第5話

 ある日、俺は昼過ぎから行われる町の清掃活動に参加していた。

 集合場所である公園に着くと、既に幾ばくかの人が集まっている。

 年齢層は比較的高めだ。周辺に住んでいる高齢者が多い。

 しかし、その中で一つだけ明らかに浮いているグループがあった。


「あ、蓮ちゃーん、こっちこっち!」


 片手をブンブンと振る楓香と、その傍には茉莉と梗介。

 全員、動きやすい格好をしている。


「何だ、二人も来たのか」

「何だ、とは随分なご挨拶で……」

「天野さんに誘われてね」


 元々は俺が予定を聞かれたので、この清掃活動に参加する予定だと答えたところ、楓香が自分も行くと言い出した次第だ。

 自由参加なので好きにすればいい、と放っておいたが、まさか水面下でそのようなやり取りをしていたとは。


「蓮は水臭いから、天野さんが誘ってくれて良かったよ」

「うんうん、その通り!」


 梗介の言葉に茉莉は深く頷く。


「どうして俺が責められてるんだ……それに、茉莉も梗介も忙しいだろ。わざわざ俺の個人的な行いに付き合わせるのは悪い」


 俺が反論すると、二人は「やれやれ」と大仰に首を横に振った。妙に息ピッタリだ。


「平日の放課後は確かに生徒会があるけど、休日は別にそうでもないさ」

「別にあたしもいつも手伝いしてるわけじゃないしねー。それに、これも地域に根差す神社の立派なお仕事さ」


 そう言われてしまうと、これ以上は特に言えることもない。

 楓香はパンパンと両手を鳴らし取りまとめるようにして言う。


「まあまあ、皆がいた方が楽しいし、一人よりもたくさんのゴミが集まるよ。三人寄れば……まんじゅうの知恵!」

「急に食い気を出すな。文殊の知恵、だ」

「おっとこいつは失敬」


 楓香は「てへっ」とはにかんで見せた。

 どこまで本気なのか、良く分からない。


「……とにかく、皆で力を合わせて頑張りましょう!」


 楓香が片腕を天に突き上げて元気よく声を張ると、茉莉と梗介も同様にして「おぉーっ!」と声を上げていた。

 ノリの良い奴らだ、と眺めていると、三人の視線がこちらに向いた。


「…………」


 無言の圧だ。お前もやれ、と。彼らの目が告げている。

 俺は大きく溜め息を吐くと、小さく腕を上げた。


「おー」

「声が小さい!」

「おー!」

「まだまだぁ!」

「おーっ!」

「もっともっとぉ!」


 楓香は熱血指導官のように繰り返し更なる高みを求めてくるので、もはや俺は自棄気味に声を張る。

 そうして、俺達は円陣のように固まり、片腕を突き上げると。


「「「「いえええええええっ!!」」」」


 最終的には全員で叫んだ。気合い入れというには度が過ぎている。

 周りのご老人方にはクスクスと微笑まし気に笑われていた。

 俺はやり終えた後に未だかつてない恥ずかしさを覚えたが、楓香は「むふー」と満足そうに頷いていた。


 何はともあれ、俺達はようやく清掃活動を開始する。

 それぞれゴミ袋とゴミ拾い用のトングを手にした。


「クックック、このあたしに処理されたいゴミはどいつだい?」


 茉莉は一人でそんなことを言いながら、チャキチャキとトングを鳴らす。


「先に言っておくが、遊ぶなよ」

「わわ分かってるってば!」


 怪しいな、と俺が胡乱な目で見ると、彼女はそそくさと離れていった。

 全員が同じ場所でゴミを拾っても仕方ないので、場所を分担して行っていく。


「蓮ちゃん、こういうのはどこに捨てるのー?」

「ああ、それは向こうだ。ほら、あそこに固めてるのが見えるか?」

「んーと、あ、あれか。オッケー」


 時折、燃えるゴミではない物の処理を確認されたりするが、基本はそれぞれ距離を空けてローラー作戦のように進めていく。

 そんな中でふと梗介が手招きしているのが見えた。なぜか楓香と茉莉にバレないように警戒しているようだった。


「どうかしたか?」

「これ見てよ」


 彼は足元の茂みを指し示す。そこにあるのは、一冊のエロ本だった。


「いやぁ、この現代でもあるもんなんだね、こういうの」

「さも当たり前のようにページを開くな」

「誰かがわざわざ青少年の為に置いてるのかな? なら、捨ててしまうのも無情に思える」

「捨てろ捨てろ。立派な不法投棄だ」

「こん中だと蓮的にはどの子が一押し?」

「俺の話を聞け」


 俺達がそんな問答をしていると、急に背後から声がした。


「あっれ~? 二人とも、そんなところでどうかしたのー?」


 楓香だ。いつの間にかこちらにやって来ていた。

 彼女の視線は俺達が見ている方へと向く。


「…………」


 そして、硬直した。顔を真っ赤にした楓香はギギギとロボットのようにぎこちなく下がっていく。


「……蓮ちゃんのえっち」


 彼女はそれだけ言い残して去って行った。


「ひどく不本意な印象を与えたように思うんだが」


 しかも、なぜか俺だけ。梗介はいいのか。


「はははっ」

「笑いごとじゃないぞ!?」


 俺は鬱憤を晴らすようにエロ本をゴミ袋に投げ込んだ。


「あぁ、青少年の希望が!」

「うるさい。その辺りが終わったなら次に行け」

「はいはい」


 元いた場所に戻り、ゴミ拾いを再開する。

 しかし、程なくして次の事態が発生した。


「はわぁっ!?」


 今度は何だ、と俺が呆れ顔で声の聞こえた側を見ると、道路の上で茉莉がひっくり返っていた。尻餅をついている。

 一番近くにいたのは俺だったので、声を掛ける。


「どうした?」

「へ、へ、へ」


 顔を引きつらせる茉莉はなかなか意味のある言葉を発してくれない。

 壊れたレコーダーみたいだな、と思う。

 やがて、彼女はプルプルと震える手で傍の排水溝を指し示した。


「蛇ぃ!」


 確かにそこには蛇がいた。全長一メートルといった程度だ。

 恐らく排水溝の中から出てきたのだろう。


「蛇だな」


 俺は頷き、踵を返そうとする。しかし、茉莉が足に縋りついてきた。


「ちょちょちょい! あたしを置いてかないでぇ!」

「いや、別に蛇をどうにかする必要はないぞ? だから、違う場所の清掃をしてくれれば……」

「腰が抜けてるの! 分かれッ!」


 そんな無茶な、と内心で思うが、茉莉は本気で涙ぐんでいたので、それ以上に何かを言うのはやめておいた。


「手を貸せば立てるか?」

「うっ、無理っぽい……」

「仕方ないな。文句は言うなよ」


 俺は持っていた物を地面に置くと、茉莉の膝裏に片腕を差し込んだ。

 もう片方の腕を背中に当て、持ち上げる。


「なななんぞっ!?」

「公園のベンチまで運ぶぞ」


 慌てふためく茉莉をよそに、俺はさっさと運んでいく。

 その姿は流石に目立ったので、楓香と梗介もすぐに寄ってきた。


「まつりん、どうしたの!?」

「蓮、救急車は呼ぶ!?」


 俺は心配する二人へ何があったか率直に伝える。


「いや、蛇を見て腰を抜かしただけだ」


 茉莉は穴があったら入りたいという風に縮こまっていた。

 公園のベンチに座らせると、上気した彼女は弱々しく呟く。


「白樹様は蛇と相性が悪くてね……巫女であるあたしも必然的に……」


 間違いなく関係ない。

 少なくとも、俺が以前調べた文献にそんな内容は出てこなかった。


「はい、まつりん。これでも飲んで休んでて」


 楓香は自販機で買ってきた飲み物を手渡す。

 そのチョイスがマックスコーヒーな理由は不明だ。

 単に彼女自身が好きなのか、甘さで元気を出して欲しかったのか、はたまたその圧倒的な糖質を摂取させることを試みたのか。

 それを見た茉莉が頬をひくつかせていたのはきっと気のせいだろう。


「ああぁ、太るぅ……」


 俺達が清掃活動に戻ってから程なくして、そんな嘆きの声が聞こえたような気がした。




「「「「かんぱーい!」」」」


 夕暮れ時まで清掃活動を行った俺達は、そのまま打ち上げとしてファミレスに移動し、ドリンクバーで乾杯をしていた。夕食も済ませる予定だ。


「いやぁ、仕事終わりの一杯は格別だね!」


 楓香はグラスに入ったミルクティーをグイっと飲み干してそんなことを言う。

 ちなみに、彼女がそれに投入したガムシロップの数を、俺は見なかったことにした。


「どこのおっさんだ、お前は」

「酸いも甘いも噛み分けた十代なのです」

「甘い一辺倒の飲み物を飲んでる奴が何を言うか」


 四人用のテーブルに俺と梗介、楓香と茉莉という風に分かれて座っている。

 腰が抜けていた茉莉も今はすっかり元通りになっていた。

 俺達は今日のことを振り返りながら盛り上がる。


「あ、そうだ! まつりん、聞いてよ~。この二人、途中えっちな本読んでたんだけど」


 楓香からいきなり爆弾が投下された。

 てっきりこのまま黙っていてくれると思ったのに。


「何それ、ウケる!」


 楓香は口にするのも恥ずかしそうだったが、茉莉は良い玩具を見つけたというように目を光らせた。


「ちな、ジャンルは?」


 茉莉は真っ向から問いかけてきたが、俺は反論する。


「読んでたのはこいつだけだ!」

「蓮、おれとあんなに好みを熱く語り合っていたじゃないか。素直に認めよう」

「この、裏切り者ッ!?」


 四方八方、敵しかいない。

 同じ責められる側であるはずの梗介まで敵に回るのは一体どういうことなのか。


「さいてー」


 唇を尖らせる楓香は顔を赤らめていたが、こちらに向いた瞳は酷く冷たく見えた。

 心外だ。俺は話題を強引に変えることにする。


「……蛇で腰を抜かす奴を見たのは、今日が初めてだ。なあ、茉莉」

「むぐっ……」


 俺の発言に、意気揚々としていた茉莉は突如として言葉を詰まらせた。

 続けて、俺以外からも追い打ちが入る。


「私、腰が抜けた経験ってないんだけど、どんな感じなの?」

「おれは蛇って割と好きだけどなぁ。爬虫類って独特のカッコよさない?」


 二人とも無邪気に問いかけるが、茉莉は余計に悶え苦しむ。


「もうやめれ……恥ずか死しちゃう」


 こんなにも意気消沈する茉莉は珍しかった。

 喋り方こそ今のままだが、雰囲気は小学校時代に近いと思えた。内に秘めたナイーブさが露見しているようだ。


「ってかさ、楓ちん。飲み物くれるのは嬉しいけど、なんでマックスコーヒー!? あたしに何の恨みがあるの!?」

「え、飲み物と言えばマッコーでは?」


 俺達三人はシンクロして首を横に振るが、楓香はキョトンとしていた。

 転校先で彼女に一体、何があったのだろうか。聞くのが恐ろしい。

 そんな風にしばらく話していると、楓香がふと思いついたように呟く。


「こうしてると、何だか部活みたいだね」

「あ、確かに。活動終わりに買い食いとかそんな感じだよね~」

「お前らの部活のイメージは、活動後がメインなのか……」


 真面目に部活している奴らに怒られるぞ。

 まあ、俺を含め三人とも部活をしたことがない勢なので、実際どういう風なのかはサッパリ見当がつかないのだが。

 この中で部活ではないにせよ、そういった経験があるのは梗介くらいだ。

 と、そこでその梗介が手を上げた。


「皆、ちょっといいかな」


 彼に視線が集まる。先程までとは打って変わって、真剣な様子を感じた。


「これは生徒会長としての観点から言うけど、今うちの学校にはボランティア部的なものがないんだ。ただ、学校側としては欲しいと思っていたりする。やっぱり体面がいいしね」


 俺は彼が言わんとしていることを薄々と理解しながらも、素知らぬ振りで問いかける。


「何が言いたいんだ?」

「蓮、ボランティア部を作ってみる気はないかな?」


 梗介は他の誰でもなく俺の方を向いて、告げた。


「もちろん名前は別のものでも構わない。要は奉仕活動を趣旨とした部活だ」

「それをなぜ俺に言うんだ?」

「君の目的に沿っていると思うからだよ。君が目指しているのは、誰かの幸せだろ? それなら、一人でやるよりも多人数でやった方が、ずっと多くの人を幸せに出来るはずだ」


「内申稼ぎに入ってくる奴がいたらどうする? 部の趣旨が形骸化してしまうことだってあるんじゃないか?」

「部長がきちんとしてたら大丈夫さ。内申稼ぎだろうが何だろうが、手伝ってくれる分には問題もないだろ。もしそれでも何か問題があるようなら、おれの方から手を回すよ」


 梗介の喋りは、以前から考えていたのだろうか、と思わせる程に達者だ。俺がどんな言葉を返しても、すぐに返答が来そうだった。

 俺はこれまで一人でやってきた。集団の中に混ざって活動することはあれど、そこに帰属意識のようなものはなかった。


 だからこそ、梗介の提案にどう答えれば良いかが分からなかった。

 自分の目的の為の集団を作る。

 確かに彼の言う通り、一人で出来ることは限られており、複数の方がより大きなことが出来る。当たり前の話だ。

 けれど、それは未知に溢れていて、俺は手を伸ばすことに抵抗があった。


「別に今すぐ決める必要はないよ。ただ、一度考えてみて欲しい。もし君がやりたいと思うなら、おれはいくらでも協力するからさ」


 梗介の話はそこで終わりだった。

 ただ、そこから違った話には移りづらく、既に食事も済んでいたので、自然とお開きの雰囲気が漂った。

 しかし、それまで黙っていた楓香が口を開く。


「ねえ、どうだった、蓮ちゃん? こうして、皆でワイワイと何かをするのは」


 それはシンプルな問いかけだった。

 しかし、仮に部活として皆でやっていくのなら、とても大切なこと。

 俺は今日一日を振り返って、抱いた想いを素直に答える。


「……まあ、悪くはないな」

「そっか。それなら良かった」


 そう呟く楓香は心底嬉しそうに笑って見せた。




 俺と楓香はすっかり暗くなった道を歩いていく。茉莉と梗介は違う方向なので、既に別れた後だ。

 今日のことやその他にも色々なことを楽し気に話していると、俺の家がすぐ傍まで近づいてきていた。

 そのことに気がついた様子の楓香はポツリと呟く。


「楽しい時間が終わっちゃうのは寂しいね。どうして、人はずっと幸せな気持ちでいられないのかな」

「……それはきっと、慣れてしまうからだろうな。楽しさも寂しさも、幸福も不幸も。人間はどちらかだけを感じ取れるように出来ていない」

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう、とジョバンニでなくとも言いたくなるね」


 そう語る楓香の顔は普段と何かが違って見えた。

 底なし沼のように感情が読み取れない。

 家の前に到着すると、彼女は即座にいつもの様子に戻る。


「それじゃ蓮ちゃん、また明日」

「ああ」


 楓香は手を振りながら去っていき、すぐに後姿が見えなくなる。

 その時、俺の脳裏をよぎったのは、先程の彼女の顔だ。やはりどこか様子がおかしい。

 そう思うと、俺はそのまま帰宅することは出来なかった。すぐに後を追いかける。


「楓香」

「わ、どうしたの!?」


 俺が後ろから声を掛けると、楓香は本気で驚いた様子だった。


「たまには送っていこうと思ってな。もう夜も遅い」

「別にいいのに。すぐそこだから」

「俺がしたくてすることだ。気にするな」

「……じゃあ、お願いしちゃおうかな」


 改めて二人で夜道を歩いていく。辺りには静けさが漂っていた。

 そんな中で突然、楓香は何気ない様子で言う。


「このまま送り狼さんになっちゃう?」

「……意味が分かって言ってるのか?」

「そこまで子供じゃありませーん」

「迂闊に男を挑発するようなことを言うもんじゃない」


 俺は無難な言葉を述べておいた。

 しかし、楓香は少し間を空けてから、呟く。


「……別にいいよ、蓮ちゃんなら」


 俺は驚愕から思わず足を止める。

 振り返る彼女の顔には穏やかな微笑が浮かんでいた。


「さっきから何か変だぞ? 体調でも悪いのか?」

「そんなことないよ。私はいつも通り……でも、蓮ちゃんが追いかけてきちゃったから、少し調子が狂っちゃったかも」


 楓香は「あはは」と笑って見せるが、その語気はすっかり勢いを失っていた。


「もし何か困っていることがあるなら、俺を頼ってくれ。それとも、俺じゃお前の力にはなれないか?」

「……蓮ちゃんはいつだってそうやって、誰かの力になろうとするんだね」


 楓香は何かを噛み締めるように呟く。迷いを見せているようだった。

 俺は彼女が口を開くのを待った。短くない時間の後、彼女は告げる。


「蓮ちゃん、私の相談に乗ってくれる?」

「ああ、もちろんだ」


 俺は力強く頷いた。

 必ず楓香の力になってみせる。

 それは俺にとってあの頃から変わらない一つの想いだから。




 俺は楓香が住んでいるアパートの一室の中へと案内されていた。

 簡素な部屋だ。ベッド、小型のテーブル、冷蔵庫といった最低限の家具と家電しか置かれていない。

 生活感が薄いと思えた。寝る為の空間、という風に感じられた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 俺は楓香が淹れてくれたコーヒーに口をつける。

 対面に腰を落ち着けた彼女は、相変わらずミルクと砂糖をたっぷり投入していた。


「物が少ない部屋だな」

「ああ、増やそうとは思ってるんだけどね。どうにも気が乗らないっていうか」


 彼女は曖昧な表情で述べる。

 何か理由があるのだろうか。気にはなるが、今は置いておくことにした。


「楓香。話を聞かせてくれ」

「そうだね」


 コトリ、とカップをテーブルに置き、楓香は話を始める。


「これは……そう、私の友達に関する話なんだ」


 彼女は言葉を選ぶようにしながら、続ける。


「その人は、家族を亡くしたの。交通事故だったみたい」


 交通事故、という言葉になぜかピリッと頭痛が走る。

 突如、起きた異変に俺を何とか堪えながら、楓香の話に耳を傾ける。


「自分以外の家族が車で旅行していた時に、トラックの運転ミスに巻き込まれて……彼のお父さんも、お母さんも……そして、妹も……」


 楓香は痛ましい表情で語る。その家族構成には覚えがあった。

 頭痛が酷くなる。動悸もしてきた。


「私も彼がどんな思いをしたのかは分からない。でも、その後に何をしたかはすぐに分かった。だって、それは私と彼の秘密だったから」


 楓香が抱える秘密。

 奇しくも、俺と彼女の間にも秘密にした出来事があった。

 頭部を襲う突き刺すような痛みに、俺は思わず手で押さえた。

 しかし、そんな異変を見せても、彼女はそのまま話を続ける。


「彼は覚えていた。過去に自分が体験した不思議な力を。望んだ世界を夢として見せてくれる場所のことを」


 夢攫い。白樹神社の祠。七年前のあの日以来、触れないようにしていたはずの現象。

 脳裏に今の俺には覚えのない映像が投影されていく。

 俺は一人で祠の前にいた。足取りがおぼつかず、視界が揺らぐ。

 そして、一つの願いを口にした。


「私はその人にどんな言葉を掛ければいいかなぁ……何をしてあげられるかなぁ……」


 脳内で幻のシナプスが結合していく。封印されていた記憶が蘇っていく。


 ――そうして、俺は全てを思い出した。


 今更ながらに理解する。

 初めて転校してきた楓香を見た時の感覚の正体を。

 それは恐怖だ。紛れもない現実性を備えた彼女に俺は恐怖したのだ。

 彼女の存在は夢の世界を揺るがすものだから。


「楓香……お前は、現実そとから来たのか、ここに……!?」

「うん。蓮ちゃんに会いに来たんだよ」


 楓香はフッと微笑を浮かべた。

 けれど、今の俺にはそんな彼女が誰より恐ろしく思えた。

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