第4話 母と子
———リンデ———
「ひゃっはー!人間どもー!今日からこの町は俺たちのものだー!」
魔獣の襲撃である。十数人ほどの魔獣がリンデの町になだれ込んできた。
ユニガンへ襲撃予告を出し、手薄になっているリンデを襲う。全て作戦通りだった。
誤算だったのはアナベルがそこにいたことだ。
「待ちなさい!あなたたちの好きにはさせないわ!」
アナベルは魔獣の前に立ちはだかる。
アナベルの後ろには町の住人が集まり、戦いを見守っていた。
アナベルの部下は住人を守るように取り囲んでいる。
「みんな、安心して!この聖騎士アナベルがいる限り、魔獣は一歩も通さないわ!」
「なんだぁ?小娘ぇ……ん?げげっ!貴様は『聖騎士アンナ』の生まれ変わり!なんでこんなとこにいるんだ!人間の兵士はみんな城下町にいるんじゃないのか!?襲撃するって予告を出しておいたはずだぞ!?」
「あなたがリーダーかしら。ふんっ、魔獣の考えそうなことね。予告が揺動だということなんかお見通しよ!」
アナベルは剣を構える。
「くそーっ!あんなのがいたんじゃ勝ち目はねぇ。計画はおしまいだー!」
魔獣の野望は砕かれた。
——かに見えた。
「……………くっくっ…。」
魔獣が笑っている。
「あーはっはっは!」
異様な光景だった。
アナベルにとって魔獣を何人か相手にするくらい造作もないことだ。
それは魔獣にも分かっているはずである。
それなのに大声で笑っているのだ。
アナベルは剣のきっさきを魔獣に向けた。
「——何がおかしい。」
「何がおかしいだぁ?——おい、野郎ども!例のヤツを出せ!」
魔獣のリーダーがそう言うと、近くにいた別の魔獣が指笛を吹いた。
(———フィィィィー。)
アナベルは地面に微かな振動を感じた。
何かが近づいて来る。
(……シャン、……シャン、…)
「何かしら。」
(…シャン、…シャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン)
魔獣たちの後ろから何か走って来る。
やがて、白く大きなそれはアナベルの前で立ち止まる。
「——これは!」
「おどろいたかぁ!?海岸で拾ったんだぁ。すごい兵器に違いねぇ。これでお前たちを叩きのめしてやる!同胞たちの恨み、今こそ果たしてや——って聞いてるのか!?」
アナベルは首を捻って考え込んでいる。
「……これ、何だったかしら。見覚えがある気がするけど……。まぁいいわ、たぶんあれが『ガシャンガシャン』の正体ね。——ねぇ!これ破壊してもいいのよね?」
アナベルは自信満々だ。
確かにその巨体は一見強そうに見えるが、アナベルがこれまで倒してきた相手に比べればどうということはない。
全く怯む気配を見せないアナベルに、後ろで見守るリンデの住人たちは安心しきっていた。
アナベルが剣を振り上げ、その白い巨体に斬りかかろうとしたそのとき——。
「待て。よく見ろ。」
魔獣のリーダーはアナベルの後ろを指差した。
アナベルが振り向くと、戦いを見守っている群衆の中で、若い男がひとりの女性にナイフを突きつけている。
男は女性をうしろ手に捕まえ、ナイフを突き付けたまま前に出てきた。
住人たちは道を開ける。兵士たちも手が出せない。
「………」
男は黙っている。
魔獣のリーダーは笑みを浮かべてアナベルに言った。
「動くなよぉ?動いたらあの女がどうなるか……わかるよなぁ?」
「——くっ——人質とは卑怯な…!」
アナベルは動けない。
「なんとでも言え。よーし、まずはお前を二度と戦えないようにしてやる。——そら!やっちまえ!」
魔獣のリーダーが命じると、巨大な兵器がアナベルに突進して来る。
アナベルは目をつむった。
(———ガキィィィンッ———)
誰もが顔を背けた。
少しの沈黙の後。「——あれ?」アナベルは意識があった。どこも痛くない。
アナベルはつむっていた目をゆっくりと開いた。
そこにはひとりの剣士の背中があった。
巨大な兵器の攻撃を剣で受け止めている。
アナベルはそれが誰だかすぐに分かった。
「——アルド!」
「待たせたな、アナベル!」
アナベルは少しばかり目を潤ませているようだ。
「…ぐすっ…遅いわよ!どこで油売ってたのよ!」
「話はあとだ!今はこの錬仗兵器を倒すぞ!」
「でも人質が——!」
アナベルはうしろを指差す。
「——姉さん、心配ない。」
アナベルは声の方を見る。
ディアドラだ。
ディアドラは魔獣のリーダーの首筋に剣を突きつけている。
「さぁ、人質を解放しろ!———ん?お前は!?」
ディアドラの嫌な予感は当たっていた。
人質はケイト、ナイフの男はトーマスだ。
「おい、トーマス!どういうことだ!」
「………」
ディアドラの問答にトーマスは答えない。
代わりに魔獣のリーダーが答える。
「くっくっ……あれはなぁ、俺たちの同胞だ。おーい、もういいぞー!」
トーマスはその言葉を聞くと、何やら呪文を唱え始めた。
するとトーマスの身体は光に包まれ、やがて魔獣の姿に変化した。
「あいつはなぁ、変身の魔術が得意なのさ。海岸で死んでいた人間の姿を写しとって、そいつに化けていたってわけだ。——魔獣に出し抜かれた気分はどうだぁ?人間どもぉ!」
「卑劣な奴め……!」
ディアドラの手に力が入り、魔獣のリーダーの首筋に刃が食い込む。
「おっと、俺を殺せばあの女の命はないぞ。お前にそれが出来るかなぁ?」
誰も動けず緊張状態が続いた。
(……ガタガタ…)
「ん?」異変に気づいたのはアルドだ。
剣で抑えている錬仗兵器が小刻みに震え始めた。
ふと魔獣の叫ぶ声が響く。
「ダメだ!制御できねぇ!暴走するぞ!」
声の主は、どうやら錬仗兵器を操っていた魔獣のようだ。
もともと拾い物である。上手くコントロール出来なかったのだ。
錬仗兵器は腕を振り上げる。
アルドははじき飛ばされた。
「——しまった!」
錬仗兵器はその腕を振り回しながら突進する。
悪いことにその先にはケイトが。
アルドも、ディアドラも、アナベルも間に合わない——。
(——ドォォォン!——)
衝撃音とともに砂煙が巻き上がる。
砂煙が晴れていく。
ケイトは無事のようだ。
錬仗兵器が振り下ろした腕はケイトには当たっていない。
代わりに、トーマスに化けていた魔獣が、暴走した錬仗兵器の攻撃を受けていた。
ケイトをかばったのだ。
魔獣は頭から血を流しながら、なおも前進しようとする錬仗兵器を受け止めている。
アルドはすぐに駆け寄り錬仗兵器を押し返した。
「——ディアドラ!アナベル!錬仗兵器を片付けるぞ!——X斬り!」
今が勝機と見るや、アルドは全力をぶつける。
2人もすぐに反応し、錬仗兵器に立ち向かう。
「任せろ!ケイオスセイバー!——姉さん!」
「ええ!ホーリーセイバー!」
数秒後、錬仗兵器は粉々になっていた。
兵器の残骸を見て魔獣たちは後退った。
「……バカめ。同胞を裏切りやがって。——野郎ども、引くぞ!」
魔獣のリーダーがそう言って逃げ出すと、他の魔獣たちも向きを変えて走り去っていった。
あとにはただひとり、トーマスに化けていた魔獣が残されていた。倒れ込んで、動けそうにない。
そばにはアナベルが立っている。
アナベルのもとへ兵士たちが駆け寄る。
「アナベル様!逃げた魔獣を追いますか?」
「いえ、深追いは禁物よ。今はここを守れたことに満足しましょう。この魔獣のことは私に任せて、あなたたちはケガ人の確認と周辺の警備を。」
「——御意。」
兵士たちはそれぞれの持ち場へ散った。
住人たちもその場から散り散りに去って行った。
魔獣は出血がひどい。
「……ざまぁねぇな。人間をかばっちまうなんてよぉ。——早く殺せ。」
アナベルは魔獣に剣を向けた。
「——アナベル!」
アルドは止めるために駆け寄ろうとしたが、ディアドラが無言のままそれを制した。
アナベルは表情を変えない。
「魔獣は人を殺す生き物よ。あなたもそうなんでしょ?」
魔獣は息が浅くなっている。
「——ああ、そうだな。……だが、人間も俺の母親を殺した。人は魔獣を殺す生き物なんだろ?」
アナベルの指先がピクリと動いた。
「——私は、——私の『正義』に従うまでよ!」
「『正義』だと?魔獣を殺すことがか?——お前は人を殺す魔獣と同じことを言う。…お前は人の皮を被った『魔獣』だ。」
「——黙りなさい!」
アナベルは唇を噛みしめた。
剣先が震えている。
魔獣はアナベルを真っ直ぐに見つめた。
「………」
アナベルは、震える手を誤魔化すように、剣を鞘に戻すと、向きを変えて歩き出した。
「その魔獣はもう長くないわ。私がとどめを刺すまでもないわね。——私は周辺の警備を見直して来るわ。」
アナベルは去っていった。
アナベルの言う通り、魔獣には死が間近に迫っていた。
魔獣はふと手のひらに温かい感触を覚えた。
ケイトがその手を握っている。
「……おい、何をしている。…俺はお前を騙したんだぞ。」
ケイトはゆっくりと口を開いた。
「——ホントはね。最初からわかってたのよ。あなたがトーマスじゃないってこと。わかるわよぉ、自分の息子を間違えたりしないわ。でもね、……嬉しかったのよ。夢を見てるみたいだったわ。きっとトーマスが死んで寂しくなっていたのね。——ねぇ、あなた、なんで私をかばったの?」
「……ははっ、そんなことか。俺も…ガラにもなく、母親のこと思い出しちまってな。身体が勝手に動いちまった。」
魔獣は空を仰ぐ。
「——なぁ、俺、死ぬんだな。」
「…えぇ、たぶんね。…あなた名前は何て言うの?」
「……そんなもん、随分昔に忘れちまった…。」
「そう。なら今だけ、あなたはトーマスね。——ねぇトーマス、人と魔獣の戦争はいつか終わると思う?どうしたら人と魔獣は仲良く出来るのかしら。」
「……どう…だろうな。わかんねえ…や…。」
「ねぇトーマス、…私はあなたのお母さんになれたかしら。」
「……あぁ、なれたよ…。」
魔獣の目に涙が溢れる。
「ミート…パイ…うまかった…。……おれ…あんた…のむすこに…なれた…か…な…。」
「…ええ、あなたはもう私の息子よ。」
ケイトの目からも涙が溢れた。
魔獣は残っている力を振り絞って、ケイトの手を握り返した。
「…あり…が…とう…………おか…あ…さ……ん——。」
魔獣はゆっくりと目を閉じる。
その手をケイトが握っても、もう握り返すことはなかった。
ケイトは夕暮れまで大声で泣いた。
ケイトが泣き止むまで、アルドとディアドラは無言でかたわらに立ち続けた。
日が暮れる頃、一行はリンデをたち、ユニガンヘ向かった。
帰り道、誰も言葉を発する者はいなかった。
重い足音と息づかいだけがひたすらに響いた。
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