第121話



 案内してくれるアードランツは、長く続くらせん階段を下へ下へとおりていった。

 俺のあとには、アリーシャが続く。

 ユイルーは来ていない。食卓の後片付け中のようだ。

 会ってまだ間もないが、めんどくさ~いとうだうだやっている姿が目に浮かぶ。


 獣のうなり声のようなものが、遠く近く、幾重にもこだました。

 そういえば……


「勇者隊がすげーびびり散らかしてたけど、この声は何の声だ? ドラゴンでも飼ってるのか?」


「風の音です」


「ほ~……へっ? 風? 魔物の吠え声じゃないのか」


「そう聞こえるように施しました。ドラゴンなぞ放し飼いにしてしまっては、ほかの魔物を勝手に食われてしまいますゆえ……」


「食べるな! って言えば……」


「それで通用してしまわれるのが、ゼルス様の偉大な魔王たるゆえん」


「そういうもんかな」


「なれども心理的圧迫感は、魔王城にとって大切でありますれば。このような小細工にて対処しております」


 要するに演出か……!

 勉強になるぜ!


「しかし、檻にでも入れておけば……失礼ですがアードランツ様、この城の戦力はいかほどで?」


 俺の後ろからアリーシャが問う。

 アードランツは、逆に視線を前へと向けた。


「戦力とは?」


「たとえば人間の軍隊が攻め寄せてきたとき、対抗手段とできる魔物はどれほどおりますか?」


「対抗手段というのもいまひとつ難だが、常設しているのはゴブリンの作業員が20だか30だか……あとはコウアトルを3体、天井裏に放してある。ときおり緑の羽が月夜を透かすが、たいそう美しいぞ」


「……それだけ……ですか?」


「疑わしいか?」


「少なくとも、数十人の傭兵隊で討伐を立てられる魔王の力とは思えません」


 それは確かに。

 コウアトルはけっこう強い魔物……翼の生えた大蛇だが、まあそれなりに気合いの入った冒険者パーティならどうにかできるレベルだ。

 この城の規模……

 大きさだけなら俺の城を上回るだろうサイズに、到底見合う魔物の数じゃない。


「アードランツ様は、いったい何をもってして、周辺国家に魔王と呼び恐れられているのですか?」


「魔王っぽいからじゃないのか?」


「違います」


「否定が容赦ないなアリーシャたん……というか、きみが否定するのも、なんか違うのでは……」


「確かに、勇者にもどき・・・がいるように、魔王にもただ自ら名乗っているばかりの存在があるのでしょうが、アードランツ様は違います。マロネ様の報告にも、そうありました」


 ――アーくんは 魔王として急激に討伐優先度を上げてるみたいです

 ――特にその土地をしきる王国は 人口の大きな減少を招いてるようで

 ――当たり前っちゃ当たり前ですけど ちょっち気になりますねえ

 ――いずれにしろ ゼルス様とは大違いの魔王っぷりみたいですなあ~?

 ――あとからきたのに追い越されぇ~ぷふーくすくすくすいたたたたいたいいたいいたい


 細かい報告は覚えていないが、マロネの頭蓋に圧力を加えた感触はこの手に残っている。

 人口の減少というからには、なるほどそれなりのことを……

 それなりに、直接的なことを、行っていそうだが?


「我の存在は、目の上のこぶ。戦場いくさばの沼地のようなものでありましょうな」


 そう言いながら、アードランツが足を止めたのは、かんぬきのかかった鉄扉の前だった。

 なんとなく、雰囲気でわかる。

 研究所……または工作所。そんなところだろう。


「なにしろ、我が『国』には税金がございませんので」


「……うん? 税金?」


「はい。我がテリトリーの内に住まう人間からは、税を受け取らぬことを広く発布しております」


「それは~……え? 魔王?」


「結果として、近隣諸国から……特にこの土地を統べていた王国から、大量の人民が移住して参りましてな。この城の北側に集落を作っております。各国とも、それはそれは悪し様にうわさしている様子ですが、我が特段なにかしたというわけでもございません」


「人間の国よりいい国作ったら、まわりの国から人口奪っちゃって、魔王って呼ばれるようになっちゃったと?」


「そのようで」


 どういう侵略方法だよ。

 いや侵略してるつもりもないのかもしれんが。


「これはさすがにマネできんよなー。俺の領地の近くに、そこまで人間いないし」


「…………」


「? なあ、アリーシャたん?」


「あ……はい。左様ですね、魔王様」


 ……? なんだろうか?

 アリーシャもだいぶ、アードランツへの態度が軟化してきたと思ったんだが。

 今また、眉根が寄っていたな……?

 なにか引っかかったなら聞こうか、と一瞬思ったんだが。


「おわかりいただけましたか、ゼルス様」


「む……?」


 ギイイイ、と扉が開いてゆく。

 直立不動、手も触れないまま、アードランツが魔力で行っているのだ……

 かっけえええ……!


「我はこの地に城を構え、魔王と名乗りはしたものの、いまだ自ら覇をなしたわけではなく……いわば、ゼルス様のもとより旅立ったあのときと、なんら変わりはないのです」


「そうか……いやすまんそうは見えん……」


「しかし」


「む」


「申し述べました通り、我は王国の勇者どもが気に入りません。遅かれ早かれ、やはり人の同胞からは忌み嫌われる存在になっていたことでしょう。我とても、それは覚悟の上……否。そう在ることを望まずに、どうして魔の威を借りられましょうや」


 ゴゴン、と扉が開ききる。

 熱風が俺の頬を打った。

 この部屋、やはり工作所……いいや?

 鋳造所か!



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は2/5、19時ごろの更新です。

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