第119話
アードランツの城――外観的にはほぼ岩山なんだが――があるこの地域一帯は、シストルマという王国の勢力範囲らしい。
気候は温暖。季節がはっきり分かれていて、今の時期はたいへんあたたか……いやま、クソ暑い。
こういう環境じゃ、活動場所はおのずと海岸近辺に限られる。
当然だな?
限られるったら限られるのだ。
リゾート的な意味とは違う。
村がそのあたりに偏っているからだ。
というわけで。
「勇者はい゛ね゛がああああ゛あ゛あ゛あ゛!!」
昼下がりの漁村に、俺の声が響き渡る。
のんびり仕事をしていたらしい村人も。きゃっきゃと遊んでいたらしい子どもたちも。
しばし、ぽかんと間をおいてから――そこここで、それなりにざわめいた。
ざわめいた、か……チィッ。
もっとおののいてもらいたいもんだが。
「なあ!? お前勇者か!?」
たまたま俺の正面にいた男が、おどおどと視線をうろつかせた。
両手に抱えている、おそらくは漁獲用なんだろう網を、その場に置くべきかどうするべきか、まごついているようだ。ごめんな忙しいときに来ちゃって。
「なあ勇者か!? お前! お前だよ! お前勇者か!? なあ!?」
「な……な、なんなんだ、あんたいきなり……!?」
「我が名は魔王ゼルス
「ま、魔王……? 魔王って、えっ……このあたりの魔王っていったら、確かアードランツ……」
「俺はアードランツではない!! 理論上、アードランツより恐ろしい魔王だあああ!!」
「り、理論上……!?」
そこあんまツッコまないで。
だって弟子より怖くない師匠とかせつないじゃん。
「さあ答えろ! お前は勇者か!? どう見ても漁の道具を手入れしていた漁師だが、しかし勇者なのか!? なあ!?」
「ひ、ひい、圧がすごい……!? お、俺はそんな、そんな……!」
「勇者であれば俺がギタギタにしてくれる!!」
「ひいいいっ――」
「勇者でないならば!!」
「ひ、ひっ……?」
「アリーシャ!!」
はい、と俺の背後から、水着のアリーシャが現れる。
そう。
海といえば水着。
疑いようもないロジックでコスチュームを推薦したのは俺なんだが、まさかほんとに着るとは思わなかった。
とあるルートで入手した、白と濃紺のツーピース。
飾り気こそないが、シンプルさが逆にアリーシャの素の存在感を際立てている。
見事に引き締まった戦士の体つき。
それでいてなかなかに豊かな起伏、凹凸……うむ……
立派に育ったなあ……! 魔王ちょっぴりお父さんな心地!
「こちらを」
怯えたところに美少女出現で対応できていないらしい男に、アリーシャは小包を手渡した。
ククク。
受けとるがよい、人間よ……!
「中には魔王特製お菓子と、俺の出没予定地点を記したフライヤーが同封されている!」
「お菓子はおいしいです。ご家族とどうぞ」
「ただの人間に興味はない! 一般ピーポーならではのうわさ話で、勇者どもに俺の恐ろしさを伝えるのだ!」
「魔王様は恐ろしいです。ご近所とどうぞ」
「わかったら行け! 次はそっちの男だ、おいお前! 勇者か!? なあ勇者か!? どうなんだ!?」
「この村は魔王様に侵略されております。お気をつけてお答えくださいませ」
「……なあアリーシャたん。そのアナウンスだと、なかなか雰囲気が出づらいと思うんだが」
「とんでもありません。魔王様が恐ろしすぎますので、わたしが緩和しているまで」
「なんだって……!? そんな可能性、いちどたりとも考えなかったぜ、うかつだった……!」
と。
渚にありったけ恐怖を振りまく(誇張なしだ!)俺たちの前に、
「魔王だと!?」
飛び出してきた者があった。
軽装の鎧兜、典型的な冒険者の出で立ちに、長大な槍を構えている……
はて? どっかで見たような。そうでもないような。
「俺は槍使いのヤーリー! たまたまいた村の平和は俺が守る!」
「守るだと!? じゃあお前勇者か、勇者なのか!? なあ!?」
「ああそうだ!」
「!」
「正確には、魔王アードランツを退治して国選勇者になろうとしたけど失敗したから、どっかにちょうどいい手柄は転がっていないかなとぶらぶらしていた勇者志望者だ! 飛んで火に入るなんとやらとはテメエのことだ魔王っ、覚悟しろ――」
「<
「アアアアアアアアーーーッ!?」
お手軽な感じに渦巻く烈風が、槍の勇者? を彼方へと吹き飛ばす。
その様子を見て、ようやく村人たちからまともな悲鳴があがった。
ふふふ……
どうだ……!
「恐ろしいか!? 人間!!」
「その質問がなければ、まずまずだったんじゃないでしょうかあ」
「うっ!?」
あ……アリーシャの背後から、容赦のないツッコミ!
こちらもパレオつきの水着に身を包んでいる、血色の悪い豊満体……!
「ユイルー……! だ……ダメだったか!?」
「ダメとまでは~。前の村に比べたら、ずっと魔王っぽかったです! けどお」
「けど……?」
「我が主の
「くうぅっ……! 言ってること間違えまくってるのに意図だけは伝わってくるっ……!」
「きょーしゅくですう~!」
「ほめとらんわ! あの主あればこの手下ありか!」
しかし彼女の言う通り……自分でもなにか、至らなさを感じてはいる!
まだまだ手応えが足りないが、この修行は効果アリとみた。
この修行……そう。
事のはじまりは、10日ほど前になるか……
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