルドは続ける。
「家族ってさ、いろんな形があるだろ?家族になるのに資格なんてないんだ。お互いがお互いを『家族』って思ったら、それはもう家族なんだよ。」
アルドはフィーネと村長の顔を思い浮かべる。
やっぱり『家族』とはそういうものだ。アルドは心の中で再確認した。
「——ディアドラはアナベルのことどう思ってるんだ?」
「無論、アナベルは私の姉だ。」
「アナベルもディアドラのこと妹だと思ってるよ。それはディアドラ自身がよく分かってるだろ?だからふたりは姉妹なんだ。」
アルドはグラスの水を飲み干した。
「…そういうものなのか?」
ディアドラは近くにあった水差しに手を伸ばし、アルドが飲み干したグラスに水を注ぐ。
「そういうもんさ。俺は、たとえそれが人間と魔獣であっても、お互いに思い合えたら『家族』になれると思ってるよ。…ケイトさんとあの魔獣を見てたらそう思えたんだ。」
ディアドラは自分のグラスにひとくちだけ口をつけ、ゆっくりと置いた。
「確かにアルドの言う通りかもしれない。2人はあのとき本当に『家族』になれたんだろう。魔獣と人が共存する未来もあり得るのかも知れない。でも、私はそんなに簡単に割り切れないな…。」
ディアドラは頬杖をつき、グラスのふちを指でなぞった。
「まあそうだろうさ。アナベルには魔獣を倒す使命があることも、ディアドラが魔獣を憎んでいることも知ってる。——けど、それでも俺は、誰もが手を取り合って生きていける『未来』が来ればいいと思ってるよ。その中には魔獣も、アナベルやディアドラも入ってるんだ。」
自分の後ろ向きな気持ちとは違い、アルドの語る『未来』は希望に満ち、輝いている。
ディアドラにはそれがとても眩しく感じられた。
「——『未来』か……。」
「私も———」
ディアドラが言いかけたとき。
(ドカッ)
「——はい、お待ちどおさま!」
店主が持って来たのは焼きたてのミートパイだ。
「うぉー!うまそうだ!ディアドラ、早く食べようぜ!」
「——そうだな、いただこう。」
(私も……お前の目指す『未来』を、少しだけ見てみたくなった。)
「ん?なんか言ったか?」
ディアドラはグラスの水を一気に飲み干し、ようやく笑顔を見せて言った。
「——いいや、なんにも。」
———おわり———
大きくて白いガチャンガチャン 茂菌研究室 @shigeking
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