第118話
「アンデッドか?」
女性に目を向けて問いかける俺に。
アードランツはうなずき、アリーシャは少し目を丸くした。
「アンデッド……? 彼女が、ですか?」
「見たとこ、そんな感じがした。気づかなかったか?」
「恥ずかしながら、まったく……顔色が悪い、とは思いましたが」
「悪いにしてもほどがあるが、ま、それはそれだな。俺にも種族がわからん。アーくんが
つまり、ネクロマンシーを施したのか、と聞いたわけだが。
アードランツは首を横に振った。
「いえ。精霊との融合体のようでして。人間だった彼女が……ユイルーが死んだとき、ちょうど産まれたばかりの精霊が、その体に入りこんだものかと」
「たまに聞くパターンだな。定かじゃないのか?」
「はい。彼女の体内の精霊に呼びかけても、応答がありません。おそらく、入りこむと同時に死んだものかと……エネルギーだけが残り、記憶もなにもなくさまよっておりました」
「ほ~。そんなこともあるんだな」
「極めて希少でありますれば、我が手元に」
「そんな珍しい経緯をたどると、そういうにらみかたもできるようになるのか」
「……にらみ……」
眉を吊り上げて歯をむき出し、拾われたばかりの仔猫がごとく俺を威嚇する彼女に。
アードランツはただゴンと、握りこぶしの腹を叩きつけた。
「いたいっ! わ……我が主ぃ……!?」
「ひかえろ。というか空気で察しろ。なんだ今の顔は」
「だ、だって、我が主とタメぐちでしゃべってる……我が主とタメぐちでしゃべってる……! わわわ我が主とっ、きぃーっ……!」
「こちらは魔王ゼルス様だ」
「……えっ」
「師として我に教えをくだされた御方、何度も話し聞かせたであろう。ご挨拶させていただけ」
「……ひ……ひ……」
「それが挨拶か?」
「ひえー……!」
「もういい、埋葬されていろ」
まあまあ、と俺はアードランツをたしなめた。
なんだこの不思議な立ち位置。
「いいじゃないか、おまえを守ろうとしたわけだし。部下として立派だぞ」
「は……ご容赦ありがたく」
「マロネだったら、罵倒するだけ罵倒しながらとんずらこいてたところだ。ラグラドヴァリエのときみたく」
「まことに興味をそそられるお話ではございますが、ともあれ、至らぬ手下がご無礼をいたしました」
いまいちどうながされ、アンデッドの女性がわたわたと頭を下げる。
「ゆっ、ユイルーと申します! 我が主のもとでいろいろやらせてもらってて、えっと、えっと! ごはんとか作ってます!」
「なんかこう、うん、だいたいのポジショニングはわかった気がする。俺はゼルス。こっちは弟子のアリーシャだ」
「えっと! 我が主よりエラい人だからゼルス様はゼルス様様で、えっと、そのお弟子さんだから~……お弟子さん? お弟子さんだったら呼び捨てでも! なんなら我が主の右腕たるアタシのほうがエラい!?」
「今の俺の弟子ということは、つまりアードランツの妹弟子なわけだが」
「アタシめになんでもお申しつけくださいませアリーシャ様!」
自爆のリズムがマロネとおんなじだなおい。
「アリーシャ、でけっこうですよ」
ようやくガルマガルミアを鞘に納め、アリーシャが改めて首をかしげた。
「確かに、お香の匂いはいたしますが……本当にアンデッドなのですか?」
「ほんとですよお。自分でも何なのか、ぜんぜんわからないですけど」
「アードランツ様の右腕を?」
「はいっ! このお城のことならなんでもわかります! 詳しい専門家です!」
「……左様ですか」
「さよです!」
はは。
ふしぎなものだな、アリーシャとは噛み合ってない。
それもどこかしら、アリーシャのほうがまごついている感じだ。
「いい部下じゃないか、アーくん」
「ゼルス様、お気遣いなど無用。はっきり断言してやっていただきたい、無能と」
「張りつめるばかりが能でもないさ。なにより、右腕に据えたのはおまえなんだろ?」
「なかば以上、本人の自称であることは主張しておきたいところ……ですが、料理の腕前だけはすさまじいので」
「アンデッドなのに」
「あと謎の勢いもすさまじいので」
「アーくんとよく似てるじゃないか」
「ゼルス様……それはあまりにあまりでは……」
いや、勢いなかったら無理だろ、この城の内装とか。
……ふむ。
アードランツの部下、か……
「ときにユイルーとやら」
「はっ、はいっ! ゼルス様様!」
「せめて様いっこにして。ユイルーから見て、アードランツは魔王っぽいか?」
「そりゃあもう!! 我が主ほど魔王っぽいお人はいません! しゃべりかたとか! ポーズとか! ファッションセンスとか!」
「ふむふむ! ちなみに俺はどうかな? 魔王っぽい?」
「えっ? ゼルス様は本物の魔王なんでしょ? だから『ぽい』とかじゃないのでは?」
めっちゃなるほど。
この子ほんとは頭いいんじゃないのか?
「魔王なんだが、魔王っぽくないから、魔王っぽいものになりたいんだ」
「なるほど! ぽいもののほうがいいんですね!」
「そうだ! どうしたらいいと思う!?」
「だったら我が主は最適ですう! いつも『別にそんなこだわりとかないし』って感じに振る舞っておられますけど、ほんとはバチクソこだわりまくりの痛々しい理論派なんですから!」
「ほほう! たとえば!?」
「絶対に『我が主』って呼ぶように、って決めたのは我が主ですう!」
「っかー!」
っかーーーっ!!
俺に足りないのはそーゆーとこだな!!
「アリーシャたん! 今から俺のことは必ず『マイマスター』と呼ぶように!」
「お断りいたします」
「あれえ!? 頓挫早くね!? ど、どうしたらいいんだアードランツ! 両手で顔おおってないで教えてくれい!」
我が主ぃ~? と心配そうに覗きこむユイルーをよそに。
「ゼルス様……もしや……」
天を仰いだままのアードランツが、蚊の鳴くような声を震わせた。
「もしや……しばらくお帰りに、ならないつもりでおられますか……?」
「当然だが?」
「……こ……」
「こ?」
「この世は闇が多すぎます……」
セリフとられた!!
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