断章4
俺は徒歩圏内にある地元の公立高校に進学した。
偏差値としては少し高めだが、家では読書か勉強くらいしかしていないので、特に問題なく合格することが出来た。
別に他の高校にしても良かったが、俺の脳裏をふとよぎったのは、小学四年生の時に一人の少女と交わした約束だった。
他校に行っても引っ越すわけではないが、それでも選ぶならこの町の高校だと思えた。
梗介は俺が思った通り、いざ勉強をし始めれば、みるみると成績を伸ばしていった。サッカーへの熱意で培ってきたであろう、流石の集中力だ。
そうして、彼はこれまでの遅れを無事に取り戻し、俺と同じ高校に合格して見せた。
彼が同じ高校を選んだ理由は、別にどこでも構わないから、それなら近いほうがいい、と安直な理由だった。
また、茉莉も同じ高校だった。見た目や喋り方からはそうは見えないが、彼女の内面は今も昔も真面目にコツコツなタイプなので、苦もなく合格したことだろう。
彼女がその高校を選んだのは、放課後は白樹神社の手伝いをしているので、徒歩圏内の方が都合が良かったからだろう。
それ以外に思い当たる理由も特にない。
そうして、俺達は同じ高校に通うことになった。
俺は以前と変わらず放課後は町の各所の手伝いに尽力した。これといって変化もない。
梗介は生徒会に所属していた。何でも学生生活の支援に興味が湧いたらしい。楽しく過ごせる学校にしたいとか何とか。
茉莉は見た目こそ、茶髪になったり化粧に力を入れたり、と変化したが、日々の活動自体は俺と同じで特に変化もなさそうだった。
放課後はさっさと帰り、神社の手伝いをしているようだ。
時間は不可逆的にさやさやと流れていき、駆け抜けるように日々が過ぎていく。
気が付くと、俺達は二年生になっていた。
四月は部活の勧誘などで騒がしい日が続くが、ゴールデンウィークが明ける頃には教室にも穏やかさが訪れていた。
新しくなったクラスメイトにも馴染んできており、進級するまではそう変わらないであろうグループが自然と出来上がっていく時期。
そんな中、俺の傍には中学時代から続く縁が集まっていた。梗介と茉莉だ。
梗介は同じクラスだが、茉莉に至っては別のクラスだ。
昼食を食べ終え、さて本を読もう、と開いたところでこの二人が襲来した。
この二人、俺以外に友達がいないのか?
たまにそんな風に思うことがある。
「蓮きゅんは今日の放課後は何するのん?」
「ん、そうだな……町内会の分は終わってるから、
俺は正規のボランティアではないので、通所介護施設と児童養護施設に関しては、暇な時に来てくれればいいと言われている。
町内会の手伝いも基本的に、一週間の間で終わらせれば良い、という形になっている。
その為、放課後の予定は何となく決めているものの、急にキャンセルすることも可能だった。
「おれもまた時間があれば顔出したいな。一緒に麻雀したい」
「新生徒会長様にそんな時間があるのか?」
「そうなんだよね……前会長からの引き継ぎで今は忙しい」
放課後に思いを馳せたことで、俺は大事なことをふと思い出し、呟く。
「ああ、今日は夕飯について考えておかないと……」
「なして? ご家族は?」
あまりそんなことはないので、茉莉は不思議そうに問いかけてきた。
「今日は柚が創立記念日で休みなんだが」
「あ、そう言えば、そだね」
茉莉が同意し、梗介も頷く。三人とも同じ中学校なので、覚えがあった。
「それで、父親が余ってる有給を取るから、どこかに行こうという話になったんだ。議論の末に車に乗って一泊二日で温泉旅行に行くことになったらしい。もちろん俺も誘われたんだが、学校があるから断った」
「え~、もったいない。行けば良かったのに」
「流石に旅行の為にサボるのはな」
「蓮は変なところで真面目だよね」
「別に今日しか行けないわけでもないしな。また別の機会でいい」
さて、夕飯をどうしたものか。
残念ながら、料理は出来ない。インスタント食品で済ませるのも手だが、どこかで買って帰ってもいい。
買って帰るとすれば、何を買って帰るか。
俺が頭を悩ませていると、茉莉が一つの提案をしてくる。
「もしお困りなら、あたしちゃんが作りに行ってあげよっか?」
「料理が出来るなんて話はこれまで聞いたこともないが」
「……気合いと根性で!」
「やめろ、キッチンが大惨事になる未来しか見えない」
「むぅ……否定できない……!」
まあ、帰りに考えればいいか。
俺はそう結論づけて、窓の外に視線を移した。
少し前はひんやりした気候だったのに、今は日に日に陽射しが強くなっているように思える。
初夏だ。この時期になると、ふと思い出す。七年前に出会った少女のことを。
あの子は今、何をしているのだろうか。元気にしているのだろうか。
今もあの約束を果たそうとしているのだろうか。
子供の頃の話だ。別に忘れていても責められる謂れはない。
少なくとも、俺は仕方ないと思う。
けれど、もし再会したとして、俺はどんな反応を示すだろうか。
流石にこの年になって『楓ちゃん』とは呼べない。『蓮ちゃん』と呼ばれるのも出来れば辞めて欲しい。
白樹神社の祠に宿った力。
あれは今も変わらずあるのだろうか。流石に試すわけにもいかない。
白樹様の力で夢攫い、夢の世界に入ることが出来るだなんて、誰が信じようか。
俺がそんな風に思索を巡らす中も、そろりそろりと新しい夏は近づいていた。
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