第114話
「……!? ……!!?」
「がんばれっ、びびるなっ、戦えゼルスンっ! アードランツの技などこけおどしだっ! きっと疲れてきているぞ!」
「……!! ……っッ……、……!? …………!」
「ほっ、ほれみろっ、やつの様子がおかしいっ! さっきの技はもう打ち止めなんだっ!」
「っ……すー……はー……」
「ゼルスンいけっ! チャンスだっ……ぜ、ゼルスン? 何をしている!? 何だそのポーズはっ、まるで、まるで大グモの巣に引っかかった荒鷲がっ、内心焦りつつ平静を装っているかのようなっ……!?」
アードランツは、俺を見つめたまま――そっと、深呼吸したようだった。
メガネを外し、姿勢を正して、ひとつ咳払いする。
「ポドンゴよ……」
「ひいっ!? あっ、しまったびっくりしてしまったっ、い、いきなりちゃんと名前で呼ぶなっ! いや最初から呼べっ!」
「一時的な、和平を……申し入れよう。海水浴中の部下どもを連れ、国に帰って王に伝えるがよい……」
「なにおうっ!? ……へっ? わ、和平っ? 和平と言ったかっ!?」
「こちらの領土に移住を希望する貴国の民を、しばらく受け入れないこととする。それを条件に、この場は退け……わかったな?」
「あっ……なっ……なっ、何を言っとるかっ!?」
「わかったのか?」
「おっ、お前から要求できることなどないっ! 私は国家反逆者であるお前を討伐するためにっ……」
まばたきにも満たない刹那で間合いを詰められ、隊長が息を詰まらせた。
両眼を吊り上げたアードランツが、細腕で隊長の胸ぐらを掴み上げている。
さらには、今日いちばんの大声――いや、でもちっちゃいけど。
「殺すぞ……!!」
「あっ、はいっ、すみません。和平交渉、承りますでございます」
「出ていけ……!!」
「はいっ、失礼いたします」
妙に背筋をピンと伸ばして、ぎっくしゃっくと隊長が広間を出ていく。
俺とアリーシャのことは振り返りもしない……いや、今こそ振り返るべきときだろ、おい。
いいけどもう……
さて。
「…………」
「…………」
俺は様子を見ている。
アリーシャは空気を読んでいる。
アードランツは動かない。
なんなら、隊長の胸ぐらを掴んでいた姿勢のまま、彫像のごとく固まっている……
いや。
目は動いてるか、眼球は。
こっちを見……ようとしてやめ。
またこっちを見……ようとしてはやめ。
なにやらこう、アードランツにしかわからない葛藤が渦巻いているようだが。
「…………」
お。
動いた。
俺たちに背を向けて、玉座のほうへ戻っていく。
とさ、と体を投げ出すように座って。
アードランツはそのまま、暗い天井を仰ぎ――
「殺してください……」
「どした急に!?」
「失態……あまりな失態。この得も言われぬ羞恥心と罪悪感。
「どゆこと!? あっでもなんか、知ってる! 俺の知ってるアードランツだ! おかえり!」
「もはやこれまで……いろいろな意味でこれまで。早すぎる……」
「何を言うんだアードランツ! 確かに今の俺は勇者志望の傭兵ゼルスンだが! ほら見てくれ武器はパチンコなんだ、道中アリーシャたんが作ってくれた」
「パチンコ……我の最期を飾るにふさわしくありますな。終わった……」
「いやいやいやまてまてごめんごめん! パチンコしないからっ、ええいこんなものっ…………壊せなーーーい! 捨てられないそんなことできない、アリーシャたんが一所懸命作ってくれたんだもんな! ごめんなしまっとこうな!」
あの、と。
控えめながらしっかり主張した声で、アリーシャが場を制した。
「落ち着かれてはいかがかと。どちら様も」
「う……うん。ついキョドってしまった。あの、パチンコ……」
「お預かりしておきます」
「ありがと」
考えてみれば、魔王2人をひと声で抑えてのけるか。もはやカリスマだぜ、アリーシャたん……
魔王2人。
2人?
そうだな。
なにはともあれ、まずはそこか。
「こほん。久しいな、アードランツよ」
「……長々しく不義理をいたしておりました、魔王ゼルス様」
ゆらりと玉座から離れたアードランツが、そのまま石床に片ひざをつく。
かしこまったその姿を見ているだけでも、わかるぞ……
強くなっている。
魔法使いとしては、ずば抜けたほどに。
だが。
「おまえさ……本当に魔王か? 魔王になったのか?」
「……ふ。さすがはゼルス様。切り込まれるときには、微塵の容赦も手心もない。ご息災の様子、このアードランツ、分不相応にも安堵いたしました」
「変わってねーなーおまえも。またマロネに蹴り入れられるぞ」
「我の長い話にお付き合いくださるのは、ゼルス様とラギアルドだけでした。まことにおなつかしく……」
「それで、どうした? てかその我っての何?」
「魔王ポイントでございます」
いきなりカジュアルだなおい。
「何言ってんだおまえ……?」
「ゼルス様。そちらの少女は」
「ああ。おまえの後輩だ、今俺のところで修行してるアリーシャ。いろいろあって連れてきた」
「ただ者ではございませんな」
「わかるか? おまえほんとに強くなったな」
「滅相もございません……我など、ゼルス様の足もとにも及びませぬ。そう……おっしゃる通り……」
ようやく立ち上がったアードランツが、斜めに構えて前髪をかきあげる。
うんうん。
やっぱり俺の知ってるアードランツだ。
アリーシャたんがいつになく大皿みたいな目ぇしてガン見してるけど、なんだろ、惚れちった?
「我は、魔王ではございません……正確には、魔界の瘴気を受け入れ、闇の血族となったわけではありませぬ。ゼルス様には、ご一見で看破されておりましょうが……」
「看破できてたら聞かねーって。外からじゃわからんしそんなん」
「ほんの戯れに等しい業でございましたが、よもやゼルス様御自らご降臨なされるとは……恥じ入るばかりでございます。いうなれば我は夕闇、ヒトなりて魔を騙る刹那の道化師……」
「つまりなんで魔王名乗ってんの?」
「勇者どもにムカつきまして」
うわあ。
「ヒトの闇は醜く重い……淀んで浅い……ねじれてキモい……クソだなと……マジでクソだなと……」
「どうどう。あー、あのー、アレか? 勇者パーティを追放された的な……そういう?」
「さすがはゼルス様。あまりのご明察に汗顔の至り。追放されたんじゃなくこっちから出て行ってやったのだ、などと後追い捨てゼリフを吐くことすらもはばかられる、魔王界の一番星……」
「おまえの言い回しは遠距離射撃すぎるんだよ。あとその一番星やめて。マロネに聞かれたら2ヶ月はからかわれる」
「瘴気の海の明星……昏き地の大統領……闇の血族の一等賞……」
「もうバカにしてんだろおまえ!?」
「めもめも」
「メモらないでいいからアリーシャたんちょっとどうしちゃったのキミまで!?」
こ、このゼルスが翻弄されている!? なんだこの空間!
魔王アードランツ、おそるべし……!
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お読みくださり、ありがとうございます。
次は12/25、19時ごろの更新です。
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