第117話



「しかし魔王様。魔王を教えるといいましても、我とてまるで未経験。灯火なき洞窟を這いつくばりながら進むがごとき暗迷。何をいかにすればよいのやら……」


「アリーシャたんに対抗して魔王呼びにしなくていいんだぞアードランツ……ほんとややこしいセリフでわかりやすいなおまえは」


「恐れ入ります」


「ほめとらんわ。ていうか、何を教わりたいかは明白だぞ」


 魔王としての俺に足りないもの。

 それは……


「雰囲気だ!!」


「……重ね重ね、何をいかにすればよいのやら」


「あれ? でもさ、おまえはほら、もってるわけじゃんか。ぽさを」


「ぽさ……」


「どうやったらそんなにぽくなれるんだ? 俺もなりたいんだ! おまえみたいな、その、ぽいものに」


「ぽいもの……」


「頼む! 教えてくれ! アードランツっぽいもの!」


「光の速さで混乱なさっておられますが……しかしゼルス様」


 あ、呼びかた戻った。


「我はなにも意識してはおりませぬ。生来、このような立ち居振る舞いゆえ……」


「確かにな。マロネにめちゃめちゃいじり倒されても貫いたもんな。今思えば、あのころからすでに魔王っぽいぜ……」


「おやめください……そのようなつもりは毛頭。我の目的は、あくまで勇者でございますれば」


「ならば惜しくはあるまい! ゆずってくれ、その雰囲気!」


「それは申し上げようと思っておりました。この城でよろしければ、すぐにでも明け渡しましょう」


「ああ~違うんだなあ~~~そうじゃないんだよなあ~~~!」


「……では、ゼルス様の領地に移築……」


「違うんだなあ~~~!!」


「いかなる修行より難しくありますな……」


 う~ん、と場の空気が停滞したところに、


「我が主~!」


 開けっぱなしだった広間の大扉から、甲高い声が響いた。

 若い女性が現れている。


 すらりとした長身に、目を引くほど豊満なバスト。

 長い金髪に、目の覚めるような白い肌――というか、なんつーか、なんだあれ。

 白いっつーか白すぎるっつーか、もはや血色が悪いとかのレベルでもないっつーか。


 とにかく青白い目元に、底の抜けたような明るい笑顔。

 細長い両手をぶんぶん振って、


「お城の城門を閉めてきました~! もう近くに勇者はいないみたいです……って……あ、あっ、あれれぇ~~~っ!?」


 ふむ。

 その隠す気ゼロな驚愕の原因は、やっぱ俺とアリーシャだろうか?


「なんで!? な、なんで!? なんでまだ残ってっ……さ、さっきのアブラギッシュデブオヤジが最後じゃなかったんですかあ!?」


 すごい表現だが、ポドンゴ隊長のことだろう。登場するだにわかりやすい子だな。

 察するに、彼女はアーくんの…………

 ……アーくん?


 どうしてか、じっと。

 俺の横顔を、食い入るように見つめていたらしいアードランツが、ふっと視線をそらした。

 ……なんだ?

 いや、俺の気のせいか……?


「ご苦労、ユイルー……案ずるな。こちらは――」


「我が主お逃げくださいここはアタシがっ!」


「ユイルー」


「ぬおおおおお~~~っ!!」


「貴様、人の話を……」


 聞け、とアードランツは言おうとしたんだろう。

 俺もそうしたほうがいいと思うな。

 相手を敵だと思ったんなら、なおさら。


 両腕を振り回して突撃してきた女性に、アリーシャが剣を突きつけている。

 電光石火の踏み込み、いつ抜刀したのかすらわからない早業だ。

 アードランツが言葉を失ったのは、アリーシャの実力が想定以上だったからか?

 それとも目聡く、アリーシャの剣に気づいたからか……


「ひ……ひぇ……っ」


 こっちの女性はそれどころじゃなさそうだが。


「わ、わ、わ……我が主ぃ……たぁぁすけてええ~~~……!」


「ユイルー……貴様というやつは」


「こ、殺されるうう、人間に殺されちゃううう! あ、アタシなんか斬っても斬りごたえないから、やるなら我が主をぉ……! あでも、我が主もガリガリだから、斬りごたえないかも……」


「口を開くたびツッコミどころを増やしにかかるな、この愚か者が。アリーシャ、剣を引いてやってくれまいか」


 一瞬、俺と視線を合わせたアリーシャが、すいっと音もなく下がる。

 どたばたと、一所懸命さだけは伝わる走り方で、女性はアードランツの元へ急ぎ……

 そのまま背後に回って、こわごわと顔だけ覗かせた。

 ふわ、とわずかなこうの薫りが漂う。


「な、なんなんですかあ、こいつら!? 勇者部隊はみんな帰ったと思ったのに……!」


「大切なお客人だ……それはともかく、我を盾にとるな」


「お客人? えっ、お、お客さまっ? なぁ~んだ、それならそうと早く言ってくださいよお! 我が主ったらもうやーだ」


「たとえ我がいにしえより受け継がれし真言を用いて語り聞かせたとしても、貴様の耳朶じだに響くことはなかったと断言しよう……」


「だってだって、我が主が殺害されて死んだら大変って思ったんですもん! 身をていして助けるつもりはあったんです! でも剣すごい怖くて」


「殺害か死かどちらかにしろ。城の城門でもない、城の門だ」


「あっ、えへへ。人の言葉むつかしいです」


「……もと・・人であろうが、貴様は」


 ふむ?

 なんとも特徴的なやりとりだが……なるほど?



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は1/10、19時ごろの更新です。


明けましておめでとうございます。

本年もなにとぞよろしくお願いいたします。


まだ違和感が残りますが、体調不良もだいぶ治まりました。

めげずにじわじわとでも書いていければと心しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る