第120話



 魚。

 海鳥。

 海藻類。


 多種多様かつ大量の海の幸が並ぶ豪勢なテーブルの向こう側で、ワインのグラスを片手にアードランツは言ったものだ。


「つま……お…………で……ろ……す」


「ふむふむ!」


「ど…………い……見え……ら…………は、ええ」


「ふむふむ!」


「その……か…………ので。……ワインのおかわりはいかがです?」


「なんで最後だけはっきり聞こえるんだアードランツよ!?」


 俺のツッコミに、彼は細い両目をまたたかせたようだった。

 それすら遠すぎて、いまいち判然としない。

 つまりこのテーブルめっちゃ長い。


「最後だけ、とは……今までの、我の発言は、よもや?」


「ほぼほぼ聞こえていなかったぞ!」


「早くおっしゃっていただければ」


「師匠の言うことは黙って聞くのが弟子の仕事だからな!」


「ゼルス様、我に助力できることであれば、提言でも何でもいたしますゆえ……師匠呼ばわりだけはなにとぞご容赦を。なにとぞ」


「そうか……?」


 俺は結構新鮮な心地なんだが。


「そんな両端じゃなくてえ、ゼルス様、もっとこっち座ったらいかがですかあ?」


 給仕をしてくれているユイルーが、アードランツのそばを指さす。

 まったくもってすばらしい解決策。

 なんなら、俺のとなりで終始無言のままもぐもぐしている、軽装鎧姿のままのアリーシャに、最初に言われたことでもあるんだが。


「いや! こうがいいと思うんだ! このテーブル、すごくいいと思うんだ!」


「そうですかあ~? アタシは正直、ムダに長さが長くって用意もお片付けもめんどくさいなーって」


「その長さこそがめっちゃ魔王っぽいじゃないか! このムダを思いつきたい! あと長さが長いはさすがにひどくない?」


「あ、いっけない。なんかねえ、繰り返しちゃうんですよねえ。ひょっとしたら生前のクセなのかも」


「生きていたころの記憶はないのか?」


「覚えてないんですよね~。お料理のこと以外、なーんにも」


 ふむ……

 そのこと自体は、ま、珍しくもないか。


「でもそれだったら、今日のごはんももっと魔王っぽいメニューにしたら良かったかなあ」


「ほほう。たとえば?」


「暗黒トカゲのゲヘナ風姿焼き季節のマンドラゴラソース添え、とか!」


「すげーーー!! 魔王っぽい!」


「作ってきましょうか!?」


「すまん食いたくはない」


「ぴえ~ん!」


 泣くのスピーディだなおい。


「このようなことでよろしければ、いくらでも提案させていただきまするが……」


 真っ赤なワインでくちびるを湿らせ、アードランツがいささか大きな声で言った。

 ごめんな声張らせちゃって。


「魔王らしさなど、主観的にして曖昧模糊……そも、魔王の数からして無量無辺、把握できるものではありますまい。ゼルス様がお気になさること、それそのものの必要性を感じませぬ……」


「アーくんの言うことも当然至極、実に単純明快にして、えもいわれぬ明朗会計……」


「いかがなされましたか急に」


「いや……四字熟語がポイントなのかなーって。魔王っぽいしゃべりの……」


「ゼルス様」


「マジメだこれでも!」


「なおいかにすればよいやら……。左様」


 なにかにピンときた様子で、アードランツが顔を上げた。


「ゼルス様は、どのような魔王をこそ、魔王らしいと思っておられるのですか?」


「あー。俺の理想か?」


「いかにも」


「それは簡単な話だ」


 魚の切り身を酒で流しこみ、俺は胸を張る。


「最強の勇者と戦う魔王!!」


「……ゼルス様……」


「あ、あれ!? ダメか!? これは俺、けっこう最初からずっとそうなんだが!」


「そういうことでは……いえ……それは?」


「だからな、こう……おまえも言った通り、魔王は山ほどいるわけじゃないか」


 それこそムダに。


「光の側から実態を知ってみれば、闇はきっと底なし沼にも思えるだろう。それと正面切って戦う者は、力量や魔力のみならず、精神面も大切になる」


「ゼルス様……」


「精神面。そう。すなわちやる気が!」


「ゼルス様?」


「魔王として! 勇者にやる気を出させたい! こいつを絶対に倒してやるぜウオー!! ってなる感じにアレしたい! つまり、魔王を前にしてやる気を出せる勇者が最強で! 勇者をそういうふうにさせる魔王が理想だ!」


「……その理屈でいきますと、我は……」


「おまえはすこぶる、理想っぽい!」


 俺いま、めっちゃほめてる!


「あんまりでは?」


 なぜだいアリーシャたん!?


「ふ……ふ、ふ……」


「ん? アーくん? その笑い方もいいな……」


「本当に……お変わり、ありませんな。なにひとつ……」


 ふむ……?

 アードランツと再会してからこちら、ちょくちょくそれを聞くが。

 なにやら、しみじみされてしまったな……? どうした?


「しからば。ゼルス様に最適な、理想化の方法がございます」


「! な、なんだって!? 教えてくれアーくん!」


「いちどで成功するとは限りませんぞ。飽くことなく繰り返す覚悟が必要です。天覆う黒雲に幾度遮られようとも、常に下界に手を伸ばし続ける月光がごとく……」


「まかせてくれ! 後半わけわからんが覚悟はできてる!」


「……では……」


 グラスを置いて、アーくんは立ち上がった。

 遠く皿の上の料理は、あまり減っているようにも見えないが。


「ついてきていただけますか」




**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は1/30、19時ごろの更新です。

ストックを作れなかったため、申しわけありませんが、

一回分お休みとさせていただきます。


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