第13話(最終話)

 日曜日、私はベルちゃんを、はじめて会ったファミレスに呼び出した。

「こんにちは、オクトーブルさん」

 私の向かいの席に座り、ベルちゃんがにこやかにあいさつをした。私も笑顔を浮かべてあいさつを返したけれど、緊張していたから上手く笑えている自信がない。

「えっと、急に呼び出してごめんね」

「オクトーブルさんからのデートの誘いならいつでもOKですよ」

 そんなベルちゃんの軽い返しが胸にグサグサと突き刺さる。

 ベルちゃんにどう話そうかずっと悩んでいたけれど、今、この時点でもどうすればいいのかわからない。

 今日、ベルちゃんに会うことをリンリンに言ったけれど、一緒に来るとは言わなかった。

 多分、私を信用してくれたのだと思う。そんなリンリンのためにも、そして何よりベルちゃんのためにも、私は誤魔化さず、きちんと私の想いを伝えなければいけない。

「今日は……その……デートじゃなくて、大事なお話がありまして……」

 決意はあるのだけれど、上手く言葉が出てこない。

 だけどベルちゃんは落ち着いているようだ。

「はい。なんでしょう」

 姿勢を正して私の顔を真っ直ぐに見つめた。オドオドする私と落ち着いたベルちゃん。どちらが年上なのかわからない。

 私は大きく息をついてから、思い切って言葉を紡いだ。

「私はベルちゃんとお付き合いすることはできません。本当にごめんなさい」

「嫌です」

 間髪入れずにベルちゃんが答えた。

「え? あ、いや、あの……」

「そんな言葉じゃ納得できません。そうして付き合えないのか理由を教えてください」

 ごもっともである。

「私が、リンリ……三嶋鈴さんのことを好きだからです。ベルちゃんのことは好きだけど、付き合うとかそういう好きじゃなくて、友だちとして好きというか……」

 話ながら、小学生の作文の方が上手なんじゃないかと自己嫌悪に陥りそうになるけれど、これ以上の言葉が出てこないのだから仕方ない。

 ベルちゃんは、ハァ~~と大きなため息をついた。

「わかってましたよ。昨日も全然私のことを見てくれてなかったじゃないですか。ずっと軍曹のことばっかり気にしてて」

 まさかベルちゃんが気付いていたなんて思わなくてびっくりしてしまった。そんなにわかりやすい態度だったのだろうか? いや、あれはリンリンが睦と付き合っているとか言い出したからびっくりしたせいだと思う。

 っていうか、ベルちゃんはリンリンの呼び名を「軍曹」で確定してしまったみたいだ。「軍曹」じゃなくて「曹長」だよ、なんてツッコミを入れている場合じゃないのだけれど、ついついそんなところに意識がいってしまう。

「オクトーブルさんと顔を合わせたのは木曜日だから、まだ四日ですけど、私、結構本気だったんですよ」

「はい」

「付き合って三日で別れるとか、最悪じゃないですか」

「はい」

「確かにちょっと強引でしたけど、オクトーブルさんは流され過ぎです」

「はい」

「大人なんですから、もっとしっかりしてください」

「はい」

「軍曹と付き合うんですか?」

「はい」

「軍曹に強引に迫られて流されてるだけじゃないんですか?」

「は、い、いいえ。違います」

「騙されなかったか」

 そう言ってベルちゃんはニッコリと笑った。だけどその瞳は少し潤んでいるように見える。

「もっとごねようかと思ったけど、かわいそうだから引いてあげます。お付き合いらしいこと、何もしてないですけど、オクトーブルさんとお付き合いできてうれしかった。私がオクトーブルさんを好きだったってことだけは、忘れないでくださいね」

「うん。ありがとう」

 私の返事を聞くと、ベルちゃんはスッと立ち上がった。

「それじゃあ、私はもう帰りますね。あ、そうだ。これからも友だちとしてまた一緒にゲームをしてもいいですか?」

「もちろん。また一緒に遊ぼう」

 ベルちゃんは笑顔で手を振ると振り向かずに真っ直ぐに前を向いて歩き去った。

 私はその後ろ姿が見えなくなるまで見つめることしかできなかった。

 最後までベルちゃんに助けられてしまったみたいだ。

 こんなに情けない私を好きだと言ってくれたベルちゃんには感謝しかない。

 情けない私を責めなかったベルちゃんのためにも、面倒くさい思考回路を脱出して一歩踏み出してくれたリンリンのためにも、私はもっとしっかりしなくてはいけない、そう強く思った。

 ファミレスを出るとすぐにスマホを取り出した。

 リンリンに、ベルちゃんとの話が終わったとメッセージを送るとすぐに返事がきた。

 駅前の公園にいるらしい。

 私は小走りで公園へと向かった。

 公園についたら、改めてリンリンに告白をしよう。

 そう決意していたのに、公園には想像以上に人がいた。

 駆け回る子どもたちとそれを見守りながら世間話をする親御さん。散歩をする人たち、カップルらしき男女もいた。

 そんなたくさんの人たちの中でもリンリンの姿は一際輝いて見える。ベンチに座っているだけで絵になる感じだ。

 ここで告白をするのはさすがに恥ずかしいかもしれない。もう少し人の少ないところに移動しようか……と、考えながらリンリンの近くに歩み寄る。

 私に気付いたリンリンが立ち上がった。

「どうだった?」

 その表情に少しだけ不安の色を感じる。

 その顔をみたら、ごちゃごちゃと考えていたことが一気に吹き飛んだ。

「私は鈴さんのことが好きです。私と付き合って下さい」

 後ろ手に持っていた小さな花束を両手で差し出しす。

 駅前の花屋で買ったものだ。

 リンリンは少し驚いた顔をしたけれど、すぐに笑みを浮かべた。

「ありがとう。私も神奈ちゃんが好きだよ」

 そう言って花束を受け取ってくれる。ドキドキしているのに心地良くて、うれしいのに泣きたいような気持ちになった。

 キスは前借りしてしまった。

 手をつなぐのも前借りした。

 だから私は両手を広げてリンリンを抱きしめた。

 そしてリンリンの耳元に口を寄せて言う。

「もしもまた面倒臭いことを考えちゃったら、そのことをちゃんと話してね。私、鈍いからリンリンが何を考えているのかわからなくなっちゃうからさ」

 するとリンリンは私の背中に手を回して言った。

「神奈ちゃんも勢いに流されて適当な返事をしないようにしてね」

「あ、はい」

 なんだかすごく遠回りをしたような気がするけれど、こうしてリンリンを抱きしめることができて、本当に幸せだ。

 この気持ちをずっと忘れないようにしよう。

 公園にいる人たちの視線が集まっていたかもしれないけれど、私はそれを気にすることなく、リンリンのぬくもりを堪能した。

 そうして付き合ってからはじめての週末。

 金曜日の仕事を終えると、リンリンと仲良く家路についた。

 今までは友だちとしてウチに来ていたけれど、今日は恋人としてウチに来る。ドキドキワクワクだ。

「ねえ、神奈ちゃん」

「なに?」

「お付き合いをはじめて、初のお泊りなんだけど」

「あ、う、うん、そうだね」

 わかっているけれど、そうして改めて言われると照れる。

「睦くん、家にいるの?」

「いるよ」

 素直に答えるとリンリンは少し不機嫌さを滲ませた。

「睦くん、神奈ちゃんにフラれたんだから出て行けばいいのに」

 そんなリンリンの言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「もしかして睦くん、まだ神奈ちゃんのことを諦めてないんじゃないの? 大丈夫なの?」

「何を心配しているかは分かるけど、大丈夫だよ。二十年以上姉弟だったんだから」

 私の偽らない気持ちなのだけど、血の繋がらない姉弟で、しかも惚れている宣言までされたのだから、リンリンが心配する気持ちもわかる。

 だけどその辺りについてはちゃんと睦と話をしたのだ。

 そのとき睦はこう言った。

「そもそも、あの女が変なこと言い出さなかったら、オレは何も言うつもりはなかったんだ。とっくの昔に自分の中で完結してる。オレは弟のままでいい」

 睦の言葉にウソはないと思った。

「そのかわり、弟の立場だけは誰にも譲らないけどね。あの女、その立場まで奪おうとしたんだぜ。怖い女だよな。神奈、あの女で本当にいいのか?やめた方がいいんじゃないか?」

 多分、この言葉にもウソはないんだろう。

 リンリンと睦の仲の悪さが気になるところだが、まあ、大丈夫だろう。

 基本的に、睦はゲームを与えておけば無害なのだ。

 睦のことは問題ないとうことを、つたない言葉で説明しているうちに家に着いた。

「ただいま」

 そう言って家に入ると、いつものように「おう」という睦の声が返ってきた。

 そしてその直後、「お帰りなさい」というかわいい女の子の声が続いた。

 私とリンリンは一瞬目を合わせると、慌ててリビングを覗いた。

 そこにはソファーに座ってゲームをするベルちゃんの姿があった。

「な、なんであの子がいるの?」

 笑顔と呼ぶには恐ろしい顔でリンリンが私を見る。

「いや、知らない。睦が呼んだの?」

「いや、勝手に来た」

 するとベルちゃんは満面の笑みで言う。

「だって、神奈さんが友だちとして一緒にゲームをしようって言ったじゃないですか」

 ベルちゃんが私のことを本名で呼んだことに驚いた。

 なんだか雲行きが怪しくなってきている。

 すぐ横にいるリンリンの形相を確かめるのが怖い。

「それに……」

 ベルちゃんはそう言いながら立ち上がると、スッと私に歩み寄って腕に絡みついた。

「別れることは了承しましたけど、神奈さんのことを諦めるとは言ってませんよ」

「え? そういうこと? どういうこと?」

 私はあたふたしながら、ベルちゃんとリンリンの顔を見る。

 満面の笑みを浮かべるベルちゃんと鬼の形相のリンリン。

 正直、どちらも怖い。

「あと半年もしないうちに、私、女子大生ですから、遠慮なく手を出してくれていいですよ」

 そう言ったベルちゃんがさらに私にすり寄る。

「ちょっと、神奈ちゃんから離れなさい」

 リンリンがベルちゃんを羽交い絞めにして私から引き離した。

「神奈ちゃん、これ、どういうことなの?」

「どうと言われても、私もわかんないよ」

 これはどういう状況なのだろう。

 相関図がシンプルになって大団円だと思ったのに、全然シンプルになってない?

「神奈さん、これからゆっくりと愛を育みましょうね」

 とベルちゃんが言えば

「子どもが生意気なことを言ってるんじゃないわよ」

 とリンリンが噛みつく。

「おばさんよりも、若い方がいいですよね? 神奈さん」

 さらにベルちゃんが煽ると

「楽しそうだな、オレも参戦しようか?」

 と睦が混ぜ返す。

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着こうね」

 睦のことは放置して、二人を必死でなだめながら、これが噂に聞く『モテ期』ってやつかな、などと考えてしまう。

 モテ期、うれしくないよ。

 私は穏やかにウキウキワクワクの恋愛がしたいんだ!

 でも、まだしばらくは騒々しい日々が続きそうだ……。

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名前も顔も知らない人に、恋することはありますか? 悠生ゆう @yuk_7_kuy

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