第125話



 ユイルーは背が高い。

 アードランツよりいくぶん低い程度で、俺とはほとんど変わらないほどにある。

 まっすぐ目の前で、大きな瞳をむだにキラキラさせているアンデッド少女……


 このシチュエーションからすれば、ずいぶん意外な角度から質問が飛んできたものだな。

 なぜ人を殺さないか、とは。


「殺したほうがいいのか?」


「だってだって、ゼルス様は魔王っぽくなりたいんですよね~?」


「そうだな」


「そのために、人間から恐れられたいんですよね~?」


「その通りだ」


「だったら人って、死にたくないわけだから~。自分たちを殺す存在を恐れるんじゃないでしょうかあ。前の村でも、この村でも、ゼルス様って村人には何もしませんよね?」


「うむ」


「なんならさっき吹っ飛ばされてた槍の人だって、死んでないかもですし」


「むしろあの程度で死んでしまうようなら、勇者になるなど望むべくもないな」


「村人たちの前で引き裂いてやったほうが、それこそパニックになるくらい、すごく怖がられたと思います~!」


 ふむ?

 なるほど……そういうものかもしれんな。

 人間は生きたいものだから、その障害となる、ということか。


「一理あるな」


「でしょお~っ?」


「アードランツは答えてくれなかったわけか?」


「そーなんです! きさまにはわからんことだー、とかなんとか言って」


「つまりアードランツも、人間を殺してはいないわけだ」


「はい~。海にぶん投げてそのまま放置とか、そーゆーのはやるんですけどお」


 確かにやってたな。

 わざわざ攻撃用でなく、運搬用の魔法を器用に使ってまで。

 彼は最終的に勇者を目指してるわけだから、当然っちゃ当然だな。


 ……いや?

 だったら、ユイルーにもそう答えるんじゃないか?

 人間を殺さない理由……


「俺は、そうだな……人間じゃないもんな?」


「ガチ魔王様なんですよね~?」


「もっと言うと魔人だ。人間からは、普通に討伐対象だ」


「ふつー、その時点で相容れないっていうか、なんならすでに人を傷つける存在じゃないですか~」


「まったくその通りだ……その通りなんだが」


 俺はつと、自分の右手を見下ろした。

 最後に、人を殺したのは……


 すなわち、勇者を倒したのは。

 いつのことだったか……?

 もうずいぶん前になることは確かだが。


「勇者以外の人間に対して、殺そうなどと考えたこともないな……」


「きっとそれが原因ですよ~!」


「そうか。殺せば恐れられるのか」


「はい~!」


「それは熊が恐れられてるのとどう違うんだ?」


「はいっ? ……くまさん?」


「くまさん」


「……くまさんは~……かわいいからじゃ?」


「おいおい。エンペラーベアを知らんのか」


 人間どころか、小型のドラゴンを襲って食い殺すこともある魔物だぞ。

 人里の近くに現れたときは、軍隊が動いたりもする。ラリアディ国の第3勇者隊のような。

 あれは、人を殺すから恐れられている、といえるだろう。


「魔王の怖れられかたは、熊と同じでいいもんかな?」


「いい……んじゃないですかあ? 怖いものは怖いでしょ~!」


「怖いっちゃ怖いんだろうけどなあ。う~ん。なんかなあ……なんかこう、やろうと思わなかったし、改めて考えても思えないんだよなあ……?」


「なんでですかあ?」


「なんでだろうなあ……?」


「人を殺したくないんですか? ゼルス様、人間が好き?」


「人間は好きだぞ! すごい生き物だ。人間社会も含めて尊敬している。だが、殺したくないかといえば、どっちでも――……」


 どっちでもいい。

 最終的には勇者と戦い、この手にかけることになる。

 勇者は人間である可能性が高いだろう。


 そう考えているつもりだった。

 というか、当たり前のことだ。

 最後には、俺が殺すか、俺が殺されるか……

 行き着く果てはそこ、であるはずなのに。


「……イールギット……」


 脳裏をよぎったのは、弟子の顔。

 今際のきわの戦いで見せた、覚悟の表情。

 あの瞬間において、彼女は間違いなく、世界で最高の人間だった。


 あの子を殺せなかったとき、俺は……負けたんだと。

 真の勇気を、覚悟を、受けとめきれなかったんだと。

 そう思ってたんだけども……


「いーる……? なんて言いました、ゼルス様~?」


「……いや。……なんか、不安になってきた」


「えっ?」


「俺は今まで、真の勇者と……本当の勇気を持った人間と戦いたい、そういうやつに攻めてきてほしいって、そう思ってたけど」


「変な魔王様ですう……」


「マジでそういう相手が攻めてきたときは、そりゃよろこんで戦うぞって。絶対に勝つぞって。勝つすなわち相手は死んでるぞって。でも……」


 イールギットは、俺の直弟子。

 短くない時間を、ともに過ごしてきた。


 だから、人間の言うところの情が湧いてしまったのかもしれない。

 そう思っていたし、実際その可能性はある。

 だがしかし。


「俺って、ひょっとして……マジで世界最高最強の勇者が戦いに来てくれたとしても、殺せなかったりする……!?」


「知らんがなですう……」


「やばい! 怖い! た、確かめたい! これは俺のアイデンティティに関わる問題だ!」


「えぇ~……こんな魔王いるう……?」


「よくぞ質問してくれたユイルー! 勇者をさがすとしよう、もっと根性入れて!!」


「思ってたのとちが~う……!」


 どんな答えを想像してたんだ?

 まあいい。

 アードランツの例の鎧を着たくないってのも、相変わらずあるが……

 こうしちゃいられんぞ!


「アリーシャ~~~! アリーシャちょっと来てくれえ!」


「お呼びでしょうか」


「うお早っ」


 マロネかと思った。


「頼みたいことがある! この村の人間に、えーと、なんだ、その、アレだ! 手紙、そう、手紙だ!」


「村に手紙を書くのですか?」


「違う! 村から手紙を出してほしいんだ、この国の都に! 魔王が暴れててやばいですと!」


「ああ……なるほど。ですがそういうのは、村人が自発的に行うものでは?」


「俺だってそれを待つつもりだったさ、あちこち楽しく襲いながら。だが、そうも言っていられん! めっちゃ焦った手紙を書いてもらおう!」


「すこぶるふしぎな要求ですが、まあできなくはないでしょうね」


「アリーシャの裁量でうまいことやってくれ! この国で最高の勇者が討伐に来るように!」


 そして、その勇者を……

 その勇者を、や、やるぞ。

 やっちまうぞ……!


「俺はっ……俺はやれるんだあーーーッ!!」


「田舎の不良少年のようですが……ところで、ユイルー様はどちらに?」


「ん? あれ、いないな?」


 さっきまで、そこであきれてくれてたんだが。

 おなかでも減ったのかな?

 アンデッドって、何食うんだったっけか。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は3/5、19時ごろの更新です。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る